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緩んだのはお腹じゃない。心だ!


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記事:山田 真知子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
困った。非常に困った。
スカートのボタンが止まらないのである。
あと2センチといったところだろうか。
 
社会に羽ばたくためにと16年前に両親に買ってもらったスーツに、35歳のわがままボディを収めるには少々無理があったようだ。
にしても、スーツはこれ一着しかない。新しいスーツを買うお金もない。
仕方がないので、チャックを上げられるところまで上げ、ボタンが止まらない状態で面接に行くことを決めた。
 
面接まであと2時間。
電車遅延など予期せぬトラブルに対応できるよう1時間前には現地に到着している段取りだ。
証明写真を撮り、面接会場に向かいながら電車の中でハッと思い出した。
証明写真を切り取るためのハサミがない、つまり提出する履歴書が完成しない。
早速トラブルが発生した。
ま、どこかのカフェでちょろっと借りればいいか。
呑気を通り越して、図々しいニートの考えは甘かった。
 
駅に着き、面接会場近くのカフェで店員さんにお願いをする。
「ちょっとハサミを貸していただけませんか?」
カウンターから見えているハサミを指さしお願いすると予想外の展開がおきた
「保安上の都合でお貸出しできない決まりになっておりまして……申し訳ありません。」
固まる私。
借りたハサミで自殺でもするようにみえたのだろうか?
はたまた、借りたハサミで強盗でもするようにみえたのだろうか?
いずれにせよ、スーツに身を包みハサミを借りようとした私は“ヤバい人”のようだ。
借りられる前提だったので、アイスコーヒーまで購入しているのに“客”ではなく“ヤバい人”とは心外だ。
面接まであと30分。
アイスコーヒーを一気に飲み干し、コンビニでハサミを購入しようとカフェを出た。
コンビニに向かう途中ふとカラオケが目に入った。ダメもとで受付のお兄さんにお願いをする。
「すみません。ハサミ貸していただけませんか?」
「いいですよ」
ヒョイと貸してくれるお兄さん。
「ありがとうございます。本当に助かります」
いそいそと証明写真を切り取る私をお兄さんはニヤニヤと見守ってくれている。
「ありがとうございました。おかげで無事に面接に行けます。本当にありがとうございました」
「いいえー、がんばってください」
カラオケ店の青年に救われるニート。ホッと胸をなでおろす。
こそこそと履歴書に証明写真を貼ると面接会場に向かった。
面接まではあと20分。
「余裕をもってトイレを済ませ、服装を整えられる」
とビルに入ると物々しい警備員。まったく面接を待っていてくれる様子ではない。
「ま、まさか……」
ビルの外に出てメールで案内されていた面接会場を再度確認する。
「このビルじゃない……」
面接会場となるビルは歩いて5分ほどの2ブロック先だったのだ。
焦る私。噴き出してくる汗。ジャケットを脱ぎ、慣れないヒールでダッシュした。
なんとか10分前に面接会場に着いたニートは無事に一次試験を受けることができた。
 
「本気で就職活動をしろ!」
「お前は面接を舐めているのか!」
「そんなんだから仕事が決まらないんだ!」
ご指摘はごもっともだ。
 
ずさんな準備のせいで、自分を追い込む形となってしまった。
事前にスーツを試して準備しなかったこと。
証明写真を前もって撮り、出発する前に書類をきちんと完成させなかったこと。
そもそも、あわてて転職活動をしなければならなかったこと。
どれもこれも、前職で後輩たちに「資料は早めに準備して、確認して、万全の体制でいこう」と、指導していたような内容なのにもかかわらず、10年以上社会人をしている私は一体何をしているのだ。自分でできないことを後輩に指摘していたのかと思うと本当に情けないというか、恥ずかしくなってくる。
でも、準備不足を身をもって体験したこの出来事は、今までの行いを見つめなおし、会社に守られている中で鈍ってしまっていた基本的なことを思い出すことができた。
早い段階で気づけたことに感謝すらしている。
「事前準備は入念に」後輩たちに言っていた言葉を自分自身に強く言い聞かせた私に大変ありがたい連絡がきた。面接した会社さんより一次試験通過の連絡をいただくことができたのだ。
次は必ず万全の体制でいこうと心に決め、二次試験に挑もうとスーツのスカートを履くと、ギリギリだがスカートのボタンが閉まった。
頑張るニートに神様が少し味方してくれたようだ。

 
 
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2018-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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