かかとの神様
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記事:田岡尚子(チーム天狼院)
「この家、何人家族?」
玄関を開けると、散らばった靴が目に入る。5人家族かなー、なんて、言っている場合じゃない。一人暮らしをして4年目、部屋がきれいになるのは、友達が来るときぐらいだ。
家に帰ってくるのは遅いし、ごはん食べたら眠たくなっちゃうし、面倒な片づけは全て後回し。服は山のように積まれて、床に散らばっている本。この靴下、片っぽどこに行ったんだろう……。このように、服も本も靴下も、みんなかわいそうなことになっている。こんなんじゃ、服たちに怒られてしまう! そんなことを考えながら、まだわたしが小学2年生ぐらいのとき、こんなことを言われたのを思い出した。
「かかとの神様に、怒られちゃうよ!」
桜が咲く季節、親戚一同でお花見に行っていた。レジャーシートに座ってみんなで団らんしていたけど、せっかくいとこもいるし、体動かしに行こうよ! と靴を履こうとする。あー、ちゃんと履くのめんどくさいな、と思って靴のかかとを踏んだまま歩き始めたとき、いとこのお姉ちゃんにそう言われたのだった。
「えっ、かかとに神様なんているの?」
なんとなく、かかとを踏んで歩くのがかっこいいなと思ったりしていたから、そんなこと言われるとは思ってもいなかった。
「そうだよ、かかとの神様が、泣いちゃうで~」
えっ、そ、そんなー! 今までに、何回神様を踏んだことか。そのせいで、もうこのかかともくたくたで、息をしていないようだった。やばい、ちゃんと履かないと、バチが当たる! これからはかかと、踏まないようにしなきゃ。
その日から、このくたくたのかかとがなんだか恥ずかしくなって、元に戻そう、とちゃんと靴をはくようになった。
それから中学生ぐらいになって、友達が、上履きのかかとを踏み潰しているのを見た。
「そんなに踏み潰してたら、かかとの神様に怒られちゃうよ!」
そう注意したら、
「なにそれ! かかとの神様? そんなの、初めて聞いた!」
と、笑いながらスルーされてしまった。
えっ、みんな知ってるんじゃないの?! かかとの神様って、いるんじゃないの? と、その日は学校でずっとモヤモヤしていた。なんかわたし、おかしなこと言っちゃったのかな。でも、いとこのお姉ちゃんがそう言ってたもん。かかとに神様、いるはずだもん! そう信じながら、その日は家に帰ると急いでパソコンの前に座って検索画面を開いた。
「お願い、だれか、かかとに神様がいるって言って……!」
でも、そんなことを言っている人は、誰一人見つからなかった。やばい、わたし、変なこと言っちゃった。あのいとこのお姉ちゃんが言ったことは、嘘だったの? かかとに神様なんて、いるわけなかったんだ。なんだ、信じてたのに……。
あぁ、5年間ぐらい、ずっと、“かかとの神様”を信じていた。踏んだらバチが当たると勝手におびえていたけど、そんなことなかったんだ。もう、どうせかかとに神様がいないなら、踏んでもいっか。そんなことを思っているときに、ふと友達の踏み潰されているかかとが頭をよぎる。もう新品のときのようなしゃんとした姿はなくて、ふにゃふにゃにだらけている、友達の上履き。それにくらべて、わたしの上履きのかかとはしっかり生きている。新品のときと変わらず、背筋をしゃんと伸ばして、わたしの足を支えてくれている。
いや、やっぱり、かかとに神様はいるんだ。こうやって、わたしのかかとを、守ってくれているんだ。いとこのお姉ちゃんも、かかとを踏んで歩くわたしに、大事に履かなきゃ、靴も傷んじゃうし、かかとを守ってもらえなくなるよ、ってことを伝えたかったんだ。
たぶんあのとき、「かかとを踏んで歩いたらだめだよ!」って注意されても、「えー、だって、かっこいいじゃん」と返していたかもしれない。そして、中学生になっても、今になっても、かかとを踏み潰していたかもしれない。いとこのお姉ちゃんのおかげで、わたしのかかとの神様は、いつもにっこり微笑んでいる。
あぁ、でも今は。服の神様、本の、靴下の……もうありとあらゆる神様が悲しんでいる。いや、もうブチギレかもしれない。
「わたしのこと、もう着たくないの?」
「ぼくのこと、まだ半分しか読んでないでしょ」
「相方と、はなればなれでさみしい……」
あああ! 悪かった、ごめんなさい! 床に散らばったものたちの悲鳴が聞こえてくる。
よし、神様たちの涙で大洪水になる前に、服はちゃんとハンガーにかけて、本は棚に閉まって、靴下はちゃんと、ペアで片付けよう。後回しにして、ずっと悲しませるわけにはいかない。
さぁ、片づけるぞ! 雷が落とされちゃう前に。
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