READING LIFE

『世界最速のF1タイヤ ブリヂストン・エンジニアの闘い』浜島裕英著《READING LIFE》


ひとつ、断っておかなければならないことがある。

Web版「天狼院書店」開設以来、「READING LIFE」の作品の選定に関しては、「任意かつ一方的」に選ばせてもらっている、と事あるごとに説明してきたが、おそらく、そんな法律用語的な言葉には多くの方が「ピン」と来ていないだろうと思う。

それなので、ここで、天狼院における「任意かつ一方的」な選定基準について、触れておこうと思う。

簡単に言ってしまえば、「読んで鳥肌が立つかどうか」ということだ。

それなので、経済的にサポートを受けている、とか、誰々の著者や編集者と友だちだから、ということは、はっきりいってしまえば、関係ないのである。また、新刊であるかどうかも重要な問題ではない。

それゆえの「任意かつ一方的」。天狼院をやっていく上でも、「READING LIFE」を制作していく上でも、これがもっとも重要なポイントだと僕は思っている。

もっとも、CORE1000やコードメイキングで関わらせてもらっている作品は、すでにこの基準をクリアしている。なぜなら、ここでも関わらせてもらう作品は、「任意かつ一方的」に選ばせてもらうことを大前提にしているからだ。

 

さて、今回この記事で選んだ作品は、まさに「任意かつ一方的」の最たるものと言えるだろう。

僕のことを知っている人は「あ、またか」と思うくらい、僕は極めてF1が好きである。有り体に言ってしまえば、この本の著者の浜島さんは、ある人にとってはAKBの誰それ以上に、僕が会いたい人でもある。

つまり、この作品の感想に関して、僕は主観的に下駄を履かせる可能性があることを、予め告白しておこうと思う。

逆を言えば、下駄を履かせているのではないかと見られてもいいと思うほどに、この本を読んで、「鳥肌が立った」ということだ。いや、本当に立ちまくった。

浜島さんを知らない人も、世界一のタイヤメーカー、ブリヂストンは知っているだろうと思う。フェラーリやF1は知っているだろうと思う。そして、F!界で長く工程として君臨してきて、今なおドライバーとして前線で戦っているミハエル・シューマッハの名前くらいは、どなた様も耳にしたことはあるはずだ。

浜島さんは、ブリヂストンの社員として、世界のミハエル・シューマッハやフェラーリのトップに絶大な信頼を寄せられ、世界を相手に傑出した結果を残された方だ。

この本文にもあるように、浜島さんは、公道でもシューマッハのドライブする車の助手席に乗って、シューマッハのプライベート・ジェット機にも「なら乗って行きなよー」と言われて乗れるような人である。

タイヤ一筋で来た、日本が代表する、世界が認めるサラリーマンだった。

この本を読めば、みんな思うはずだ。

「なんだ、サラリーマンって超カッコイイじゃないか」

そして、こう気づくはずである。

「サラリーマンでも、いや、サラリーマンだからこそ、世界と渡り合えることもある」と。

この本には、新入社員当時の頃から、いかにタイヤに関わってきたか、そして、いかにしてモータースポーツの世界に関わってきたが、至極わかりやすく描かれている。てらったところもなく真摯な筆致で、エンジニアらしく事実を列挙していく。かと言って、専門知識がなければ読めないということは、決してなく、丁寧な説明で、ミシュランやグッドイヤーといった世界的なライバル企業とどうやって戦ってきたか、また、ドライバーやフェラーリやマクラーレンなどのコンストラクター(車体の開発者)で働くプロ中のプロと、いかにして関わってきて、どう仕事を成し遂げてきたかが書かれている。

考えても見れば、ライバル会社のエンジニアもサラリーマンである。彼らが、コンマ1秒を競いながら、世界一を目指す姿は、オリンピックよりも見応えがあると思う。なぜなら、彼らはアマチュアではなくて、職業人、すなわち、プロフェッショナルだからである。

ミシュランに先輩たちが20前にヨーロッパのレースで負けた雪辱を、今日のF1 ではたす。

そんな壮大なリベンジができるのも、サラリーマンならではである。

そして、この本に出てくる企業人の人となりがまたすばらしい。

ブリヂストンでは、莫大な資金が必要となるF1への参戦を迷っていた時期があった。その当時のことである。

いよいよ経営会議の当日。私たちはF1参戦に向けての資料を作成し、説明にいきました。私たちのプレゼンテーションが終わると、質疑応答。技術のトップは乗り気ですが、当然ながらトップの間には温度差がある。議論はそう簡単にはまとまりません。

そのとき、社長がほかの経営陣に向かって「やらせてください」と頭を下げたのです。もし仮にこの時点でF1参戦が否決されていたとしても、私たちにとって社長の言葉は非常にうれしいものだったし、忘れられない思い出となったに違いありません。

莫大な資金を考えると、会社としては勇気が必要だったでしょう。もしこの決断がなければ、今もおそらくブリヂストンはF1には参戦していないはずです。

また、シューマッハのことを書いている章があるのだけれども、ここが秀逸である。鳥肌を通り越して、読んでいて、涙が出てきそうになる。

シューマッハが勝ち続けるのは、抜群の運転テクニックがあるからですが、精神力も人並みではありません。印象的だったのは2003年のオーストラリアGPでの出来事です。

彼は先頭を走っていたのですが、ピットインの給油のときに車から火が出た。給油口のガソリン漏れが原因です。私はフェラーリのピットでモニターを見ていて、思わず「危ない!」と声を上げてしまった。かなりの炎がモニター画面に映し出されたからです。私もあせりましたし、まわりのメカニックもオタオタし、逃げ出す人間までいる。

しかし、彼はあわてるどころか、コクピットで微動だにしない。普通の人間なら、すぐにシートベルトを外して外へ飛び出そうとするでしょう。ところが、彼はシートベルトも外さず、すぐにコースに戻れる体勢のまま、バックミラーでメカニックたちが消火し終わるのを平然と見ていました。

やがて消火作業が終わり、何事もなかったかのように再びコースに出て行った。しかも、すぱっといいタイムを出し、優勝してしまう。

優勝インタビューで、当然ながら「あなたはあのときになにも動揺しなかったようですが、どうしてですか」という質問が出ました。

「メカニックたちは普通に作業をしてくれました。コクピットから出ろという指示がないかぎり、私は走るべき立場だから」

確かに独立して自由に活躍するのは、かっこよく見える。けれども、ひとりでできることといえば、限りがある。

この前のカンブリア宮殿で、伊那食品工業の塚越会長がこう言っていたのを思い出す。

そもそも会社は働く人が幸せになるためにできた仕組み。

もしかして、こうも言えるかも知れない。

会社とは、ひとりでは決してできないことを、力を合わせることによって実現してしまう仕組み。

浜島さんは、その後、なんとフェラーリからの三顧の礼を受けて、フェラーリのレースにおけるタイヤマネジメントの責任者となっている。

会社が嫌だから、他の会社に行く、という道もあるだろう。けれども、本来は、浜島さんのように、仕事で圧倒的な結果を出して、求められて移籍するのが理想なのだと思う。

あらためて、サラリーマンってかっこいいじゃないかと思う。

おそらく、世の中のほとんどの人はサラリーマンだ。また、家族の誰かはサラリーマンであったり、サラリーマンだった経験があるだろう。

そういった意味においても、この本を買わない理由が見当たらないのである。

*ぜひ、お近くの書店でお買い求めください。

 

 


2012-08-28 | Posted in READING LIFE, 働き方

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