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ハダカは認知症の特効薬


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木戸 古音(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「あれー」
娘のトキちゃん(仮名)が思わず奇声を上げた。
それももっともな訳が。
トキちゃんのご母堂さんトヨさん(仮名)はとんでもないクロッキーを
描いていたのだ。
どんなとんでもないかは、のちほど明かすとして、
クロッキーとはそもそも何かという説明がまず必要かも。
クロッキーは普通、モデルを30秒から長くても10分以内の
ごく短時間で描くスケッチをそのように呼ぶ。
クロッキーの場合、モデルさんは、全裸の男女モデルが一般。
 
ここでは「ハダカ」の「クロッキー」の必要なこと、クロッキーに始まって、クロッキーに終わること。
これはルノアール、ロダンという大家でも全くのシロウトでも同じこと。
クロッキーはこの世の果てまでも楽しめる、必要だという一例を挙げたい。
 
僕の知りあいの冒頭に登場したお母堂さんのトヨさんは98歳で
亡くなられるまでクロッキーだけは描いていた。
トヨさんは現役の画家、でした。晩年は認知症もすすみ、画作の意欲も失くされていた。
 
僕も参加している月一回のクロッキー会がある。
トヨお母堂さんの娘トキちゃんもメンバーの一人だ。
「トキちゃんのお母堂さんも呼んでみようや」
一人のメンバーから何となく発案がでたのだ。
意外にもトキちゃんが乗ってこない。
これには一同ちょっと首をかしげた。
「この会は男性モデルが多いから、ウー、ちょっとねェー」
トキちゃんは何か歯切れが悪い。
それならとメンバーが妙案を出してみた。
「車椅子で移動してもらうのもたいへん。だから会場をお母堂さんのアトリエに移そうよ。
りっぱな高天井の北窓のアトリエがあるんだから」
ある意味強引に寄り切ったという感じ。
 
「トキちゃん、何があるのかいな」
2-3人のメンバー、モデルさんが集まる中、いつものことだが
今から始まることが
ご母堂のトヨさんの中では読めていない。
「いまからモデルさんを描くんやよ」
と娘のトキちゃんから、さとされる。
トキちゃんは今回はさすがに母親に
「男性のハダカだけど、いいかしら」
とは言う勇気が持てなかった。
 
最初はいつもの如く
「あたし描かへん」
の一点張り。
椅子ごと移動してスケッチブック、削った鉛筆、画板をみなで
準備して何とか座ってもらう。
その場に臨んでも、いつも来る常連さんに
「あんた、だれやったかな」
周りが
「吉田さんだよ」
と伝えると
「皆、遠くから来てくれたんやね。大変やね」
と。
ようやく
「モデルさんも遠くからやね。せっかくやから、ほな描かんと悪いわな」
とあいなる。
それでも当初は遠慮がちにほとんどモデルさんを見ずに
うつむいたまま、コソコソ描いていた。
 
それでも
「よかった」
と、トキちゃんは様子を見ながら誰よりも安堵している。
お母堂さんのトヨさんは何枚かポーズを描いているとき、
隣のトキちゃんの絵をチラ見した。
「あんた、大胆やな」とお母堂さんのひと言。
この日はお母堂さんにとっては、初めての男性モデルの日だった。
おそらく、この時をきっかけに、お母堂さんのクロッキーが様変わりした。
娘のトキちゃんに負けずどころか、皆があきれ返るほどに大胆になったのだ。
男性の象徴が傍目も驚くほど第三の脚に見まがうほどにでっかく、
黒々と描き放たれていたのだから。
その一片のクロッキーは、あたかもお母堂さんが、
若き日の青春に回帰したよう。
若き日、恋人と人目も臆せず手を繋いでイニシアチブをとっていた青春が
頭の中を飛び出し一人歩きしだしたのだとまで言い切るものもいた。
 
当のお母堂さんのトヨさん自身はあいかわらずニコニコ、淡々として我関せずのまま。
しかし、絵を見た娘のトキちゃんは母が正気に戻ったように喜んだ。
 
これがきっかけでご母堂さんには、月1でハダカを描くことが
「愉しみ」として、記憶の片隅に定着することとなったようだ。
「無理にクロッキーに放り込んでよかったね」
皆の実感だ。
娘のトキちゃんには結果良しながら、さぞかし、とてつもなく
危なっかしい綱渡りであったろう。
それもそのはず
「もう二度と描かないよ」
といつ言い出すか、わかったものではないのだから。
 
ここでひとこと。
「なぜハダカでないとあかんのや」
と思う人もいるでしょうか。
ハダカが本質をみるのに近道だと僕は思う。
服を着ていたら流行、民族色、場合により貧富の差までも出てきて
「普遍性」が欠けると思う。
それに理屈抜きにハダカは画題としておもしろいから。
僕はハダカのクロッキーを薦める。
確かに「ハダカ」に抵抗を感ずる、アレルギー的に受け付けない
という人も知っている。
僕の場合はハダカのクロッキーで生き方がガラッとかわった、
進むべき一つの道筋がパーと開けた。
 
身近にあるのにもかかわらず「ハダカでいる」「ハダカになる」
「ハダカを描く」という非日常の緊張感がある。
この集中力は妙に心地よい。
認知症のお母堂さまにも理屈を超えて、この「ショック電流」が
体中を突っ切ったのだろうか。
 
ハダカを描くクロッキーは認知症の改善に少しでも
寄与することになったのだろうか。
いずれにせよ、最晩年お母堂さんのトヨさんが幸せなひと時を
僕らと共に過ごせたと言う事実は素直に認めたい。 
***

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2018-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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