文章の教訓「当たり前のことを書かない」《川代ノート》
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:川代紗生(天狼院書店)
苦戦していた原稿があった。たしか5,000文字以上はあったかな。それなりのボリュームの記事で、丁寧に時間をかけて書いていたのだが、どうにもこうにも、ラストがうまくまとまらない。それでいったん、初稿を編集者さんに提出し、フィードバックをいただくことにした。
長い原稿に目をとおしてくださって、おもしろいですね、とまず一言。続けて、「ただ、」と口にした。あー、やっぱり、と私は思う。次にくる言葉は、
「最後のまとめなんですけど」。
うん。ですよね。
やはり彼も私と同じところに違和感を抱いていたようだった。ただ、私自身はずっとこの原稿に没入し続けているためか、もう何がよくて何が悪いんだかよくわからない。とりあえず「まずい」ということははっきりしているのだが、何十回も何百回も味見して塩やら醤油やらみりんやら入れすぎたせいで、そのまずい原因が特定できないでいたのだ。
だから、ドキドキしながら、彼の言葉を待った。
沈黙が続いた。しばらく原稿を読み直したあと、彼は口を開いた。
「なんというか、言いたいことはわかるんですけど、当たり前すぎる、というか」
「当たり前すぎる……ですか」
「うん。ここに書いてある結論。とてもよくわかるんだけど、『うん、そうだよね』という感想しか出てこなくて。それがとてももったいないと思うんです」
その言葉に、グサッとやられた。いや、何、まったく悪い意味ではない。めちゃくちゃいい意味でグサッとやられたのだ。辻村深月の小説を読んで主人公の台詞にノックアウトされたときのような清々しさがあった。「よくぞ言ってくれました!」みたいな、そんな感じ。
そう、彼は、私がそれまで抱いていたモヤモヤを見事に言語化してくれたのだ。
そのとき私が原稿の締めくくりとして書いていたのは、「人と人は、互いに尊重し合うことが大切だ」みたいな、そんな感じのことだったと思う(コロナ禍より前のことだから具体的には思い出せないのだが)。
で、出てきた編集者さんの言葉が、「『うん、そうだよね』という感想しか出てこない」。 いや、そうだよな。そうなんだよ、そうなんですよ。その瞬間、何がいけなかったのかようやっと理解することができた。「人と人は、互いに尊重し合うことが大切」って、もうあまりにも当たり前すぎて、読者にとって何ら刺激がないのである。「で?」みたいな。「で、私はここから何を受け取ればいいの?」「10分もかけて最後まで読んできましたけど、この10分かけた対価として、私はどんな価値をここからいただいたらいいんでしょうか?」みたいな。その編集者さんはものすごく優しい方だったので、とっても柔らかい言葉で伝えてくださったのだが、オブラートを剥ぎ取るとつまり、こういうことなんである。いやー、本当に勉強になりました。ありがたすぎて、彼に五体投地したくなってしまったくらいだった。
で、フィードバックをいただき修正を加え、その原稿は無事に完成したが、その後もこの出来事は私の胸の中に教訓として深くぶっ刺さり続けることとなった。
「当たり前のことを言わない」。
そう、私はあのとき強く強く痛感したのだ。
ああ、「そりゃそうだろ」としか言えない文章では、読者も何を受け取ればいいのかわからないんだな、と。
やっぱり読者は自分の持っている貴重な時間を費やすわけだから、「今までの自分になかったような視点がほしい」「未知の情報を得たい」と思って記事を開く。つまり、何かしら「新しい体験」をしたくて文章の扉を開く。もちろん、すでに暗記するほど何十回も繰り返し読んでいるのに、それでも「あの体験をもう一度」みたいにまた読み返したくなるライナスの毛布的な文章もある。ただ、それも初読時にはとんでもない刺激や発見があったはずなのだ。何回読んでもいい、というのは別の言い方をすれば何回読んでも退屈じゃない、ということなのだ。
だから、最後まで読んだとき読者に「面白かった」「いいものを読んだ」と言ってもらいたければ、そして自分自身でも「いいものを書いたなあ」としみじみ実感したければ、「当たり前」「言うまでもない」「そりゃそうだろ」のパーセンテージを減らすしかない。「よくぞ言ってくれた」と読者の頭のなかで「!」が浮かぶような言葉を入れていくしかない。
じゃあ「!」を増やすにはどうしたらいいんじゃい、というと、身も蓋もない言い方になるけれど、やっぱり書き手である自分自身の感動量を高める努力をし続けるしかないんだよなあ。これがまた難しいところではあるんだけど。
結局のところ、自分がさして感動してもいないのに読者に感動を伝えるなど、到底無理な話なのだ。
それなのに、私たちは自分を感動させる努力を怠って、適当に取り繕った、そのへんでたまたま見つけたような言葉や価値観をひっぱってきて置きに行こうとしてしまう。
自分と深く深く向き合い、新たな発見をするには時間がかかる。体力もいる。精神をごりっごりに削らなくてはならないときもある。頭を酷使しすぎてへろへろになって、脳みそのシワというシワが全部なくなってつるつるした石ころみたいになっちゃうんじゃないかと心配になるくらい疲労困憊するときもある。
でも、SNSを開けば、どうだ。世の中には手軽にインプットできる他人の考えや言葉に溢れている。そうそう、私もまったく同じことを考えていたんだよと思いながらそのツイートにいいねして、脳みその引き出しにしまっておく。しばらく時間が経つと、まるでゼロからそのアイデアを生み出したような気になっている。けれどじつのところ、他人がエネルギーを費やして言語化してくれたものをトレースしているだけなのだ。
そう考えてみると、書いていて「!」がない、発見がない、「そりゃそうだろ」ということしか思いつけない状況に陥ってしまっているのは、イコール、他人の言葉や考えのトレースをしているだけの人生になっているということかもしれないね。うーむ、なんだか恐ろしい。寒気がしてきました。
でも、だからこそ、私は書く。自分がいかにずるくて、怠惰で、適当で、受け身な人間か、痛感するために私は書く。自分で自分の体にタトゥーを掘るみたいに、痛みを感じながら私は書く。そうしないことには、私はきっとすべてのものごとを素通りしながら生き、そして、素通りしてきた数多くのものたちを後悔することすらないまま死んでいくだろうと思うからだ。
苦しいけれど(マジでめちゃくちゃ苦しくて発狂したくなることもあるけど笑)、そうやって書き続けることによって少しずつ、少しずつ「!」の数は増えていく。日常のなかから感動を見つけるのもうまくなっていく。
不思議なものだ。はじめは文章を書くのがうまくなりたい、読者に面白がってもらえる文章を書きたいと思って練習をはじめたのに、気がつけば、いちばん面白がらせてもらえているのは自分自身なのだ。
苦しいけど、楽しい。苦しいから、楽しい。
ドMみたいに聞こえるかもしれないけれど、これが事実だ。
そういう「書くこと」の不安定な面白さを、楽しさを、これからもライティング・ゼミやライターズ倶楽部で少しでも届けていけたらいいなあ、と思っている。
❏プロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)
ライター。 天狼院書店スタッフ。ライティング・ゼミ講師。東京都生まれ・早稲田大学卒。WEB記事「親にまったく反抗したことのない私が、22歳で反抗期になって学んだこと」(累計35万PV)等、2014年からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。レシピを考案したカフェメニュー「元彼が好きだったバターチキンカレー」がヒットし、天狼院書店の看板メニューに。メニュー告知用に書いた記事がバズを起こし、2021年2月、テレビ朝日『激レアさんを連れてきた。』に取り上げられた。天狼院書店で働く傍ら、ライターとしても活動中。
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