チーム天狼院

見えない宿題


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:鈴木萌里(チーム天狼院)
 
 
「今日から皆さんに新しい宿題を出します」
これはもうだいぶ前の話。
私が小学校1年生のとき、担任の先生が黒板に何やら不思議な文句を書き始めた。
「見えないしゅくだい」
小学校特有の、漢字&平仮名まじりの呪文みたいな文字。
その、聞きなれない言葉に、クラスメイト全員がはてな顔になっていたことだろう。
「見えないしゅくだいってなんですかー!」
同じクラスの男の子が無邪気にそう聞くと、先生は柔らかく微笑んで言った。
「今日から皆さん、毎日お家の人に『ありがとう』を言いましょう」
「えー!」っと、教室中で小学生ならではの元気などよめきが起こる。
「ちゃんと毎日言うんですよ。恥ずかしいかもしれないけれど頑張って」
まるで母親みたいに、いつも優しく褒めてくれたりしかってくれたりするその先生は、にこにこと楽しそうに私たちにそう言い残した。「見えない宿題」についての説明もそれっきりだった。
 
 
さて、世にも珍しい宿題が出たところで、実際に実行した人はどれぐらいいるのだろうか。
両親に毎日「ありがとう」を言う、というこの宿題は、何せ誰もちゃんと宿題をやったかどうか、確認できるものではない。漢字練習や計算問題みたくノートを提出するわけでもないのだ。
だからもちろん、クラスメイトの半分もその課題をやらなかったのだろう。
私も多分に漏れず、「見えない宿題」なんて恥ずかしいしやらなくてもバレないじゃん、と思って取り組まなかった。最初は。
 
 
けれど、宿題が出て数ヶ月経ったある日のこと、先生が「昨日の懇談会で」と話しを切り出したところで、私の考えは変わった。
「佐藤さんのお母さんから、佐藤さんが毎日『見えない宿題』をやってくれていると聞きました。佐藤さん、偉いわね」
先生が、クラスメイトの一人である佐藤さんに向かってそう褒めたのだ。
それを聞いた私は、「自分も負けてられない」と謎の闘志を燃やし、「見えない宿題」を実行することにした。
 
とはいえ、両親に「ありがとう」と毎日言うなんて始めは本当に恥ずかしくて照れくさかったため、代わりに手紙を書くことにした。
『おとうさん、おかあさん。いつもありがとう』
そんな簡単なメッセージを書いた紙を、夜にリビングのテーブルの上に置いて眠った。
 
次の日、両親はきちんとその手紙を見てくれて、反対に「ありがとうね」と私に言ってくれたのだ。
両親からしたら、娘が突然わけもなく感謝してくるのだから、さぞ驚いたことだろう。しかし、彼らはあえて私にその理由を聞くことはしなかった。その代わり、私は次の日もまた次の日も、この「見えない宿題」を実行した。両親への慣れない「ありがとう」は、むずがゆいことこの上なかったかれど、いつしか手紙ではなく、直接「今日もありがとう」と言えるようになっていた。
 
小学校4年生ぐらいまで、私はその「見えない宿題」を続けた。もちろん担任の先生は変わっていたし、宿題をやる必要は全くなかったのだけれど、なぜかやめられなかったのだ。
 
しかし、やがて思春期が訪れるとさすがに両親に毎日「ありがとう」と言うのが嫌になって。
 
いつの間にか宿題を忘れてしまっていた。
 
 
そんな些細な出来事を、あれから10年以上も経った今思い出したのには理由がある。私は来春から社会人になる。入社予定の会社は、実家から遠く離れた場所にあるため、もうあまり実家に帰ることもなくなるだろう。今も大学生活は一人暮らしをしていて、ただでさえ両親に会う機会は少なくなった。
一年の間に数回帰省して両親に会うときも、もともと口数の多い家族じゃないせいか、たいした話はしない。話をしなくても落ち着けるのが実家のいいところだし、皆そんなもんだろうと、私も両親も特に気にしてないわけだ。
 
だけど不思議なことに、帰省の期間が終わり、また下宿先に帰ってから母と何度もLINEをする。「(私が暮らしている)京都のどこどこのお店がテレビに出ていた」とか、「この前新しくメガネを買ってウキウキしている」とか、本当にどうでもいいことを永遠にやりとりする。
そんなに話すことがあるなら、直接会ったときにもっと話せばいいのに。
 
たぶん、母も同じことを思ってるんだろう。でもなぜか、そうはいかないのだ。親子はお互いに面と向かったとたん、「いつでも話せるし、わざわざ今話さなくても」と余計な見栄が発動するためかもしれない。
 
だけどそんな「いつでも」がいつ失われてしまうか分からない。
本当はもっと、「ごめんね」を言いたい瞬間、「ありがとう」を言いたい瞬間、「お母さんのご飯がおいしい」と言いたい瞬間が、いくつもあるのに。
ふと。
もし明日、私や両親にナニカが起こって、大事なことを言う機会がなくなってしまったらと、怖くなる。そのとき私は後悔してしまうかも、とも。
 
だから次に両親に会った時、もう一度言ってみようと思う。十年前よりきっと、ずうっと恥ずかしいに違いないけれど。「ありがとう」以上に素敵なあいさつを、私は知らない。
 
22歳になった私の、「見えない宿題」だ。
***

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