母とコタツ
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記事:小林祥子(ライティング・ゼミ平日コース)
「コタツを買いたい。帰ってきて欲しい」
母から電話があったのは、一段と冷える一月の中旬にさしかかった頃だった。
「コタツ? なんで私がそれだけのために」と思ったが、いつになく切羽詰まった様子。
「どうしても帰ってきて欲しい。そうでないと、お母さん寒くて……」
私が実家を離れてから十五年ぐらい経っただろうか。母からそこまで実家に帰ってこいとせがまれたのは、初めてのことだった。
私の家は、私と妹二人の三人姉妹だ。「女三人寄ればかしましい」とはいうが、母を含めて四人集まると相当やかましく、一日中笑い声が絶えない。特に母はいくつになっても天真爛漫という言葉が似合う人で、少女のようになりふり構わず大きな声で大げさに笑う。
近くの駅から家まで歩いていると、外まで母の笑い声や話し声が聞こえてくることなんて、しょっちゅうだった。
久しぶりに実家の門を叩く。母と飼い犬が私を出迎えてくれた。
慣れ親しんだリビングルームに入ると、ひどく殺風景で心なしか広く感じる。
「うちの家ってこんなに広かったっけ」
二人の妹のうち、一人は仕事で名古屋に。もう一人は春からアメリカに留学していた。
2階建ての一軒家に残されたのは、父と母、そして大きくなった娘たちの代わりにと母が飼い始めた一匹のダックスフンドだけ。あの賑やかな我が家は、見る影もなかった。
「来てくれて本当に嬉しい。お母さん、毎日寒くて、どうしてもコタツが欲しかったの」
母はそう言って、私を笑顔で迎えてくれた。
祖母の話、最近の話、妹の話、色々な話をしながら、母が準備してくれた昼ごはんを一緒に食べた。豪華なメニュー、煮っころがしにお刺身、野菜炒めに汁物、あきらかに今日のために準備してくれたものだった。
ひととおり話を終えた後、二人で本題のコタツを買いに行った。母が寒くないように、母が気に入るものをと、私は真剣にお店を見て回った。
最近体調が優れないという母。玄関先で私を出迎えてくれた時は、顔色が良くなかったように思えたが、二人で買い物を進めていくにつれて、だんだんと元気になっているようだった。
家に帰ってコタツの準備が整った時、母は少女のようにコタツに潜りこみ、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「今日は本当にありがとう。お母さん、こんなに幸せな気分になったのは久しぶりだよ」
その日の夕方は、仕事から帰ってきた父と母、私と犬、三人と一匹でコタツを囲み、鍋をした。久しぶりの家族団らんだった。コタツと鍋で、心も身体もポカポカするようだった。
コタツには、不思議な力があるように思う。
コタツに足を入れると、向かいの人と足が当たる。中で寝ていた犬を蹴る。犬にとってはとんだ迷惑かもしれないが、そうやって何気ない会話が始まる。
これは、ダイニングテーブルにはない良さだ。こうやって、コタツの中では人と人との距離が自然と縮まっていく。それに、コタツには人数制限がない。等間隔という概念もない。人数が多くても少なくても楽しめる。それがコタツだ。
そんな、人と人を繋ぐ不思議な力がコタツにはあるように思う。
そういえば、小さいころ絵本を手によくコタツに潜り込んだものだ。
知らないうちにコタツで寝てしまって、真っ赤な顔をしていると母に「お布団で寝なさい!」と怒られたものだった。それでも、コタツが大好きで、いつもコタツで本を読んでいた。
次の日、私が帰る時、母は犬と散歩しつつ私を駅まで送っていってくれた。
「あんた、大分帰って来てなかったでしょ? 三年ぶりじゃない? これからは、もう少し帰ってきて欲しいな。お母さん寂しいし……」
そういえば、そんなに帰ってきてなかったのか。母とは月に1回程度外で食事をしていたので、長い間実家に帰れてなかったことに気づいていなかった。
私たち姉妹が実家を旅立った今、あの2階建て一軒家には、二人と一匹だけ。
母からの電話「コタツが欲しい」
それは、たまには実家に帰ってきて欲しい。顔を見たい。色々な話がしたい。という、母なりの訴えだったのかもしれない。
還暦を迎え、知らないうちに「おばあちゃん」と呼ばれる世代になった母。
帰りの駅のホームに降りた後、私の姿が見える場所を探して犬を抱えながらも大きく手を振る母。そんな母を見て、これからは時々電話をしよう。実家に帰ろう。そして、あのコタツを囲んで母の話を聞いてあげよう。そう、心に決めたのだった。
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