私だけのサンタクロース
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:望月祥子(ライティング・ゼミ平日コース)
「あなたにとっての小さい頃のクリスマスの思い出は?」
そう聞かれたらどんな光景を思い浮かべるだろうか
クリスマスツリーが飾られた暖かい部屋。美味しそうな匂いがするチキンと特別なケーキ。夜寝る前のドキドキする気持ち。朝起きたら枕元に置いてある丁寧にラッピングされたプレゼント。
きっと皆それぞれにクリスマスの思い出があるだろう。
私はクリスマスと聞くと消毒液の匂いとあの歌を思い出す。
あれは私が9歳の冬。出血多量で救急車で病院に運び込まれた。もしかしたらずっとここで過ごすことになるのかな。そんなことをぼーっと思った。
その時の病院での生活は今でも忘れられない。
最近お母さんが教えてくれた。私が病院に運び込まれたとき、お母さんは
「この子をこんな身体に産んだのは私のせいだ」と泣き崩れたらしい。
そんなお母さんを前にして
「そんな風に泣いている姿を見たらあの子は悲しみます。誰のせいでもありません。辛い気持ちも悲しい気持ちも分かります。でも今その姿であの子に会わないでください。今はどんなに辛くてもあの子の前でだけは笑ってください」
私がお世話になった看護師さんはそんなことを言ったらしい。
その看護師さんは、採血が終わると「がんばりました」といつもウサギの絵を描いてくれた。私はその看護師さんが大好きでキョーちゃんって呼んでいた。
検査を待っていて泣きそうな私の気持ちを紛らわせるために、髪をとっても丁寧に梳かして編み込みにしてくれた。
「すっごく可愛い」
と笑顔で応援してくれた。
キョーちゃんは、いつも私の髪をとかしながら歌ってくれた歌があった。入院した私は外に出たり遊んだりすることが出来なくて、そんな中で歌はとっても特別で私の楽しみだった。
私が入院していた病室は大部屋で、子供たちが入院する部屋だった。
入院も治療も嫌だったけど、お母さんがずっと付き添ってくれた。だから寂しくない。大丈夫。そうやって思っていた。
そんな時に、私にとって悲しいことが起きた。
お母さんが
「今日は大事な用事があって一緒に泊まれないの。ごめんね」と家に帰ってしまった。私のベッドの横には誰もいない。
「私だけひとりぼっち。他の子たちのお母さんはいるのに」私が目に涙をためて泣くのを我慢していたらキョーちゃんがやってきた。
「私が夜の担当だよ。ちょっと今日は特別なことをしよう」
そう言いながら私の頭を優しく撫でてくれた。そして私のベッドがナースステーションの中に運ばれた。
「今日はここで一緒に寝よう。みんなには内緒。特別だよ」
そう言って笑ってくれた。
私だけに用意された特別な場所。ナースステーションの中は私が入院している部屋と同じ消毒液の匂いがした。他の子達はこの中に入ったことがないんだ。そう思ったら何だか嬉しくて私はなかなか眠れなかった。
ベッドの横には働いているキョーちゃんや他の看護師さんがいて、全部独り占めしている気分だった。眠れない私はキョーちゃんに
「いつも歌っているあの歌を歌って」
とワガママを言った。
「あの歌? いいよ。私ね、世界で一番好きな歌なんだよ」
そう言って私にだけ歌ってくれた。その声を聞きながら私はいつの間にか眠っていた。
次の日の朝、私が起きるとお父さんとお母さんが来ていた。一人にしたことを心配していたらしく、朝から病院に来たらしい。私はまだナースステーションにいたかったから
「なんできたのー? まだここにいたかったのにー!」
と叫んだら、それを聞いたキョーちゃんや看護師さんたちは笑っていた。
入院中、私は食事が禁止だった。お水かお茶、舐める程度のアイスしか許可がおりなかった。私は自分で食べるアイスを選びたいとワガママを言った。
「よし、じゃあどんなアイスが売っているか見に行こう」
キョーちゃんが売店に一緒に手を繋いで買いに行ってくれた。その時もいつもの歌を歌ってくれた。
「ねえ、それって誰の歌?」
私がそう聞くとキョーちゃんは
「これはね、私が世界で一番大好きな歌なんだよ」と曲名と歌手を教えてくれた。
12月24日のクリスマスイブの夜。私は家ではなくて病院にいた。周りの子たちは外泊や退院をする中で、私はそれができなかった。病室は相変わらず消毒液の匂いがした。
病院だとサンタクロースはどこから入ってくるの? そう心配した私に看護師さん全員が「大丈夫だよ」と教えてくれた。
安心して眠ったクリスマス当日の朝。
枕元にはサンタクロースからのプレゼント。それと一緒にメッセージカードが置いてあった。
お父さんの字でも、お母さんの字でもない。
サンタクロースからのメッセージカード。キョーちゃんに
「見てー! サンタさんがくれたんだよ」
そうやって見せたらとっても嬉しそうな顔をして笑ってくれた。プレゼントはキョーちゃんがいつも歌ってくれる歌のCDだった。
あれから数年後。私は中学生になった。
毎週楽しみに聞いているラジオ番組がある。
退院の日にキョーちゃんが
「私の好きな歌手のラジオ番組だよ」
って教えてくれた。
今朝は学校に行く支度をしながらそのラジオ番組を聞いている。
「さあ、今日も元気よくいきましょう。13歳のウサギさんからの曲のリクエストが届いています」
何度も聞いたことがある声なのに、心臓が早くなる。ウサギの絵を書いて送ったハガキと同じ名前だ。
「おかっぱミユキとシネマズ」というバンド名は珍しくて9歳の私でもすぐに覚えてしまった。
「私は9歳の頃入院していました。いつもこの歌を歌ってくれた看護師さんがいました。辛かった時も、悲しかった時もこの歌を聞いて私は元気になりました。私はこの歌が世界で一番大好きです。だって! 私の歌がそんな風に思ってもらえるなんてめちゃくちゃ幸せです」
いつも支えてくれた人がいて、力になってくれた曲がある。
「曲名は唇に歌声を」
ラジオから世界で一番大好きな歌が流れてくる。
CDと一緒にずっと飾ってあるサンタクロースからのメッセージカード。
「いつだって どんなときだって ずっとずっと みかただよ」
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