チーム天狼院

普段そんなことしないくせに小説を書こうとすると急にしゃれたことを書こうとしてしまう病について《川代ノート》


 
 
私は今、小説を書いている。
天狼院には小説家養成ゼミというゼミがある。ここには大量の猛者たちが集まっており、切磋琢磨しあいながら小説を書いているのだ。
ほとんどの人が、素人である。過去に小説を書いていたり、文学賞に応募したりしてきたという人もいるが、ほとんどはただ「小説を書きたい」という思いだけ抱えてやってきた素人たちだ。それでも、ゼミの先生やゲスト登壇する作家さんの話を聞いて、どんどん上達していく。変わっていく。いいものになっていく。
正直に言うと、はじめのうち私はこの小説家養成ゼミの存在が怖かった。あんまり参加する気になれなかった。私は私でこつこつ小説を書いて、最初に書いた小説を編集者さんに出し、そして、「これは素晴らしい傑作だ!」と才能を認められて急速にデビューが決まる、という美しい流れを信じていた。だからどこかで「小説家ゼミに入らなくても私は」と驕っていたのだ。でも今ならよくわかる。たのむ。過去の私よ、気がついてくれ。目を覚ましてくれ。それは間違いだ。勘違いだ。お前に「突然書き出した小説が自分の意思とは関係なくするする進み、気がついたら(了)という文字を打ち終えていた」なんて奇跡は起こらない。起こりえないのだ。「キャラクターが勝手に動いてたんですよね(笑)」なんて文芸誌のインタビューに答える日なんて一生来ないぞ。お前は自分は天才であるという可能性にしがみつきすぎだ。認めろ。現実を認めてきちんと努力して文章を書け。
今ならわかる。早めにやっておけばよかったのだ。早めにスタートするに越したことはなかったのだ。でも私は結局、デビュー間近だと言われる人が出てくるまで動かずに、自分の手元だけでなんとなく「それっぽい」小説を書いていた。しかし、いよいよ小説家養成ゼミからも作家が誕生するだろうという段階になったとき、私は焦った。どうしよう。どうやら私に突然の「神のお告げ」的なものがふりかかってはこなさそうだった。だから、私は諦めて小説家養成ゼミで学んだことを生かして真面目に小説を書こうと思った。
 
ただ、問題があった。とても大きな問題だ。そして私は今もその問題に苦しめられている。もはや病と言ってもいいくらいである。本当に苦しい。薬があるならください。本当にそれくらい悩ましい、私を破壊の方向へと誘う難病なのだ。
それは、なぜか、小説を書こうとすると、普段自分が言わないような言葉を書いてしまうということである。冷静に考えれば、別にこんな会話しねーよ! というようななぞにしゃれた会話や、心の中で別に考えないような描写を、小説だとさせてしまうのだ。「きれいな女の人」ですむところが「いつかどこかの展示会で見たフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』を思い出した。あの青いターバンを巻いた少女のように、妖艶さと清廉さ、母性と少女性を持ち合わせた美しさがあった」になってしまうのである。どうしてだ。なんでシンプルに書けないんだ。別に書いているその真最中は、おしゃれにしたいつもりはないはずなのだが、どうしても、書いていると、そういう方向に文章が飛んで行ってしまうのである。そして私は書くたびに「あああまたやっちまった!!!」と後悔するはめになるのである。
 
たとえば、こんな会話だ。

マリははりきって、花柄の品のいいエプロンを身につけ、勢い良く卵をボウルに叩きつけた。卵は見事にぐちゃっと割れ、殻が粉々になった。
僕がマリの方を見ると、マリは首をすくめて言った。
「ほら、私サブリナ目指してるから。卵われないのも、わざとなの」
「あぁ、ヘップバーンの?」
「そうよ」
「僕としてはアン王女の方が可愛らしく思えるけれど」
「あなたの好みは聞いてないわ」

みたいな!!!
なんかこう、なんっか、こう、わかります? わかりますよね? 小説書いている人ならわかってくれますよねこの感覚? なんか映画ネタ出したいみたいな。オードリーくらいならいっちゃう? みたいな。なんかそういうノリで気づくとおしゃれっぽい会話を持ち出してしまうのだ。ああもうやめたい。この指よ止まれ!!! と言いたいところだが、どうしてもこういう「雰囲気だけおしゃれ表現」をやめることができない。リアルじゃこんな会話全然しないのに。
そうなのだ。別に私はこんな映画のキャラクターを持ち出した気の利いたウィットに富んだ会話なんぞしない。卵割ったところで「いやー卵割っちゃったよハッハッハ」くらいのものである。だいたい「あぁ、ヘップバーンの?」などとさりげなく映画に詳しい人間だからこそできるっぽい返しをしてくる男友達もいない。だいたいこの会話を書いたのは私がたまたま「麗しのサブリナ」を観た直後だからであって、咄嗟に出てくるような自然な言葉ではないのだ。そもそも卵を割った段階で「サブリナ目指してる」などという言葉がすぐに出てくるはずはない。「卵が割れる」という一つの会話から映画の話になど発展しないはずである。
 
現実なら
 
「やばいやばいやばい卵割っちゃったんだけど」
「えっマジで? まだ残ってる?」
「まだあるまだある。大丈夫」
「おーよかったー」
「うわー白身めっちゃ手についたんだけど最悪」
 
程度で終わる会話である。なのにどうしてそこまでおしゃれにしようとしてしまうのか。謎だ。自分の思考回路が謎である。でもなぜか、「小説を書こう」と思うと肩に力が入ってしまうのだ。そうすると、意味のないオシャレな会話や読書をよくする者同士でないとできない会話などを入れたくなってしまう。「形のいい唇が弧を描く」とか「新緑がもえる桜の木がゆれるのと同じように、そよそよと彼女の長い栗色の髪もゆれた」とか、なんか別にあったからといってダメなわけじゃないんだけどなんかそれでもなんとなくかゆっ! かっゆ! みたいな、そういう表現を入れたくなってしまうのである。中身がないのに雰囲気だけ小川洋子さんの世界観トレースしたいみたいな。自分に向いてないとはわかっているのに書いてしまうのはどうしてなんだろう。本当は知っているのだ。自分にはそういう雰囲気おしゃれ表現が似合わないということを。そしてあとから読み返したら絶対に百発百中「かゆい」と思うであろうこともわかっているのだ。
なのになぜかこうして、なんというか、こういうクソおしゃれ会話を書きたくなってきてしまうのである。わからない。理由は不明だ。どうしてだかはわからない。でも「小説」という概念にこだわりすぎているのかなんなのかはわからないが、とにかくちょっとしゃれている会話をさせようとしてしまうのである。
 
あとはなんか

「ねえ、本気で誰かが死ねばいいのにって思ったこと、ある?」とマリが海を見つめたまま、つぶやくように言った。
僕は面食らう。しばらく二人の間には、波の音だけがひびく。マリは僕の存在なんかに気が付いていないように、ただひたすらに海を見つめている。
「うん、あるよ」
マリが僕の答えを欲していたのかはわからないけれど、しばらくの沈黙のあと、僕は静かに答えた。
「そっか」
「マリは? マリは、あるのか?」
マリはそこではじめて僕をふりかえってじっと僕の目を見つめた。相変わらず、透き通っていてきれいな、ガラス玉みたいな目だ。
僕はマリの瞳を見ているうちになんだか異常なほど喉がかわいてきて、ぐいっと一気に残りのビールを飲み干した。

みたいな!!!!!
 
ってかマリ何者なんだよ。情緒不安定か。いきなり知的アピールしてきたり意味深なこと聞いてきたりマリ現実にいたら絶対変な奴だと思われるだろ。ってかまず海。なぜに海。そしてなぜにビール。もうとりあえず「海」と「ビール」出しておけばそれっぽくなるだろっていう浅い考えが透けて見えすぎというか、いかにも村上春樹好きっぷりが出過ぎというか……。
 
いやー、なんでこういうのを書いてしまうんだろう。わからない。自分のことがわからない。別に本当に書きたいのはこういうことじゃないのだ。本当のところは違う。違うんだ……。
ああ、でもだめだ。書いてしまう。書こうとしてしまう。私の指は、まるで鍵盤を打つピアニストの指のようにするすると流れていく。指が止まらない。爪がキーボードに当たってカチカチと小さな音を出す。苦しい、と私は思う。なんでこんな風に、自分の意思とは関係のない方向に行ってしまうのだろう。
空を見上げる。月が異常なほど黄色く、私のことを睨みつける猫の目玉みたいに見える。
 
辛いな、私は。どうしてこうも、不安定で、ぎこちなくて。ああ、人間って、バカみたい。笑っちゃうくらい、バカ。
 
そう呟きながら、私は目の前の彼の顔を見ながら、きれいな青いカクテルの入った芸術的なほど美しいグラスを傾ける。
 
「ふん、ブルームーンか」と彼は余裕のある笑みを見せながら言った。私もそれに合わせて軽く笑う。
 
「カクテル言葉は……『できない相談』、だっけ? つまり君は今日、僕と寝る気分じゃないってこと?」
 
いい男だと思う。長い付き合いの男。それほど深い関係というわけじゃないけれど、私が寂しいときにはある程度の優しさをくれる男。要するにバランスがいいのだ。
 
「悪いわね、今日書かなければならない原稿があるのよ」
 
けれど今日はやらなければならないことがある。私は小説を完成させなければならない運命にあるのだ。
 
「相変わらずつれないなあ、マリは。ならーーーー」
 
別に私に断られたくらい、どうってことないのだろう。みんなが欲しがるような男だ。私がダメなら次の女のところに行く、それだけ。
 
「ならーーーー僕は、アプリコットフィズを」
 
私はハッとした。
アプリコットフィズーーーーカクテル言葉は、「振り向いてください」、だったかしら。
 
「諦めの悪い男(ひと)ね」
 
そうくすりと笑う。
こんな夜も、悪くないと、マリは思った。

 

 

……いやいやだから、マリって誰だよ! 何者なんだよ!
はあ、もうだめだ。疲れた。無理。なんなんだ私の手は。全自動クソおしゃれ会話製造機か? もう自分のことが嫌になる。何をやってもマリが出てくる。文章書いてたはずなのに急に場所がバーに移動してるし。お前文章書きたいのか酒のみたいのかどっちなんだよ! 情緒不安定か! はっきりしろよマリ!
……うん、そうだな。わかった。
 
ひとまず私は、頭のなかのマリを追い出すことから。
そして、小説家養成ゼミで先生に徹底的に叩きのめされるところから、まずは、はじめてみることにしよう。
 
***
 
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2016-12-11 | Posted in チーム天狼院, 川代ノート, 記事

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