チーム天狼院

ジェットコースターのすすめ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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川田麻由(チーム天狼院)
 
「オクトーバーフェスト……?」
 
仲間内のLINEグループに投稿された水原くん(仮名)のメッセージを見たのは朝の電車のビロードのソファの上で、眠い中仕事に向かうときのことだった。今日これいくよー、と投稿されたHPのリンクには「オクトーバーフェスト」の文字があり、ああ、あの、日本でいつでもやっているという噂の、あれね、と朝の弱い頭でぼんやり考えた。ビールはあまり飲まないので、ビール、ビールか……でも夜ご飯はソーセージか、ソーセージならいいか、と寝ぼけてゆるゆるの思考回路で夜の予定を決定する。
 
オクトーバーフェスト、という言葉を知ったのは今年の夏のことで、飲み会は好きだけれどお酒は特に好きでもないからわからなかったのだが、9月〜10月にドイツのミュンヘンで行われている、ビールがたくさん飲めるお祭りのことらしい。日本でも度々開催されていて、オクトーバーと謳いながらほぼ毎月全国のどこかで行われているというから、カジュアルに海外文化取り入れるなあ、と思いつつ、実際自分が行くことになるとは思ってもみなかった。基本的に、ご飯の誘いは断らない程度には日々美味しいものを食べたがっている。場所は横浜だから、ビールはそこそこに、みんなで餃子を食べに行ってもいいな、と打算を働かせながら夜を待つことにした。水原くんの誘いは、いつも突然だ。
 
仲間内で全力120%と呼ばれている水原くんは、毎日がパワフルだ。みんなで参加していたマラソン大会に徹夜で仕事をした後やってきて、ハーフマラソン20kmを完走したり、時間があったからといって汐留から北千住付近まで3時間歩いて帰るなど、若いから、という言葉だけでは説明できない120%体力の持ち主である。私の常識とはかけ離れた行動をするので、一緒にいると非常に面白い。
 
以前にも、こんなことがあった。
 
その日はエビを食べに行くからと誘われ、朝早いよとだけ聞かされていた。朝早い、朝早い、というだけでいつまでたっても正確な時間がわからない。
 
「つまり何時なの」
「朝6時半」
 
それは前日の夜に言うことなのか??? 出かけること自体は以前から決まっていたので予定は空けていたのだけれども、さすがにその時間になるとは思ってもみなかったため、急いで支度をすませて寝なくてはならなかった。あまりにも唐突で心構えがなかったので、早めに確認しなかった私も悪いけれど、翌朝はもちろん眠い。それでもレンタカーで4時間かけて向かった海辺の桜エビの天ぷらはサクサクの絶品で、春の海がエメラルドグリーンに澄んで綺麗だった。
 
もともと私は学生の頃から色々な人の誘いは断らない方だった。そしてどういうわけか日曜日に遊びに行こうよ、と言われるよりも、今からどこかに行こうよ! と言われる方が好きなので、突然の誘いのほうが性に合っているとも言える。
 
横浜に着く時間がまちまちだったので、先発組は近くの小さな遊園地で暇をつぶすことになった。ジェットコースターに乗ろうと言ってチケット売り場に並ぶと、ただいま20分待ちですとアナウンスされる。集合時間までちょうどいい時間つぶしだ。
 
「これは怖いやつではない?」
 
ジェットコースターは好きだけれども、年季などを気にして不安になる質なので、微妙に怖い気持ちを抑えきれずも、到着したコースターに搭乗する。乗ってしまったのでもう降りることはできない。勢いでここまできてしまったなあ、と坂道を登り始めたコースターにドキドキするけど、落ちてしまえば、あとは楽しいだけだ。
 
「みんな暇だな、朝言ったのに、6人中5人も集まるなんて」
 
イルミネーションの映える夜の赤レンガ倉庫で、誘ったのはお前だろ、と誰かが水原くんに突っ込みを入れつつも、私たちの出席率はよかった。赤レンガ倉庫は人で溢れて混み合って、小雨が肌に触れるから、屋根のある席は少しも隙間がない。
 
「しかし混んでますね、何人ぐらいいるのかな」
「3000人くらいはいそうじゃない?」
 
学校全体で800人として、3学校くらいは集まってそう、確かに〜、などなど人の多さに驚きながら、ドイツビールで酔っ払った人ごみをかき分け、美味しそうなものを物色する。郷に入っては郷に従えということで、私もビールを頼むことにした。銘柄なんてわからないから、なんとなく雰囲気の良さそうなお店で一番人気のものを頼む。乾杯して口に含んだそのビールは、しゅわしゅわでみずみずしく、すっきりとあまくて、私の知っているものとは全く違って非常に美味しい。
 
最近は断ることも覚えるようになったけれども、突然の誘いはやっぱりいい。
 
水原くんに出会って、最近、再確認している。ジェットコースターみたいだ。どんなものかよくわからなくても、悩むよりもやってみた方が面白い。勢いに乗って楽しめばいいのだ。
 
「次はカニ行きたいね」
 
カニもいいねー、と適当に話しながら、私たちは横浜を後にする。帰り道、遊園地の明かりがきらきらと輝いていた。秋の海風が心地よい。今度は私もみんなをジェットコースターに乗せてみよう。とびきり楽しい、ジェットコースターに。
 
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