メディアグランプリ

いつもより甘いミルクティー


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:矢内悠介(ライティング・ゼミ日曜コース)

大学生の頃、地元のレンタルビデオ屋に少なくとも週3回は行っていた。
旧作が1本100円というのは今では珍しくなくなったが、当時は革命的だった。

突然映画が観たくなるときがある。そんなとき、車で5分のレンタルビデオ屋に向かい、衝動で眠れなくなる自分を落ち着かせるのである。

話題の新作は、いつものようにすべて借りられている。
念のため返却がないか店員に聞くが、ほとんどの場合、無駄に終わる。
そういえば、いつもレジや入り口ですれ違うおばさんの姿がない。ひょっとしたら僕よりも多く来ているのではと思うほどよくいるが、この時間では仕方ないだろう。

SFとヒューマンドラマばかり観るわたしだったが、最近は恋愛コメディにも手を出すようになった。キャメロン・ディアスの魅力に気づいたためである。

レジで会計を終え、入り口の横にある自販機でミルクティーを買った。
午後の紅茶か紅茶花伝かいつも迷うが、今日だけは真っ先に午後の紅茶に指が伸びた。借りるものに頭を悩ませたあと、ベンチに座ってミルクティーを飲むのが習慣だった。

さっさと帰って映画を楽しもうと、心を弾ませながら車に乗る。
エンジンをかけると、Mr.Childrenの「終わりなき旅」が流れた。

ゆるやかな坂道をのぼり、100メートルほど先に踏切が見えた。
もう終電は終わってしまったので、踏切が鳴ることはない。

踏切の手前にある路地を左に曲がろうとしたとき、異変に気づいた。
いつからだろうか。後ろにいる車がずっとついてくるのである。

その車はウインカーを出さないので、まっすぐ行くのだろうと思い、少し遅れて左ウインカーを出した。

しかし、まっすぐ行かずにウインカーを出さないままこちらについてくる。どう考えてもおかしい。

そのまま道を走っていると、その車が横につけてきた。
コンパクトカーが2台並ぶのがやっとの狭い道路で、並んだまま走り続けている。

窓が空き、明らかにヤンキーらしき若者が顔を覗かせた。
そして突然、身を乗り出し、こちらの窓を素手で殴ってきた。恐らく割るつもりでやったのだろう。すごい力で殴ったのがわかった。

僕は窓を開けた。

「なんでこんなことをするんですか?」

「知るか! むかつくからだよ!」

理由のようで、理由になっていないその言葉にとまどっていると、相手の車は急加速して前にまわった。そして、車を横にして、わたしが通れないようにした。

先に降りてきたのは窓をたたいてきた助席にいた男ではなく、運転席の男だった。黒装束に身をつつみ、スキンヘッドに眼鏡。出会ったこともない恐ろしい形相で、顔を見るだけで足がすくんだ。

右手に見慣れないものを持っている。黒い長方形のそれは、バチバチと音を立てていた。これも映画で観たことがある。スタンガンだ。

さすがにまずいと思い、黒装束の男から目を離せないまま車をバックさせた。勢いが余って、人の家の塀に突っ込んでしまった。

混乱していると、黒装束の男はすぐ目の前に来ていたので、車を置いて逃げる覚悟を決めた。
ドアを開け、黒装束の男をかわすように逃げたが、ハンマーを叩きつけられたような痛みが腹のあたりに走った。

どうやら、スタンガンをくらったらしい。受けたこともない痛みに襲われ、腹に力が入らない。それでも逃げなくてはいけないので、懸命にその場を立ち去った。

逃げながら、警察に電話をした。道がどこに繋がっているかを熟知していたので、少し離れた場所にまわり、彼らがわからないぐらいの位置から観察ができるように物陰に隠れた。

わたしが見たのは、すでに車に乗り込んでいた二人だった。車のナンバーをケータイでズームさせて確認するつもりだったが、すぐに立ち去ってしまった。
警察は、間に合わなかった。

翌朝、わたしは塀をぶつけてしまった家の人に謝りに行った。
どれだけの弁償をすることになるのだろうと不安で仕方なかった。弁償するだけならまだいい。大切なものを壊してしまったのではないかと心配だった。

「突然の訪問、失礼します。昨夜、誤って車で塀をぶつけてしまった者です」

「すごい音がしたわよね。実は、飛び起きて様子を見ていたの。あなた、男たちに襲われていたわね。怪我はない?」

「僕は大丈夫です。でも、僕がぶつけてしまったせいで、塀がズレてしまいました」

「知っているわ。そんなことはどうでもいいのよ。あなたが無事だったことが大切だと思うの。ごめんなさい。私たちも、襲われているのに気づいていながら助けられなかったわ」

「え。その……」

「いいのよ。むしろ、来てくれて感謝しているわ。あなたの様子が心配だったのよ。大怪我せずに済んで良かったわ。これ、よかったら飲んで」

わたしは、言葉にならない言葉を何か言ったはずだが、覚えていない。お礼を言って、失礼させていただいた。

知らないうちに、ぼろぼろと涙がこぼれ出ていた。
わたしはどうやら、とても怖かったようで、おばさんの顔を見て安心したようである。
受け取ったミルクティーは、いつもより甘く感じた。
 
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2019-01-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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