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ガールズバーで一番人気だったあの子はちゃんと幸せになれたのかな《川代ノート》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 

記事:川代紗生(天狼院書店スタッフ) 

 

 ガールズバーで一番人気だったあの女の子はちゃんと幸せになれたのかなと、いまでもときどき、思い出すことがあります。どうしてだろう。不思議なものです。おそらく私が今後の人生で彼女にふたたび会うことは万が一にもなく、彼女が幸せだろうが不幸せだろうが、私にはいっさい関係のないことなのです。それでもどうしてか、ときどき思い出してしまう。あのとっても可愛くて親切な女の子は、ちゃんと幸せになれたのだろうかと、どうか幸せでいてほしいと、願ってしまうのは、なぜなのでしょうか。

 

 彼女と出会ったのは約8年前、大失恋して落ち込んだ私がガールズバーでアルバイトをしたのがきっかけでした。大好きだった彼にこっぴどく振られなかば自暴自棄になっていた私は、もう二度とこんなつらい思いはするまいと、恋愛武者修行の旅にでることを決意したのです。当然ながら、ガールズバーに入ったからといって私の恋愛スキルが格段に上昇することなどなかったのですが(むしろさらにこじらせたと言ってもいいでしょう)、それでもそのときの私は、ガールズバーに入るしかいまの自分を変える方法はないのだと思い込んでいました。

 私が働いていたのは、都心のガールズバーでした。経営者の男性は物腰柔らかく、女の子みんなにフラットに接してくれました。黒服の男性たちも、ピアスが片耳に5個もついていたり、黒いシャツを第3ボタンまで開けていたりと見た目はいかつかったのですが、お店と、働いているキャストたちをとても大切にしていました。

 だからなのかはわかりませんが、働いている女の子たちも、綺麗で可愛くて、優しい子たちばかりでした。20代〜30代前半の女の子が中心で、女子大生からモデル・役者の卵、OLと掛け持ちしている子まで、さまざまな子が在籍していました。当時、女子大生だった私は、年上のお姉さんたちによく可愛がってもらったものです。ドラマや漫画でよく観るような「女のドロドロ」を多少覚悟していた私にとっては、それは嬉しい誤算でした。

 芸能界を目指している女の子が多いということもあって、とにかく美人だらけのお店だったのですが、なかでもとくべつに可愛い女の子がいました。彼女にはじめて出会ったときの衝撃を私は忘れられません。「えっ、何この人かわい……ええっ!? かわいっ!」と二度見どころか三度見、四度見くらいはしたと思います。それくらい、彼女は別格でした。これまでの人生で出会った誰と比較しても、まちがいなく彼女がいちばん可愛いと断言できる。周りの人たちすべてを屈服させるような圧倒的な可愛さを、彼女は持ち合わせていました。

 あの可憐さは、溌剌とした美しさは、どう表現したらいいのでしょう。よくわかりません。彼女を表現するに値する適切な言葉を、8年経ったいまでも、私は見つけられていないのです。「『ほんとうに』可愛い」というのはこういうことなのだ、と私はそのときまざまざと思い知らされました。

 彼女はほっそりとしていて、153センチの私よりも少しだけ背が高く、やや日本人離れした顔立ちをしていました。目が大きくぱっちりとしていて、黒目がちな瞳がくるくると動き、いつもお客さんや私たちを楽しませてくれました。

「さきちゃんは、こういうお店で働くのはじめて?」と彼女は私にたずねました。オープニングシフトが一緒だったときのことです。このお店が開業した当初から働いているという彼女は、懇切丁寧に仕事を教えてくれました。

「はい、はじめてです」

「学生さんだよね。さきちゃんみたいに、大学通いながら来てる子、いっぱいいるよー。お客さんもいい人ばっかりだし、すぐに仲良くなれると思うよ。さきちゃんと働けるの楽しみだなあ」

 それは、意識していたのか、天性のものなのかわかりませんが、彼女は人を楽しませる天才であり、気遣いの天才でした。本当のエンターテイナーというのは、相手の感情の動きを先回りして察知することができるのかと、しみじみ思ったものです。というのも、彼女は他者に不安やフラストレーションを抱く隙を与えることがなかったのです。緊張気味の新人がいれば「あなたと働けて嬉しい」と声をかけ(「大丈夫?」「困ったことがあったら言ってね」という声がけよりも、こういうポジティブな言葉のほうが緊張はほぐれるのだと知ったのは、このときがはじめてでした)、グラスについた水滴にお客さんが気がつく前にそれをふきとり、仕事帰りで直接店にきたよというお客さんには「あたしお腹空いちゃったんだけどみんなで何か食べない?」と誰よりも早く声をあげました。

 きっと、お店にきていたお客さんのほとんどは、彼女が「気配りをしている」ことにすら、気がついていなかったのではないかと私は思っています。なんなら、彼女は「ちょっと抜けている、若くて可愛い女の子」という扱いを受けていました。一流企業で働くおじさまたちが、難しいビジネスの話を「知ってる?」とたずねる、「えー、あたしわかるよ。〇〇でしょ?」と頓珍漢なことを彼女が言う、「ぜんぜん違うよ!」とお客さんがつっこむ。難題をふっかけられ、彼女が自信満々に答え、お客さんが「バカだなあ」と笑うというその流れは、もはや恒例行事のようになっていました。

 あまりにも、自然でした。彼女の言動、表情、目の動き、褒め言葉、そのすべてが自然だった。明らかに45歳に見えるお客さんの「俺って何歳に見える?」というめんどくさい質問に、みんなが「えー、38歳くらい?」と気を使って言うところを、彼女は「うーん、45歳! あ、ごめん! やばい当たっちゃった!? 大丈夫大丈夫、本当は33歳くらいに見えるよ」と大笑いして返す。屈託がなくて、彼女がいるだけでパッとその場が華やぐ。そういう子でした。

 彼女は隙を見せることがありませんでした。いつも明るく、いつも楽しそうで、女の子にもお客さんにも愛されていました。彼女は圧倒的ナンバーワンでしたが、誰ひとり、彼女に嫉妬する人間はいませんでした。当然のことです。勝負を挑もうとすらしないでしょう。いや、むしろ、そうするしかなかったのかもしれません。彼女を「別格」扱いし、勝負の土俵に立ち入らせないようにすることは、私たち「そこそこ」の女の子が自尊心を保つための唯一の方法でした。

 彼女と働きだしてから、しばらく経ったときのことです。いつだって「可愛くてみんなに愛されるナンバーワン」でい続けた彼女でしたが、ふっと、疲れた表情を見せたことがありました。

「最近、ちょっと忙しくなっちゃってさ」と彼女は言いました。私よりもいくつか年上だった彼女は、ガールズバーでの仕事と昼の仕事を掛け持ちしていました。そんなに働いて大丈夫なんですか、と私は聞きました。だってどう考えてもおかしいのです。何度も言うように彼女は圧倒的ナンバーワンでしたから、お店がはじまる夜から朝方まで引っ張りだこでした。彼女指名のお客さんが次から次へとやってきて、彼女のシフト表は毎日のように「朝5時まで」になっていました。

「大丈夫大丈夫! 昼間の仕事、ゆるいから。仮眠すれば余裕だよ」

 いつものとびきり可愛い顔でそう言うので、私はそれ以上聞くのはよそうと決めました。

 

 そうこうしているうちに、気がつけば、就職活動が本格化していきました。さまざまな事情を加味して、私はアルバイトを辞めることにしました。「たまに遊びにきて働いていってよ」とオーナーは言いました。「就活がんばってね」とお姉さんたちは応援してくれました。仕事なので、もちろん楽しいことばかりではありませんでしたが、本当にいいお店だったなと私は思いました。

 ただ、彼女の顔を見られないままだったのが最後の気がかりでした。私が辞めるころ、彼女は遅番メインになっていたので、ほとんど入れ違いになっていたのです。

 

 そのあとのことは、わかりません。就職し、仕事が忙しくなった私にとって、あの空間で働いていた時間は、もはや夢か幻のように思えました。暗がりのなかで光る色とりどりのライト、壁に並ぶ「山崎」のキープボトル、指紋と水垢が残らないように磨かれたロンググラス。窓から見える東京の夜景。みんなで飲んで笑って、カラオケで入れられたAKBを踊りながら歌って。お客さんが来ない雨の日には、ダラダラ営業メールを送りながらくだらない話をする。

 そういう時間が懐かしく思えて、ときたま猛烈にあそこへ行きたくなる日がありました。もう一度でいいから、みんなの顔を……彼女の顔を見たい。「さきちゃんじゃん、久しぶり!」と言ってほしい。接客のプロである彼女なら、きっと数年経っていても私の名前を覚えてくれているんじゃないか。そんな淡い期待が浮かんでは消えました。

 けれど結局、私がそこに戻ることはありませんでした。キャストとしてはもちろん、お客さんとして立ち寄ることも。いつの日だったか、お店の名前を検索して、閉店してしまったのだと知りました。オーナーやスタッフ、キャストのみんなと連絡を取り合っていたグループLINEのタイムラインには、「グループを退会しました」の文字がいくつも並んでいました。

 8年経ったいまでは、彼ら彼女らの名前すら、思い出せなくなってきました。なんとなく、〇ッキーとか〇ッシーみたいな、小さい「つ」が入ったニックネームの人がいたなとか、それくらいのことは思い出せるのですが、はっきりとした記憶はどんどん薄れつつあります。といっても正直なところ、あのとき教えてもらった名前が本名だったのか芸名だったのかすら、わからないのですが。事実、私のフルネームをみんなが知っていたのかどうかも、いまとなっては定かではありません。

 

 あの子はいま、ちゃんと幸せに暮らしているのだろうか。

 

 それでもときどき、いや頻繁に、彼女の顔が思い浮かぶのです。元気にしているだろうか。ご飯をちゃんと食べているだろうか。ほっそりした彼女の手首や、隣に立ったときにちらりと見えた上向きなまつ毛の曲線を思い出すのです。元気でいてほしい。幸せでいてほしい。どんな形でもいいから、彼女が望む形の幸せを手にしていてほしい。

 なぜそう願ってしまうのか、よくわかりません。単純に、人として好きだったからでしょうか。それとも、新人だった私を助けてくれた彼女に恩を感じているのでしょうか。

 あるいは、と私は少し恐ろしいことを思ったりもするのです。

 彼女くらい素敵な人が幸せでなかったら、私があまりにも惨めすぎるじゃないか、と。

 美しい容姿や磊落な性格、愛嬌、努力家なところ……私のほしいものすべてを手に入れている彼女が幸せじゃなかったら、じゃあ私はどうやって幸せになればいいんだと、そんな屈折した思いを抱えているだけなのかもしれないとも、思うのです。

 私はいままさに、彼女が持っていたようなものがほしいともがいていて、それを手に入れることを目標に邁進していて。手帳やバレットジャーナルに細かく目標値を入力して、美人になれますように、優しくなれますように、努力家になれますように、仕事ができる人間になれますようにと日々願い続けている。その目標を達成できたのならば、きっと私は誰よりも幸せになれるはずだと心の底から信じている。

 なのに、それを体現しているような彼女が幸せじゃなかったら?

 そう考えると恐ろしくて、だからこそ、だからこそ、だからこそ。

 幻想のなかの「幸せな彼女」をイメージすることで、私はなんとか心の均衡を保てているのかもしれない。

 

 ただ、美しい人たちというのは、もしかしたら、私たち凡人のそんな自分勝手な願いを背負って逃げ出せなくなってしまうこともあるんじゃないかと思う日もあるのです。

 たとえば芸能界での仕事を「夢を見せる仕事」という人もよくいますが、それというのは、「幸せでいてくれなきゃ困る」という私たちの歪んだ心の捌け口になってしまっている可能性も、あるんじゃないか、と。

 つらくてしんどくて逃げ出したいときも、キラキラした仮面をかぶって「自分は100%幸せでこの仕事に誇りを持っています」という顔をしなくちゃならない。そういうプレッシャーに押しつぶされそうになっている人も、たくさんいるんじゃないか、と。

 私は無意識に、かっこよくて美しくてオーラがある人たちを、追い詰めているのではないか。「憧れ」や「推し」という言葉を暴力的に使ってしまっているのではないか──。

 

 幸せを、他人に代行させちゃならないんだと、最近よく考えます。美しい人たちは、凡人の幸せの代行屋なわけじゃない。自分の幸せを形づくり、実現するのは自分だけであって、期待や夢を他人に託すのは傲慢でしかないのだと、気がつかなくちゃならない。

 

 きっとこの8年、彼女は私の心の拠り所であり続けてくれたのでしょう。私は彼女の深い部分を何も知らないし、外側を見ていただけです。悩みも苦しみもわからない。きらきらした部分だけを見せ続けてくれました。でも私はそれを彼女のすべてだと思い込んで、幸せでいてくれなきゃ困ると願い続けてきた。

 でもそういうまっさらで綺麗に見える願いこそが、彼女を……彼女のような人たちを不幸せにしてしまうこともあるのかもしれないと、最近は思うのです。

 

 

 このあいだ久しぶりに、あのバーがあった街を歩きました。

 メトロの何番出口から出るのがいちばん近いんだっけ。

 どのビルの何階だっけ。5階? 6階? それとも12階? たしか窓から、ちらりと東京タワーが見えていた気がする。

 

 そんな、ほとんど思い出せない記憶の断片をたどりながら、街を歩きました。

 彼女はいまでも、この街に来ることはあるのだろうか。

 行き交う人々の背中から目を背けながら、小さく祈ります。

 

 もしすれ違ったとしても、どうか気がつきませんように。

 

 

 


 
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