チーム天狼院

女子力が高すぎる私の彼氏を紹介します《川代ノート・「リリーのすべて」感想》


ピクルス

 

非常にまずいことになった。
だめだ。もうだめだ。
もうこれ以上彼のことを普通に見られないかもしれない。

ちらり、と「きれいな映画だったねー」とニコニコしながら言っている彼の顔を見る。

まずい、似ている。
たしかに、似ているのだ。どこかがほんのりと、そっくりではないけど、確実に。
なんだろう、少しそばかすがある肌の感じも、鼻の下が短いところも、頼りなさげな唇の形も、少し細めの眉毛も。

エディ・レッドメインに、似ているのだ!!!!

いや、さすがに自分の恋人がハリウッドの超人気スターにそっくりとは言わない。恋人としてのフィルターがかかっているからかっこいいなと思うことはある。うん。でもハリウッド俳優並みにかっこいいと言う気はないのだ、まったく。
けれどなんだか私は急速に怖くなってきてしまって、思わず母親に映画のリンクを貼り付けて、「この俳優似てない!?」とラインをしてしまった。

映画館を出る道すがら、少し顔をあげて、彼の顔を見る。

「ん? どうしたの?」といつもみたいに穏やかな顔で私に話しかけた。

「はあ……」とため息をつく私。どうしたの? 彼は不思議そうに首をかしげる。やめて、今その仕草やめて、マジで。
なんだか、見れば見るほど、似ているような気がしてきた。

「わかった! 骨格と具の配置が似てるんだ」と思いついて、私は言った。

「いや、具ってなんだよ」

「具は具だよ。顔の具」

「具じゃないでしょ顔のパーツでしょ?」

またそれか。心外である。私は、普通の人は目とか鼻とか口とか耳のことを「顔のパーツ」と呼ぶのだと最近になってようやく知った。それまでずっと我が家では「顔の具」と呼んでいたのだ。今更になってパーツとか言われても困る。

「いやいやいや具でしょ」

「具ってなんだよ。味噌汁かよ」と彼は笑いながら言った。

「いやいや『味噌汁かよ』ってツッコミこそなんだよ」

笑いの沸点が異様に低い彼は、それを聞いて腹を抱えて笑い始めた。

うーん。
まずいことになった。
なんだか笑い方まで似ている気がする。はあ、どうしよう。

 

日曜日の夜、彼と「リリーのすべて」を見てきた。

「リリーのすべて」を見たいと思ったのは、渋谷駅構内にある大きな壁面広告に、あまりに秀逸なコピーが書かれていたからだった。

夫が女性として生きたいと願った時、妻はすべてを受け入れた。

事実、「リリーのすべて」の内容はそのコピー一つが映画全体を表していると言っても過言ではない。エディ・レッドメイン扮する夫が、パーティでふざけて女装をしたことをきっかけに、自分の中には女性の人格(=リリー)がいるのかもしれないと思い始めてしまう。途中、さまざま葛藤はするものの、アリシア・ヴィキャンデル演じる妻が広大な愛で受け入れていく過程を描いたもので、妻と夫の葛藤を見るにつけ、私はもう涙が止まらなかった。

この映画の端から端まで、すべてが繊細に作られていて、私はぶっちゃけ撮影方法とか詳しいことは全然わからないのだけれど、その細やかな感情の動きがびしびしと伝わってきてしまって、ものすごく感情移入してしまったのである。

だから、もう映画館を出た後の私は、アリシア・ヴィキャンデルそのもので、完全に女になりたがる夫を受け入れる妻になりきっていて、内心「あのときああしていれば夫は……」とか、「ああこれから私はどうしていけばいいのかしら……」とか、「リリー……これでよかったのよね……」とか、そんな風に余韻に浸り、自分がアリシアになった妄想にまとわりつかれていたのである。

そこに「すごい映画だったね」と現れたのが、私の恋人であった。

私は突然アリシアだった自分から現実に戻り、ハッとした。

いや、エディに似てんなよお前!!!

まずい。
これはまずい。
もうなんかエディにしか見えない。というかリリーにしか見えない。勝手にリリーがかぶっていた赤毛のかつらをかぶっている彼の姿を妄想してしまう。

一抹の不安が私を襲った。

もし、もしだけど……。
この人が、「女になりたい」って言ってきたら、どうしよう?

いや、お前それは妄想過多にもほどがあるわと突っ込みを受けそうだが、違うのである。私がそう思ってしまうのにも根拠はあるのだ。

私の恋人について、紹介しよう。面倒なので仮にエディと呼ぶ。
私の一つ年上で、大学の頃、とあるイベントで出会った。就職の関係で今は遠距離恋愛をしている。
優しくて、穏やかで、のんびりしていて、しっかり者で、よく笑う。本当に私にはもったいないくらいの人だ。
なんだよ、ただの自慢かよと思われるかもしれない。はい。自慢です。素敵な彼氏がいていいでしょと思っています。

それはさておき、まあ、それだけの完璧な彼氏で済めば何のネタにもならないのだが、エディがネタになる点が、一つある。彼のこの部分について、私はしばらく前から頭を悩ませている。

もう、女子力が、ものすごいのである。

なんていうか、すごいとかいうレベルじゃない。たぶん丸の内で商社のOLやってる子より女子力が高い。マジで。

たとえば、彼は、保存食が大好きだ。
なんと貴重な休日に、朝5時から活動を開始して、パプリカだのきゅうりだのオリーブだのをおしゃれな透明のガラス瓶につめて、よくわからないなんちゃらビネガーと一緒につけて、「ピクルス作った^^」などと言って私に写真を送ってくるのである。しかもめちゃくちゃお洒落に加工された写真を。ときには英語のおしゃれなロゴを入れた写真を送ってくることさえある。彼のインスタグラムはトイカメラ風に加工されたカフェやらパスタやら夜景やらの写真だらけだ。

この前なんかは、引越ししたばかりの私の家に、これまたおしゃれなガラス瓶に入った塩レモンを持ってきてくれた。
私は塩レモンが大好物なので大喜びしたのだが、いや、よく考えたらこれを作る男子って……とふと現実に戻ってしまった。

で、まあそれだけならただのオシャレ男子で済むかもしれないが、エディがすごいのはそれだけではない。

付き合いたての頃、ドライブに行った帰り、ロマンチストなエディが差し出した紙袋の中には、かわいらしいピアスが入っていた。

コットンパールに、ネイビーのリボンがくくりつけられた、ゆらゆらと揺れるピアスである。

「わあ、ありがとう。かわいいねぇ。どこで買ったの?」と私が聞くと、

「いや、自分で作った」と何でもなさそうに言った。

えええー!! と本気でびっくりしたのだが、彼はその後も、バッグとか、Tシャツとか、いろいろなものを自分で作っている。

「私の彼氏ってもしかしてめちゃくちゃ女子力高いんじゃ」と心配になって、友人に話すと「えー!!! 何それ!? そんな男の子見たことない!!」と言われたので、おそらくその読みは間違いないのだろう。

もう付き合って二年以上になるが、エディの女子力は、衰えることを知らない。

どんなときでもきれいな服を着ているし、柔軟剤も高いものを使っている。だからかはわからないけれど、いつも思春期の女の子みたいにいい匂いがする。コロコロにも並々ならぬこだわりがあり、前にも「このメーカーのコロコロは粘着力があんまりなんだよな……」とかブツブツ言っていた。ズボンに少しでも糸がついているのが気にくわないらしい。大雑把な私とは正反対だ。私があまりにずぼらなので、よくシンクの磨き方とか風呂の洗い方とかにもアドバイスをいただく。

そこまで考えて、ハッと思いつく。

あ、そういえば前にふざけて洋服の交換をしたことがあったじゃないか。

私のブラウスとスカートを、エディはギチギチになって着ていた。
カメラロールをめくり、あの頃の写真を見た。手を腰にそえ、筋肉質な脚をクロスしている。心なしか顔は恍惚とした表情を浮かべているような……。

焦って横を見ると、ああ。やっぱりエディに似ているじゃないか! リリーみたいじゃないか! あの壁面広告のリリーの写真と角度が同じだ。彼の顔がダブって、もはやリリーなのか彼なのかわからなくなってきた。

なんということだ。
もしかしたら、映画の中でリリーがある一瞬を境に、女としての自分に目覚めてしまったように、彼もまた、この「リリーのすべて」をきっかけとして、女として生きる自分に気がついてしまったのではないか?

恐ろしくて、手が震えた。彼が女になって、「あたしもうあなたとは一緒にいられないわ」と言ってきたらどうしよう。ぶるぶるとリアルに振動が全身をかけめぐる。もう、どうしてくれるんだ。「リリーのすべて」の没入感がすごすぎて、すばらしすぎて、私はこんな目に会わなきゃならなくなった。完成度が高すぎる映画というのも考えものである。思わずガシッと彼の手を握る。
「妻はすべてを受け入れた。」なんて、いや、いやいやいやいや、さすがにあかんって。無理やって。

もし自分を愛してくれなくなったら。
もし本当の自分は、私を好きにはなれないと言い出したら。
そうしたら、どうすればいいんだろう。

不安で、また涙が出そうになった。

 

「何? どうしたの?」

私が突然ぎゅっと手を握ったからか、彼は不思議そうにこちらを見ていた。

「いや、あの……大丈夫だよね?」

「は?」

きょとんとしているエディ。それもそうだろう。

「だから、女になりたくないよね?」

突然何を言っているんだこいつ、という顔をしていた。でも心配なのだ。あまりに女子力が高いから、おしゃれなものが好きだから、もしかしたら……。

「いや、今のところはね」

「今のところは!?」

やめてくれ。マジでやめてくれ。冗談でもやめてくれ。

「いやあ、大丈夫だと思うよ。たぶん」

「たぶん!!?」

頼む。頼むからそこは確信を持って大丈夫だと言ってくれ。

「なんかさ、前私の服着たことあったじゃん。あのとき目覚めなかったの?」

「いや目覚めてないよ別に」

「でもさー女の子の服見るの好きとか言ってたじゃん」

そうなのだ。彼は平気で私の買い物に付き合う。
ときには下着売り場にもなんともなさそうな涼しい顔で入っていく。そして「これかわいいじゃん」とか「いや、この色は肌がきれいに見えないからどうの」とか、アドバイスをくれたり、コーディネートをしてくれる時もある。

「いや、たしかに女の子の服かわいいけど、自分が着たいとは思わないよ」

「本当に言ってる?」

「ほんとほんと」

そ、そうか。あーよかった。
まだ油断はできないが、とりあえずはほっとした。
怖かったー。

 

しかし、あれだな、と心のなかでつぶやく。

アリシアになりきっていたものの、私はやっぱり当分一人の人間のすべてを受け入れるなんてことはできそうにない。だって自分自身を受け入れることすらできていないのに、どうやって生まれも育ちも違う他人のことを受け入れられるというのか。
結局私は私を女として好きでいてくれるからエディが好きなのであって、自分のことを受け入れてくれる可能性がなければもうだめなのかもしれない。もちろんLGBTとか、同性愛とか、トランスジェンダーとか、そういうのを差別したり忌み嫌ったりするつもりはまったくないけど、自分ごととして考えるとやっぱりだめだ。
「無償の愛」というやつなのだろうか、そんなものを持てるようになるにはまだまだ相当な時間がかかりそうだ。

たとえばよくある話だと、相手が他に好きな人ができたら、潔く身を引くのが本当の愛情だとか、本当に相手のことを思うなら相手の幸せを願うべきだとか言うのをよく聞く。

本当にそんな風にこの人のことを思えるようになる日が来るのだろうか。
彼がそれで幸せになるなら、と彼を手放してもいいと思える日が来るのだろうか。
自分のもとにいなくてもいいと、自分を愛してくれなくてもいいと、それでも、どんな彼でも全てを受け入れると思えるようになる日が……。

「さあああああきちゃん!!!!」

バカみたいにふざけて私の名前を呼ぶエディを見る。

いや、無理だ。到底無理だ。おそらく私は彼が「女になりたい」と言っても、絶対に受け入れることはできないだろう。

エディといるときのぬるま湯みたいな安心感と、多幸感を、私は手放す気は今のところさらさらないのだ。

 

はあ、自分はまだまだ未熟だな、と改めて思い知る。

私はやっぱり自分のことを大切にしてくれる人を必要としているのだ。自分を受け入れてくれて、自分のこういうところが好きだと言ってくれて、存在意義をたしかめさせてくれる人を必要としているのだ。私は。

でも彼は?

彼はちゃんと、自分は愛されるべき存在だと、実感できている?

私は、彼にちゃんと愛情を注げているのだろうか。自分ばっかり受け入れてほしいと思いながら、私自身は彼のことを受け入れられていないんじゃないだろうか。

わからない。

 

悶々としながらも家に帰ると、彼が「あ、そういえば」と思いついたように言った。

「俺、途中でパン買ってきたんだった」

そう言って取り出したパンは、フランスのベーカリーとかで売ってそうなレーズンがたっぷり入っている、これまたおしゃれなパンだった。

「すごい。おいしそうだね」と私が言うと、「うん。来る途中でおいしそうだったから思わず買っちゃった」とニコニコする。

主婦かいな、と私は思ったけれど、そこで唐突に、じんわりと小さく、心臓が揺れた。体の中の水分が、ゆるり、ゆるりと心地よく波を立てているような、そんな温かい感覚。

ああ、そうか。
彼氏の女子力が高いところが嫌だ嫌だと友達の中でネタにしておきながら、私はこの人のこういうところがすごく好きなんだ。

ぶっちゃけて言うが、私はもともとは男らしいタイプが好きだ。
仕事大好きで、照れ屋で、ぶっきらぼうで、闇を抱えてて、みたいな。中学の頃はフルーツバスケットの夾くんが大好きだった。高校の頃はラブコンの大谷が大好きだった。ドSで、俺様で、でも優しいみたいなタイプには一瞬で恋に落ちた。

今だから言えるのだけれど、だから、はじめにエディの女子力が高いと知った時は、「えっ」と思った。
「彼氏の女子力がすごすぎるんだけど」とネタにして笑えるようになったのは、実は結構最近の話なのである。

硬いレーズンパンを一生懸命切ろうとして、「うーん、やっぱりパン切り包丁じゃないとだめだね」と言っているエディを見た。
二年前の付き合いたての頃だったら、もしかしたら「レーズンパンなんてしゃれおつなもん買ってきてんじゃねーよハゲ」とでも思っていたのかもしれない。

でも、今は。

「おいしいね」とニコニコしながらレーズンパンに生ベーコンを乗せて頬張る彼を、とても愛おしいと思う。

洗濯をするたびにいちいち全部の服をネットに入れたり、水周りの掃除の仕方にこだわりがあったり、自分の部屋の壁を自分でペンキで塗っちゃったり、おしゃれなレシピを考案したことを逐一自慢してきたり、かすみ草を買ってきて「これかわいいからドライフラワーにしようかな」とか言っていたりする彼のことを、ひどく、愛おしいと思う。

女子力が高くて、ロマンチックで夢見がちで、自分のことが大好きなナルシストの彼が、なんだかすごく、可愛く思える。
そんな彼のことを、手放そうと思えるわけがない。

なんだ、私はちゃんと彼のことが好きなんだ。
アリシアみたいに、「無償の愛」の領域には、まだまだ到達できなさそうだけれど。

絶対に彼を失いたくないと、ひどく恐怖に打ち震えるくらいには、彼のことが好きなんだ。

あー、よかった。マジで。

ホッとして、彼の顔を見ると、別にエディ・レッドメインになんか全然似ていないような気がしてきた。

ふとスマホを見ると、母親からラインの返信が来ている。

「動画で見たら、似てるのかもね笑」

あ、ですよね。

 

 

そういうわけで、女子力が高すぎる私の彼氏を紹介します。
おしゃれで、料理好きで、綺麗なものが大好きなシティボーイです。
普段はすましてしっかり者ぶってますが、中身はダジャレとか大好きなやつです。
あ、あと私の妄想の中の産物ではないです。たぶん。

どうぞ、よろしくお願いします。

 

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2016-04-06 | Posted in チーム天狼院, 川代ノート, 記事

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