乙女の冤罪
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記事:谷中田 千恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
たしか、5歳ぐらいのことだったと思う。母とスーパーに買い物へ行った時のこと。何が欲しいと聞かれた私は、勇気を振り絞ってこう答えた。
「ちえちゃん、甘いものが欲しい」
すぐに母は、私を冷たい目でにらみ、言った。
「自分をちゃんづけで呼ぶのはやめなさい。気持ち悪い」
保育園で一番の美人さんだったあいちゃんは、自分のことをちゃんづけで呼ぶ。私は、いつもあいちゃんに憧れていた。毎日可愛らしいスカートを履いて、みんなに可愛がられるあいちゃん。
私もあいちゃんみたいになりたい。いつもは、自分のことを「私」と呼んでいるけれど、今日お母さんはご機嫌だ。もしかしたら、私もあいちゃんみたいになれるかも。決死の覚悟のちゃんづけだった。
「気持ち悪い」の一言で、私は理解した。私は、女の子らしくすると気持ち悪いんだ。だからお母さんは、私にスカートを履かせないし、ピンク色のものも買ってくれない。これからは、女の子らしくしたいと思うのはやめよう。そう考えた。
大人になった私は、いつの間にか、女の子らしいものが嫌いになっていた。服装は、黒やグレーの暗い色でシンプルなデザインを好んだ。部屋の内装も、緑やブルーを使い、一見すると男の人が住んでいるか、女の人が住んでいるかわからないようなものだった。言葉づかいも、ちょっと乱暴な方がおしゃれだし、自分に似合っていると思っていた。
女の子らしい人も苦手だった。きれいな色の服を着て、かわいい言葉で話す同級生や、同僚たち。なかなか共通の話題も見つからないし、私の乱暴な言葉は会話になじまなかった。でも、彼女たちは、私以外のみんなに愛されていた。それがいつも悔しくて、うらやましくて、それとなく欠点を探したり、小さく陰口を叩いたりした。私とは、違う人種だと考えていた。
転機が訪れたのは、去年のこと。36歳で勤めた会社を辞め、フリーランスとなることになった。もう、会社の後ろ盾はない。私自身が、売り物になるぞ。と、いくつかビジネスセミナーに通った。
そのうちの一つのセミナーは、女性の講師が主催するものだった。女性講師は、登場するなり、「おしゃれをしましょう」と言った。
「女性の方でしたら、きれいな色の服を身につけましょう。そして、できるだけ、流行のデザインを取り入れて。お化粧は、ツヤのあるアイテムを使いましょう。ツヤツヤの光のある肌は、注目を受けやすいですよ。また、自信がない方は、アクセサリーをたくさん付けて。きれいにしている女性の話は、力があります」
実際に、おしゃれをして、とてもきれいな講師の話は、説得力があった。
素直が取り柄の私は、早速、次の日から買い物を始めた。ビジネスのためにと、始めは、きれいな色のブラウスやスカート。次に、ツヤツヤになれるファンデーションに、キラキラのアクセサリー。徐々に、到底仕事では使えないピンクのバッグや、レースのワンピースにまで手が伸び始めて、ふと、あることに気がついた。
「私、きれいでかわいいものが大好き! 」
私は、とても驚いた。本当に私の気持ちなのかと、何度も何度も、疑った。しかし、何度疑っても、気持ちは抑えられなかった。ピンクやレース、キラキラ、ツヤツヤ、ふわふわは、私を夢中にさせた。手に取るたびに、胸が締め付けられ、キュンとしてしまう。体温すら、少し上がる気がした。
暗い色や、シンプルなデザインが好きな私は偽りの私だった。妬ましく思っていた同僚の誰よりも、私は女の子で、乙女だったことにようやく気がついた。
私の中の乙女の部分は、私には似合わないと、ずっと封印をされていたのだ。まるで、冤罪にかけられ、投獄されたように。
かわいそうな、私の乙女。ずっと暗い牢屋に閉じ込められて、辛かったろう。あなたは、何も悪いことをしていない。罪を疑われて、なかったことにされて、36年もの長い間。今すぐ、解放してあげよう。
解放された私の乙女は、止まることを知らない。事務所のスモーキーピンクの壁紙は、男性の来客を黙らせるし、36歳のレースのワンピース姿は、どこへ行っても注目の的だ。私の乙女全開のおしゃれがビジネスに生きているかどうかはかなり怪しいし、ピンクの総花柄の寝室は、ますます婚期を遅らせるかもしれない。
それでも私は、もう自分の乙女を閉じ込めたりはしない。だって、これは本来の私で、大好きな個性だから。
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