陸の孤島にながされた独り身女の話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:小倉みゆき(ライティング・ゼミ平日コース)
「今週末はなにする予定なの?」
平和そうなパパの顔で、目の前の40歳の上司は私にそう聞いた。
酷な質問だ。
きっと上司は、
愛する小学生の息子のサッカーの応援か、
もしくは奥様と一緒にテニスにでも行くのだろう。
「クリーニングでもだそうかな、と思っています」
と、そっけなく私は答えた。
予定といえる予定など何もない。
上司は「そう、あんまり遅くなるなよ」とだけ言って、そそくさと帰っていった。
金曜日の20時。
あまり急ぎでもない仕事を丁寧に仕上げた。
家族団らん中であろう上司に送るのも失礼だろうと、
メールは作成した状態で保存した。
月曜日の最初のタスクにしよう。
朝一番の仕事は決まっているほうがいいスタートがきれる気がする。
土日引きこもるだけの食材と
今日食べるためのお惣菜を買って家に帰る。
甘辛い唐揚げを頬張りながら、SNSを眺める。
「ああ、今日は華金だよね」と言葉に漏れる。
別に金曜日だということを忘れていた訳ではない。
金曜日の夜が、華やかなものだということを忘れていたのだ。
ビールでも飲むか。
都心の勤務から一転、
北陸に転勤になったのは2か月前のこと。
知りあいもいなければ、足を踏み入れたこともない場所だった。
2か月たっても、仕事以外での知りあいはできない。
しいて言えば、クリーニング屋のおばちゃんが私の名前を憶えてくれたくらいだ。
六本木のイルミネーション、おしゃれカフェでの女子会、夜景の綺麗なレストランでのデート。
SNSの向こうは、私が手にできないものばかりだった。
家で1人、ビールの2缶目を空けようとしている自分が悲しくなった。
東京で過ごしていた時にはちっとも羨ましい気持ちになんてならなかったのに。
好き好んで、今と同じく1人で飲んでいたくらいなのに。
新幹線の開通には残り1年と少し。
それまでは、飛行機で片道2万円を支払わなければ、
SNS上のキラキラした世界には行けない。
惨めな気持ちになるのがわかりながらも、
SNSを見る手は止まらない。
ガチャガチャした集合写真がつづくなか、
1枚のPR写真に目がとまった。
広くて、どことなく海外を思わせるような公園。
調べるとバスに乗れば10分ほどで行けるようだ。
よし、明日の予定にしよう。
予定ができたからには寝る準備をしよう。
起きる必要がないから一日中しょうがなく寝ている、
という最近ありがち、かつ最悪な休日を回避できそうな予感。
ビールの空き缶を3つ、両手に持って片付けながら、
鼻歌をうたっていた。
外が明るくなって目が覚めた。
毎日どんよりした曇り空が続いているが
今日雨は降らないらしい。
よし、公園に行こう。
お気に入りのスニーカーを履いていこう。
いい靴をはいているとその靴がいいところへ連れて行ってくれる、と
少女漫画のご令嬢が言った言葉をふと思い出す。
まだ、いいところかなんてわからないけれど、なんだか楽しい気持ちだ。
公園は大きな公園だった。
ゆっくり散策して、
見つけたカフェに入る。
外を眺めながらランチをして、
コーヒーを口にしながら、SNSでこの場所を調べる。
私が見てきた場所の写真がでてくる、でてくる。
感動した。素敵さに、だ。
天気の問題だと思ったが、違う。
詳しいことはわからないけれど、
何倍も素敵でおしゃれなものになって、SNSの向こうに存在した。
生で見た姿よりも、ずっといい。
写真ってすごい。
カメラってすごい。
純粋にそう思った。
なにも考えずに、私がボケっと見ていた大きな景色よりも
カメラマンの意思や視点がこもっている小さな写真が、何倍も魅力があった。
私も撮りたい。
気付いたら、インターネットでカメラを調べていた。
カメラの相場を調べる。
高い買い物ではあるけれど、
家と会社の往復しかしてない毎日のおかげで、
幸いお金には少しだけ余裕がある。
買えなくはない。
よし、とつぶやくと急いでカフェの会計を済ませ、
家電量販店で店員さんおすすめの入門モデルのカメラを買って帰った。
それからの私の休日は一変した。
相棒となったカメラを片手に、お出かけが日課となった。
車がないと出かけられる範囲も限られるので
安い中古車も買った。
気に入った写真が撮れるとSNSにアップし、
こちらはこちらのよさがあるのだよ、と東京の写真たちにひそかに対抗した。
SNSを見た友達が
遊びに来てくれることも増えた。
漫画の中のように、とびきりいい靴ではなかったけれど
私のお気に入りのスニーカーはカメラに出会わせてくれた。
そして、カメラが私をたくさんのいいところに連れて行ってくれた。
住んでいる街を好きにしてくれた。
生活に彩りをくれた。
「今週末はなにする予定なの?」
今は、そう聞いてほしくてたまらない。
そんな自分になれたことが、
私はとても嬉しく思う。
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