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【世にも恐ろしい女子ヒエラルキー④恋愛編】失恋を経験すると、失恋してない人を見下したくなってくる《川代ノート》


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複雑きわまりない、「経験」のヒエラルキー!

私は、父親には似ていない。まったくもって似ていない。

まず第一に父親のことなんか全然好きじゃない。第二に、気が合わない。趣味も合う、笑いのツボも合う母とは違って、父は頭が硬くて、頑固で、読んでいる本もややこしそうな政治の本ばかりだし。

私の父は作務衣が基本スタイルである。えーと、作務衣ってわかります? 着物まではいかない、でも甚平ほどカジュアルでもない浴衣みたいなやつ。坊主頭でちびまる子ちゃんの友蔵にそっくりな父が作務衣を着るとモノホンのお坊さんにしか見えない。かと思えば、テンガロンハットをかぶってカウボーイみたいな格好で会社の飲み会に行ったりする。おしゃれなのかダサいのかいつもよくわからない。変なおやじである。

そう思っていたのに、父がバカにされていると、なーんか、ちょっと、腹が立ってくるのだ。

この前田舎に帰った時、父と父の友人たちと一緒に食事をした。おやじたち、母、叔母や祖母の中で一人、若者の私。

「いやあ、でも、あれか? お前はまだ病気してないんだっけ?」

宴も酣になった頃、一人のおやじが父に向かってそう言う。

「そっか、いやね、やっぱりこの感覚は大病を経験してるやつしかわかんねえよなあ。ほら、俺はね、二年前に胃をやってるから」

そう言って一通り病気談義で盛り上がるおやじたち。みんな結構な大病をしているらしい。生還できてよかったね。うんうん。よくがんばった!
が、ふと父を見やると、若干むっとしている。父はありがたいことに、これまで一度も大病を患ったことがない健康体だ。
あれ? なんか、なにこれ、病気したやつの方がえらい、みたいな空気になってない?
病気ネタで盛り上がるおやじたちの仲間からちょっと浮いている父。ああ、なんか作務衣着てるのに肩身狭そう。一番悟り開いてそうな顔してるのに自分だけ大病した経験ないから息苦しそう。かわいそう。おとー(我が家では父をおとーと呼ぶ)、大丈夫だよ、安心して! 健康な方がいいよ! 病気になったからってえらいとかないからね。気にしないでよね。

「おとーをいじめるな!」と、普段は自分がいじめてるくせに(おい)、なんだか不憫になってしまった私。さすがに五十代にもなると病気の話が多くなるのね。病気の苦しみというのはたしかに、経験した人しかわからないから、ちょっとバカにされたような気がしてしまうよね。

なんか、こういうのって、小学生の時、うっかり流行ってるテレビを見忘れた時の感覚に似てる。

私が子供の頃はお笑い全盛期で、笑う犬の冒険とかエンタの神様とか水10とかがものすごーく流行っていた。クラスみんなが見ていたくらい。
だから翌日は必ずそのテレビのネタで持ちきりになった。みんな月曜空けに「エンタ見た!?」「見た! ドランクドラゴン面白かった!」とか話しまくってたから、万が一見忘れるともう全然話に入れない。少なくともその日一日非国民扱いだ。
病気がエンタの神様と同じとは言わないが、病気の時に感じた苦しみや辛さは、病気や症状に関わらず共有することができるのだろう。だからこそ病気ネタで盛り上がる。その気持ちはわかる。

おやじたちに限らず、こういう経験のヒエラルキーというか、感情のヒエラルキーは、女子の世界にも起こりうる話だと思う。経験したかしていないか。その感情を覚えたことがあるか、ないか。

女子のヒエラルキーを大きく左右する経験が、二つある。
ずばり、「失恋経験」と「セックス経験」だ。この二つに、私はどれだけ悩まされたことか。

 

失恋を経験すると、失恋してない人を見下したくなってくる

「会いたくて震えるってなんだよ! 意味わかんねーよ! ははは」と例の西野カナの歌詞をバカにしていた自分を、タイムマシンに乗ってぶん殴りに行きたいと思った。

大学三年の、夏。

そう、例の、ウユニ塩湖に一緒に行った彼である(なんのこっちゃと思う方はこちらの記事を見てね☆)。身がちぎれるような思いをした……と書くとなんだか文学的で上品にきこえるが、実際に私は、物理的に身がちぎれそうであった。ていうかむしろもう身がちぎれてくれとすら思った。辛すぎて。

えーとですね、自慢じゃないが、私はどんな失恋話よりもキツい失恋ネタを持っている。わりと女子会でテッパンである。結構みんなに「それはひどい!」「かわいそすぎる!」と笑ってもらえる。なぜかというと、私がそのウユニくんと別れたのが、なんと、ラブホテルのベッドの上だったからだ!

その日、彼の誕生日に会った私たち。ごはんを食べ、もともと泊まることになっていたので、そのままホテルに向かった。

ホテルのベッドの上だから、そりゃ緊張しますよね。ドキドキしますよね。で、一応心づもりをしてきた私はおとなしくベッドの上でじっとしていたわけですよ。ウユニくんも「あー眠くなってきたなあ」とか言ってベッドに寝っ転がったの。ラブホテルだからもちろんかなり広いキングサイズのベッドで、枕元に怪しげな小箱とか置いてあって、時計はそろそろ終電がなくなる時間をさしている。あーそろそろくるな、とか思ってじっとしてた私に、ウユニくんは容赦なく爆弾を投下したのだ!

「あー、あのさあ。俺本当に眠くなっちゃったからもう寝ていい? 明日でいい?」

……はい?

ちょ、ちょっと待てよ、おい! それって何? 平たく言うと「今セックスするのだるいから、もう今日は寝て、明日起きてからにして。もう勘弁して」ってことだよね? つまりお前とセックスするのが今はめんどくさい、ってことだよね? ちょっと待てやコラ!!

その時のショックといったらなかったですよ。これは持論だけど、「セックスしたいと思ってもらえない」って女にとってはかなりショックなのだ。女は往々にして自分の性欲を隠そうとするけれど、ぶっちゃけほとんどの女はエロい。かなりエロい。そして自分がエロい目で男に見られるということに大きな喜びを感じる女もかなり多い。よほど度が過ぎたストーカーとか痴漢とかでなければ、普通の男に「ヤりたい」と思ってもらえるのはかなり嬉しいことではなかろうか。最近だって、コミケとかで多くのコスプレイヤーがものすごい露出度のコスプレをしたりしているでしょ? きっとたくさんのカメラ小僧たちのいやらしい目線を身体中に浴びるのが快感なのだ。
「ヤりたい」と思ってもらえる、イコール「女として魅力がある」ということだろうと多くの女は考える。だからこそ、こぞってどうすれば色っぽく見えるかを研究したり、どうすればフェロモンが身につくかを考えたりする。まあ皮肉なもので、色っぽくなりたいと強く思っている女ほど、簡単に色っぽくはなれなかったりするんだけど。

だから、私がウユニくんから遠回しに「ヤりたくない」と言われたのは、「女として失格」と烙印を押されてしまったように思えたのだ。お前は性的魅力がないと言われることの悔しさよ。むなしさよ。切なさよ……。
まあそういうわけで彼の一言にブチ切れた私は、彼に「あたしのこと嫌いならはっきり言ってよ! 何考えてるかわかんないよ! もうあたしといて疲れるっていうならもう別れよう!」と言ってしまったのだ。あー、もう、バカ。もちろんはっきり言ってほしかったわけじゃなく「そんなことないよ、疲れてるだけだよ。ちゃんとサキのこと好きだよ」とフォローしてほしかっただけだ。別れるつもりなんてない。ただ私のことで焦る彼の顔が見たかったのだ。思っていることと反対の言葉で男を試そうとするダメ女の典型ね。

しかし彼の言葉は、私を奈落の底に突き落とした。

「ごめん。一ヶ月前くらいから、言わせようとしてた」
「言わせようと、してた?」
「うん」
「え、何を?」
「別れよう、って。サキの方から、俺のこと振ってもらえれば、って」

ドゴーン!

雷がぶち当たったような衝撃。思考停止。フリーズ。ログアウト。電源オフ。
そして私がようやく再起動した時には、ウユニくんはもう決心したような顔をしていた。

別れようと言わせようとしてた、って、単純に「別れよう」って言われるより、五十倍くらいショックなんですけど。つーか今別れるって言ってんだから、もう言う必要ないじゃん! 余計なダメージ食らわせないでよ!
と、そこでまた大げんかをし、彼を責めまくり、大泣きし……。と、一通り暴れまわったあとにはもう、私たちはお別れを決めていた。
が、冷えた頭で落ち着いて考えると、私はとんでもない状況に置かれていたのだ。

ラブホテル。大きなベッド。コンドームが入っている小箱。夜中の二時。終電、もちろんなし。

あ、やばい、と気がついた時にはもう遅かった。話すべきことは一通り話しつくしてしまったし、ムカついていたことも全部吐き出した。もう涙も出尽くした。何も言葉が出てこない。やばい。まずい。
あーもうこんなことなら、朝方までケンカしとけばよかった! と思ったけれど、残念ながら二人とも冷静になってしまった。もう別れることも決定している。でも終電ない。
というわけで、二人でだだっ広いベッドの端と端で寝たわけです。何もせず。コンドームあるのに。広いお風呂あるのに。「あ、身がちぎれそうってこういうことなんだ」と私は実感した。本当に、心臓をボブサップに雑巾絞りされてるみたいだった。キツい。精神的にキツいとかではなく、物理的にキツいのだ。もう息を吸っていること自体が辛いのだ。後ろを振り向くと彼の背中があった。一ヶ月前までは何の努力もしなくても好きなだけ触れていたその背中に、私はもう触れることができない。もう二度とだ。彼の手も、顔も、背中も、お腹も、私は触ることを許してはもらえない。もう彼の髭を抜いて遊ぶこともできない。彼の寝顔を見ることもできない。彼の……だめだ、考えてもキリがない。

そんなことをもんもんと考えながら、眠れるわけがなかった。心臓が痛かった。苦しかった。もう一度頭をフリーズさせようとしたけれど、どうあがいても無駄だった。頭はフルスロットルで動いていた。ひどく明快で、冴え渡っていた。今ならどんなに難しい課題でもこなせるんじゃないかと思った。
そして憎らしいことに、彼はでかいいびきをかいて寝始めた。あのウユニに行く前にケンカした夜と同じだ。南米に行ったのが懐かしかった。あの頃はちゃんと絶景とフェデリコのおかげで仲直りできた。でも今は、おそらく、いや絶対に、もう二度と元サヤに戻ることはできないだろう。もう仲をとりもってくれる絶景はない。ナイスカップル! と囃し立ててくれるフェデリコもいない。無理なのだ。そうして一睡もできないまま朝になり、私たちは別れた。「じゃーな、俺タバコ吸ってから行くから」という彼の一言で、私たちの関係は終止符を打った。

あまりに辛く、現実逃避したくて、そして思い切り泣きたくなった私は、その足でカラオケに行った。そして一人でミスチルの「アンドアイラブユー」を泣きながら熱唱した。

「会いたくて会いたくて震える」

さすがに死にたくなりそうだったので、西野カナを歌うのはやめておいたが、バカにしてごめん、今なら気持ちわかる。だって今、私辛すぎて震えてるもん。マジでごめんよ、カナ……辛すぎると物理的に震えるんだね……。そう心の中で、平謝りしたのである。

というわけで、失恋は私の人生のなかでもかなり思い出深い出来事になった。「辛い」「苦しい」という感情が爆発した瞬間だった。結局私は失恋から乗り越えるのに、一年くらいかかった。まあ今となってはネタになるから失恋してラッキー、と思えるのだけれど。

しかしもちろんこの失恋ネタを話してもすべての人に理解してもらえるわけではない。強烈な失恋をした人と失恋をしていない人の間には大きな差がある。
「今まで平気で手に入っていたものがすりぬけていく寂しさ」と、「自分には彼を引き止めておけるほどの魅力がないと実感させられる恐怖」を、同時に味わわなければならないのだ。

私も無邪気に適当な男の子とデートしてばかりいた頃は、それこそ「会いたくて震えるとか意味わかんねーよ!」と西野カナや加藤ミリヤの失恋ソングをバカにしていたのだが、今では彼女たちが若い女の子から支持される理由がよくわかる。すごい、すごいよ。よくあんな風に気持ちを代弁してくれるもんだ。

失恋の辛さというのは本当に独特で、私自身もよくあの苦しみを乗り越えられたもんだと思う。マジで自殺しようかと思うくらい辛かったのだ。この世からいなくなりたいと思った。この苦しみがなくなるまで意識不明になりたいと思った。でももちろんならなかった。だから耐えるしかなかった。

だからこそ、あの苦しみを乗り越えたからこそ、ちょっとは失恋してない女に、優越感を覚えてもいいじゃん、と思ってしまうのかもしれない。
できることなら失恋なんてしない方がいい。辛いし、苦しいし、その悩んでいる時間が無駄だ、と思う人もいるだろう。
でもあの苦しみを覚えて、苦しんだ分、自分の方が幸せになる権利を多くもらってもいい、と思ってしまうのかもしれない。「失恋の苦しみは、失恋した人にしかわかんないよね〜」と、女子会で、失恋してない人を見下したくなるのかもしれない。自分の方がえらいと思いたいのかもしれない。自分の方が失恋した分、成長してるし、人間としての価値も上がった、と思いたいのかもしれない。だってそうじゃなきゃ、なんだか失恋損したみたいだから。

って、なんだよ、これじゃあおとーをバカにしてたあの病気自慢おやじたちと同じじゃないか。

ごめん、おとー。あたしも何にも変わんないよ。腹立ててたの、ただの同族嫌悪だったよ。でも失恋したからって全然えらくないのと同じで、病気したからって全然えらくないよ。健康な方がいいよ。ずっと健康でいてよ。長生きしてよ、あたしのために。

そう内心で父に謝りながら、なんだ、あたし、おとーのこと大好きみたいじゃん、と、ちょっと笑ってしまったのだった。

つづき(セックス経験を男の前では少なく、女の前では多く言ってしまうのはなぜなのか?)は、12月14日夜9時公開!

前回【世にも恐ろしい女子ヒエラルキー・コラム】一センチのほくろ③《川代ノート》

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