メディアグランプリ

地球上でもっとも地球らしくない場所


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:矢野 尚美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「よし! サボテンやってみようよ」
「いーね、いーね!」
世界一美しい、と形容されるナミブ砂漠の真ん中で、友人とキャッキャっと笑い合った。
人生初の失恋を経験した私が、一大決心して参加したのは、地球を一周ぐるりとまわる船の旅だった。「初めまして。同じ部屋で100日間よろしくね」と挨拶したのが、たった2ヶ月前とは思えないくらいに、いつの間にか彼女とは、真剣な話から悪ふざけまで、全てさらけ出せる仲になっていた。
 
小学生の頃、運動会のために必死で練習した組体操。その中に「サボテン」という競技があったのを覚えているだろうか。2人組になって、1人が空気椅子のようにひざを曲げ、もう一人がその上に立ち、グラグラしそうな体を下の人に支えてもらいながら、必死にバランスを取り、両手を横に広げて、完成っ!
「ピッ!」
砂漠のど真ん中で、先生の笛の音が響いたような気がした。
組体操は、人間関係そのものだ。バランス感覚はもちろん要るのだろうが、お互いに100%信じ合えるかどうか、にかかっているような気がする。ピラミッドで1番上に立つ人なんて、下のみんなを信じるしか無いのである。1人でも重さに耐えきれずに肘を曲げてしまったり、自分に負けてしまった瞬間に、ガラガラとくずれ落ちてゆく。
誰が最初にくずれたのか分からないままに、気付けばみんな地面に転がっている。
まるで会社の縮図のようである。
現代社会では、危険を伴うから、練習の時間も少ないから、との理由で組体操がどんどん簡素化され、ピラミッドも少しづつ小規模になっていくのが、何となくさみしい。
 
信頼関係とバランス感覚の絶妙なチームワークでピラミッドが完成した時の、あの感動……。
競技している側も見ている観客側も一体となり、「ピッ!」の音と共に成功する、鳥肌が立つようなゾクッとしたあの瞬間がたまらなく好きだった。
 
映画「猿の惑星」の撮影地としても知られている、ナミビアの砂漠。オフロード用の車を走らせてもらうと、まるでフィルムが切り替わるかのように、ガラリと違う表情を見せてくれる。
ひとくくりに「砂漠」と表現するのが申し訳ないくらいだ。
月面のようなゴツゴツした岩場の砂漠、サラサラした海岸のような砂漠、見たこともない大きさの圧巻のサボテン並木が延々と続く砂漠、少しだけ草が自生している砂漠、走行距離が伸びる度に、同じ地球上とは思えない大自然の美しさがそこにはあった。
 
「よーい、ドンッ!」
足元は不安定なサラサラの砂丘を頂上まで一気に駆け上がり、ナミブ砂漠の真ん中で、私たちは人間サボテンにチャレンジした。
「ピッ!」
脳内に聞こえる先生のフエの音と共に、120%の信頼で友人の膝の上に立ち、左右の腕を大きく広げ、指先までピンッと伸ばした瞬間、私たちは砂漠の一部となり、周囲の音がフッと消えた。
 
砂丘のてっぺんから見下ろすと、ナミブ砂漠の砂と真っ青な青空の境界線が一直線に、見渡す限り広がっている。私は翼を大きく広げ、思いっきりアフリカ大陸の空気を吸い込むと、風に乗って大空を飛んでいる鳥になった。
「私は今、生きている」
サラサラの砂風を感じながら、今までに感じたことのない幸せな気持ちが、頭のてっぺんから足のつま先まで身体中に充満してゆく。半年前、失恋して泣きじゃくっていた私が今、こんなにも満ち足りた気分でいるなんて、想像もしなかった。
 
あれから15年。
引っ越したばかりの無機質な部屋に、何を飾ろうか……荷物を紐解きながら考えていると、写真がハラリと一枚、足元に落ちてきた。あの時、砂漠で感じた充足感が身体中に広がってゆく。全て手動式の昔ながらのマニュアルの一眼レフを持って、砂漠を歩いた。パシャりと一回シャッターを押す度に、ジジーっとフィルムを巻き上げ、奇跡的に撮れた渾身の一枚。
彼女のポージングが、ナミブ砂漠の砂肌が、私に元気をくれる。転職したばかりで、新しいワクワクがスタートした今を、カメラの向こうの私も応援してくれている気がして、迷うことなくその写真を部屋に飾った。
写真に写っている、当時大学生だった彼女も今や、外科で女医をしているらしい。「適当でいいよー、大丈夫だからー」と口癖のように言っていた彼女が、本当にメスを握って1mmの世界で働いているのか、現場を見た事は無いので疑わしいところではあるが、地元では有名な病院で立派に長年働いていると聞くと、馬鹿なことばかりしてゲラゲラ笑っていたあの日とのギャップに、違和感を覚えつつも尊敬するのである。
「ピッ!」
彼女はあの日、何を思っただろうか。「地球上でもっとも地球らしくない場所」と表現される事もあるナミブ砂漠。地球上にいるとは思えない大自然の中でテントを張り、満天の星空を眺めながら深夜まで語り合った、あの贅沢な時間を、彼女も懐かしく思い出す日もあるのだろうか。遠方に住んでいてなかなか会えずに、仕事に家事に育児に、日々のやるべき事に追われ、気付けば10年以上も疎遠になってしまっている。もうすっかりベテランの女医さんとして、風格を漂わせているのかもしれない。
 
今では、「組体操やってみよう!」なんて思える余裕もなく、日常に追われっぱなしの日々だが、仲間や先輩と共に試行錯誤を繰り返しながら、プロジェクトをつくり上げ、お互いの信頼関係の上で、それぞれがそれぞれの役割をきちっと果たす事が出来た時に「成功」と「充足感」が付いてくる。倒立や、サボテン、おうぎにピラミッド。グラグラして1秒も立てなかった練習の日から、本番では見事に成功して、観客から自然と拍手が湧き起こった時の、組体操のあのゾクリとする瞬間を味わいたくて、私は今、仕事をしているのかもしれない。
 
「私は今、生きている」
写真の中の彼女がポーズをとる度に、乾いた風に乗ったサラサラの砂風が、こちらに向かって爽やかに吹いてくる。
 
 
 
 
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2019-05-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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