チーム天狼院

【世にも恐ろしい女子ヒエラルキー・コラム】一センチのほくろ③《川代ノート》


 

「サキ、文章書いて」

そう言ってきたのは、就活を終えた私がバイトしていた本屋の店主だった。

「なんでですか」
「ホームページのアクセス数、上げたいから。ブログに何でもいいから書いてみて」

突然そう言われても、何を書いたらいいかわからない。もともと作文は好きな方だったけれど、人に見せる文章なんて書いたことがなかった。

「ま、いいじゃん。とりあえず書きやすいネタで書いてよ」

けれど書店員歴が長い彼がそう言うので、まあいいかと、私は自分のコンプレックスをネタにした文章を書いた。書けそうなことがそれしか思いつかなかったのだ。
すると、驚くべきことに、賞賛のコメントが届いた。

「わかります!」
「私も同じことで悩んでました」
「書いてくれてありがとう」

驚いた。心底驚いた。
まさか、自分のダメなところが、人を喜ばせることができるなんて、思ってもみなかった。今までどうすればなくすことができるのか、そればかり考えていたコンプレックスが、人の役に立つなんて。
私は書くことにのめり込んで行った。ありがたいことに、相変わらずコンプレックスや欠点は毎日のように見つかったから、ネタには困らなかった。
書けば書くほど新しいコンプレックスが見つかり、書けば書くほど自分のことが嫌いになった。でも止められなかった。どんなに自分のことを嫌いになっても、どんなに気持ち悪くても、止められなかった。止めるには、書くことはあまりに面白すぎた。どれだけ自分の身を削り、自分の嫌な部分を採掘しようと、書くことの面白さに比べれば、自分を嫌いになることなんて、なんでもないように思えた。
ようやく見つかった、と思った。
本当にやりたいことが、人生をかけてもいいと思えることが、ようやく見つかったのだ。
スポーツもできない。
地頭がいいわけでもない。
見た目がかわいいわけでもない。
特別優秀な人材というわけでもない。
みんなに愛される、すばらしい性格の持ち主というわけでもない。
私には、何もない。
ずっと何かがほしかった。自分を証明できる何かが。一番になれる何かがほしかった。それが文章を書いて自分の感情を吐き出すことだった。もしかしたら、何でもよかったのかもしれない。たまたま文章が合っていたというだけだったのだ、きっと。
もう、私は認めてもらえなくてもいい、とすら思った。
私自身のことは、認めてもらえなくても構わない。
でも、私の文章だけは、認めてほしい。好きだって言ってほしい。愛される存在でいてほしい。
まるで我が子のように思えるほど、私の文章が、愛おしかった。
私は一生懸命書いた。書いて書いて書き続けた。私のダメなところを曝け出し続けた。
ものすごく気合を入れた文章がウケない時もあった。さっと適当に書いた文章が、人気が出た時もあった。試行錯誤しながら、私はいろいろな文章を書いた。毎日が楽しかった。文章のネタになるというだけで、どんな感情も、どんなコンプレックスも、面白いものに思えた。書くことによって、私は救われたのだ。

しかし、その日は突然、やってきた。

冷や汗が止まらなかった。絶望。困惑。焦燥。

どうしよう。

もう、見つからない。

もう、自分の嫌いなところも、コンプレックスも、見つからない。

気が付けば私は、平気で足を出して、スカートを履くようになっていた。

「何?そのシミみたいなやつ」

昔なら、そう聞かれたら、その日一日立ち直れないくらい、落ち込んだ。

「あー、ほくろだよ。昔からあるの。デカイでしょ!」

なのに、平気でそう答えられるくらい、私はまったく、気にしなくなっていた。人に指摘されようと、笑われようと、別にどうも思わない。だってたかが、一センチのほくろじゃないか、と。
ほくろを気にしなくなっている自分に、私は底知れない恐怖を感じた。

どうしよう。

自分を好きになりたい。
もっと価値のある人間になりたい。
嫌いなところを、なくしたい。

その願いが叶った瞬間だった。本来、私がずっと求めていた瞬間だった。
なのに。

もう、書けない。

腐る程あったコンプレックスはついに、底を尽きた。

つづき(複雑極まりない「経験」のヒエラルキー!)は、12月13日夜9時公開!

前回【世にも恐ろしい女子ヒエラルキー③プライベート編】ウユニ塩湖に行ったからって、世界は何も変わらない《川代ノート》

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