おばあちゃんはかき氷がお好き
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記事:鷹野サヤカ(ライティング・ゼミ日曜コース)
私のおばあちゃんは80歳である。
去年自転車で転んで、脚と腕を骨折してしまった。ここ最近まで、ほぼ寝たきりの状態で少しふさいでいる様子だったのだが「最近は元気になったのよ」 とお母さんが言っていたので、一体どんな様子なのだろうと思っていた。
このお盆に、実家に帰省をした時の話になる。
おばあちゃんと昼ごはんを食べに行くことになった。
なんとおばあちゃんは、骨折からすでに車を運転できるまでに回復していたのだ。私の実家は田舎で、車がないとどこにも行けないから運転は必要だとは思うが、めざましい回復力だ。
そして着いたのはファミリーレストランのココス。偏食家が多い我が家では、中華料理や寿司屋、和食などでは各々が頼みたいものがなくてケンカになることが多いので、家族での外食はいつもココスだった。ココスなら各々の好みのものが大抵ある。
家族でココスに行くようになってから10年ずっと私は「ココスの包み焼きハンバーグ」 を頼み続けている。同じものしか頼もうと思わないし、あまりチャレンジ精神というものがない。
私はいつものように包み焼きハンバーグ、おばあちゃんは魚介のパスタを注文した。
ドリンクバーも頼んだ。私は妊娠中なので、カフェインの少ないルイボスティーを取りに行った。本当はコーヒーが飲みたくて仕方がないのだけれど。
おばあちゃんは嬉々としてメロンソーダを飲んでいる。おばあちゃんの顔とメロンソーダのコントラストにぎょっとしたけど、これが好きらしい。
食べ終わった後、おばあちゃんが「お楽しみがあるのよ」 と言う。メニューを取り出して眺めているのは、カラフルでフォトジェニックなかき氷のページだった。
「これ、若い人の食べ物だよ……」 と言いたくなったけど、やめた。おばあちゃんが店員を呼んで、マンゴー味の大きなかき氷を頼んでいた。
10分ほどして、マンゴー味のかき氷が運ばれてきた。思ったよりも大きい。やはり、あざやかなオレンジ色と、80歳のおばあちゃんの顔とのコントラストにぎょっとしてしまう。
「実はこのマンゴー味で、ココスのかき氷はコンプリートしたのよ」とおばあちゃんは言った。
「はぁ?」 と私が答えた。
「かき氷って、入れ歯にモノが挟まらないから食べやすいのよ」
ああ、そういえば入れ歯になったから硬いものを食べれないって言ってたな。
「あと、かき氷は大きいでしょう。この大きさのケーキは食べられないけれど、かき氷ならすっごく大きなものを食べた気になるのよね。友達と4人でオーダーしたときなんて圧巻だったわ」
「大きさの割に、以外とカロリーも低いからねぇ」
どうやら、かき氷は若い子のためのフォトジェニックなデザートだと思っていたが、聞けば聞くほどシニア層が好みそうな部分がたっぷりだった。「若い人だけのための食べ物じゃないなぁ」と気付いた。
私も、かき氷が無性に食べてみたくなった。
でも、医者から「太りすぎないように」 って先日は怒られたな……と頭をよぎったので、ミニサイズのぶどう味を頼んだ。
10分ほどすると、私のかき氷が運ばれてきた。
ミニサイズといっても十分大きい。一口食べると当たり前だけど、冷たい。そういえば「妊婦は体を冷やすな」 って言われてたっけ……。
なんだか、やったらダメなことだらけだ。
妊婦になってやめたことはたくさんある。コーヒーを毎日5杯飲んでいたのも、1日1杯におさえている。お酒だって毎日のように飲んでたのに禁酒している。タバコは昔やめたけど、受動喫煙も良くないって言うから、喫煙者がいる居酒屋や会社の飲み会にも一切行かなくなった。お寿司だって新鮮そうなもの以外は食べないし、大好きな生牡蠣も今年は食べていない。3ヶ月に1度は行っていた旅行も行けなくなった。夫と週に2回ほど行っていたバドミントンの練習も、人と接触する危険性のあるスポーツだから怖くて出来ない。
妊婦は元気な赤ちゃんを産むために、やっちゃいけないことだらけだ。でも、制限が色々あるのは、おばあちゃんだって一緒だ。もともと高血圧の薬だって飲んでいるから塩分制限もあるし、不眠症なのでカフェイン制限もある。
でも、制限の中でも自分に合ったものを選べるおばあちゃんは、幸せそうだ。
人間、完全に自由で健康な時期ってそうそうない。ある程度の制限の中で自由にしているように見えるだけ。運悪く私の好きなものは、妊娠生活では禁止されていることばかりだし、きっと出産してからも、そんな感じの不自由が続いていくんだろうと思っていた。
自分の好きなものが、自分の人生のフェーズにマッチしていないのに意固地に変えずにいたら、どんどん息苦しくなってしまう。しなやかに自分の好みや生活をアップデートしていけばいいのだ。
そのためには、いろいろ試すしかない。
そんなことを考えながら、ミニサイズのかき氷を半分ぐらい食べたら案の定、お腹が痛くなった。
おばあちゃんはペロリと食べていたが、私には合わなかったようだ。自分の制限の中で、新しく好きなものを探すのって長い旅みたいだ。
妊娠前は、自分の好きなものを変えるなんてありえないって思っていたが、いざ制限されてしまうと妊娠中に食べれそうな自分の好物すら思いつかないなんて、まだまだ自分のことを知らないだけかもしれない。
ペロリと食べられてしまった、おばあちゃんのかき氷の大きな皿を見て、いくつになっても、まだまだ新しい自分を発見していけたらいいなと思った。
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