ダービーで会いましょう
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記事:後藤里誉音(ライティング・ゼミ平日コース)
今年も日本ダービーの季節がやってくる。
ダービーとは日本中央競馬会が東京競馬場で毎年開催する重賞レース、日本ダービーのことだ。
出走出来るのは、4歳馬に限られているので、競走馬にとって出場チャンスは一度だけ、そんな夢のレースなのである。
「ダービーで会いましょう」
これは、私の通っていた大学の学科同期の仲間たちの合言葉になっている。
私が通っていた大学は東京都府中市にあった。
東京競馬場のすぐ近くである。
そんな環境にキャンパスがあったので、学生時代からクラスメイトはよく競馬場に通っていた。正確には学生は馬券を購入してはいけないので、そこで彼らは散歩していたのだろう。
たぶん。
当時私は、そこで働いていた。学生にとっては、とても稼げるアルバイトだった。
開催日の土日、朝7時から誘導馬というパドックからレースコースまで競走馬を先導する馬のお世話をしていた。誘導馬も競馬中継でテレビに映るので、たてがみを整えたり、口の周りを拭いたりと、人間のヘアメイクさんのような仕事だった。
午後になると、子供達をポニーや馬車に乗せるイベントを手伝った。
大学1年生の頃は、土曜日は半ドンの会社が多く、土曜日の午前中の競馬場はガラガラだった。ところが、大学2年、3年と進級するうちに、世の中に週休二日制が浸透し始め、客層がみるみる変わってきた。
おまけに、武豊騎手がデビューしたものだから、競馬場には女性ファンが一気に増えた。
そうなってくると、クラスメイト達は、さらに気楽に競馬場で集うようになった。
それが始まりだった。
やがて迎えた卒業式で、我々は約束した。
「ダービーで会おう!」
約束どおり、卒業して間も無く開催された日本ダービーの日、東京競馬場第四コーナー近く芝生に陣取って、ビクニックシートの上に集まった。
以降、私達の同窓会は、日本ダービーが開催される日、東京競馬場の第四コーナーで集まることにした。
遠方から新幹線に乗ってくる仲間もいる。海外勤務をしていても、その時期に帰国を合わせて参加する仲間もいる。
この方式の同窓会は、とても都合がいい。
なぜなら、開催日を大々的にテレビコマーシャルで教えてくれるからだ。
ある年なんてキムタクが教えてくれた。
そろそろかな? と思うと、決まってCMが流れてくるので、その日をスケジュール帳に書き込む。
特に連絡は取り合わなくても、大丈夫。行きたい時にいけば良い。出欠も不要だ。
会いたいと思ったら、第四コーナーに行けばいい。
大学の同級生同士の年賀状に添える一言は、決まっている。
「ダービーで会いましょう」
やがて、ダービーに同伴者を連れてくる人が目立ち始めた。彼女が妻となり、母となる。
そして一人二人と子供が増えて、どんどん賑やかな集まりになった。
こうして仲間が幸せな家庭を築いていく姿を、1年に一度確認し合えることは、とても幸せなことだった。
ところが、残念ながら人生は幸せな時ばかりではない。
あるとき、仲間の一人が告白した。
「俺、明日から入院するんだ」
どうやら会社の検診で、ガンが見つかったらしい。
「もしかしたら、もう皆に会えないかもしれないから…」
しばらく言葉に詰まった。
ひとりが沈黙を破った。「会えるよ、絶対に会えるよ」
翌年、彼は来なかった。
でも、2年後には現れた! 体重はかつての半分以下かと思われるほど細く、最初は誰か分からなかった。髪は真っ白になり、病との戦いの凄まじさを物語っていた。
それでも、彼は長い戦いの末、生還したのだった。このまま5年間再発しなかったら、完治とのこと。
私はその日の帰路、馬の柄のネクタイを買った。
「5年後のダービーで彼にこれを必ず渡す」
そう決めた。
翌年も、その翌年も、彼はダービーに来た。
会うたびに、顔色も良くなり、少しずつ体型も戻ってきた。
卒業から10年、20年と経過した。
最初は若者の集団だったが、少しずつ髪は白くなり、薄くなり、今ではすっかり中年の集まりになった。
頭は白くても、顔の皺は深くなっても、横に佇む仲間達と居ると、気持ちは当時のままだった。いまだに旧姓で呼ばれるのも、ちょっと新鮮な気持ちになる。
健康には気を遣う年頃となり、あれやこれやと健康に良いことを実践している話で盛り上がる。
「私、健康診断オールAだよ!」
とちょっと自慢してみた。
化け物呼ばわりされた。
ほぼ同い年の仲間達だが、どうやら私が一番長生きするだろうという予想がたった。
そういえば、ここは競馬場、予想するのが好きな人ばかりだ。
そして、仲間のうちの何名かの単身者の骨は、私が拾う事になった。
いいよ、いいよ、覚えていたら拾ってあげる。
でも、そんな約束忘れてしまうくらい、長生きしようね、お互いに!
今年も間も無く開催される。
そうだ! あのネクタイを持って行かなくては!
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