上から目線の人間に訪れる「星空ごときに簡単に感動したくない」問題について《川代ノート》
「あっ、流れ星!」
隣にいたスタッフのななみが、突然大声を上げた。
えっ、どこどこ、と言って、みんなが空を見つめて探す。私も一生懸命流れ星を見つけようとするけれど、ひゅんと流れる光の線はどこにもない。
私は、これまでに一度もこの目で流れ星を見たことがなかった。
私もこの目で流れ星を見たい。見てみたい。何かお願い事をしてみたい。そう思ってずっと夜空の星を数える。
真っ黒い空に何百、何千という光が散りばめられていて、私は生暖かい地面に寝っ転がってその光を見つめていた。
なんか、大学生の頃よりよっぽど青春みたいなことしてるな、とふとぼんやりと思う。
少し顔を上げて、ちらりと周りを見ると、私以外にも何人もの人が、まっすぐに空を見上げて、「これだ」という星を見つけようと、夢中になっていた。
仰向けになって空を見ている人、三脚を使って綺麗な星空写真を撮ろうとしている人、一生懸命、北斗七星や夏の大三角形を探している人。いろいろな人がいる。老若男女、さまざまな人たちが集まって、それぞれがそれぞれに、星空に夢中になっている。
その光景を見て、ただ、面白いなあ、と私は思っていた。
ついさっきまで他人だったんだよな、この人たち。
なのに星空というものに惹きつけられて、子供みたいに、それのことばっかり考えているのはみんな同じ。大人なのになあ。
天狼院の宿泊行事、「旅部」には、さまざまな人が集まっている。
小説を書きたい人、文章力を高めたい人、写真を撮りたい人……それぞれ、表現の手段は違っても、「何かを作りたい」という思いは同じだった。
私はいちスタッフとして参加しているのだけれど、結局は、参加者の一人として、つまり、「何かを表現したい人」「何かを生み出したい人」の一人として、この旅に参加していた。
男も女も、年齢も関係なく、みんなこの一泊二日の旅に集まった。それぞれがそれぞれ、思い思いに時をすごし、やりたいことをやる。そういう旅。
バーベキューをしてはしゃいだり、富士山をバスの中から見つけて大はしゃぎしたり、みんなで酒を飲みながら語り合ったり、星空を見て、さそり座のアンタレスを探したりした。
夜になって、バーベキューでおいしい肉をたらふく食べたあと、誰かが嬉しそうに言う声が聞こえた。
「今この瞬間が、星が最高に綺麗に見える瞬間らしい!」
今を逃したらチャンスないよ、なんて、そんなことを言われたら、断る術がない。
旅部に参加している人たちは全員、星空を見に、真っ暗な夜の道を、星が一番きれいに見えるスポットまで歩いた。
ただ、一つ正直に言うと、私は別に星空というものに惹かれたことは、それほどなかった。
星空に全く興味がないわけではないし、見れば純粋に「ああ、綺麗だなあ」と思うけれど、それでも、ずっと見ていられるほど価値のあるもの、という認識がそれほどなかったのだ。私にとっては星空は、ただ一回見れば満足するものであって、わざわざ「見に行こう!」と気合を入れていくほどのものかどうか、よくわからなかったのだ。
けれど、大勢の不特定多数の人と一緒に星空を見る機会もそうそうない。
結局みんなと一緒に星空を見に、真っ暗な山の道を歩く。
星空がよく見え、かつ、綺麗に写真を撮れるスポットにたどり着くと、たしかに、視界いっぱいに小さな光の粒が見えた。
ああ、どうして私はこんなに視力が弱いんだろうと思う。全部を鮮明に見ることができればきっと感動も違うだろうに、視力が弱いばかりにぼんやりとしか光をとらえることができない。もっと度数の強いコンタクトをつけてくればよかったと後悔した。
一面に広がる星空に、みんなが感嘆の声を上げる。
わあ、とかすごい、とかそういう言葉が聞こえてくる。そして、カメラを持っている人は三脚を取り出して意気揚々と設置を始める。
なんか、昔ってこういうの、すごい冷めた目で見てたな、と急に思い出した。
大学生の頃だったと思うけれど、星空を見てはしゃいだり、イベントをやったりすることに、すごく嫌悪感を抱いていた。そもそも集団行動も苦手だし、みんなで星空なんか見てキャーキャー言うとか何、みたいに思っていた。
よくわからないけれど、おそらく一定の人には「綺麗な景色ごときに簡単に感動したくない」みたいな時期が訪れて、すべてのものを斜め上から見てしまうようになるのだと思う。私もその一人だった。
ちょっと聞いただけのアーティストを「最高。音楽って人を変える」なんて簡単に語ろうとする同級生のことは本気でバカだと思っていたし、聞いてもいないくせにすぐ「おすすめの映画」を言ってきて、こっちが少しでも興味を示そうものならすかさず、斬新な切り口がどうの、監督の意図がどうの、メタファーがどうのと評論家ぶって語るやつのことも、本気で嫌いだった。
まあとにかく、「すぐに感動したとか言うやつ=薄っぺらい」、という方程式が私の頭の中では出来上がっていて、だから、自分も簡単に感動したくなかったのだ。どんなことに対しても。
だから、「綺麗な景色を見て感動する」という行為がひどく平凡なもののように思えてきてしまって、薄っぺらいやつの考え方のように思えてしまって、だから私は感動しないように心がけてきたし、「星空見て超感動した!」なんてことをSNSに書いたりするのも嫌だった。
大学生の頃は、なんだか、自分が何か特別な価値観を持っていて、特別な感受性を持つ人間だと思いたかったから、あえてみんなが好きなものを「好き」だと言わないようにしていたというか、まあ、簡単に言えばとても、天邪鬼だったのだ。
そんな時期のことを思い出しながら、ぼおっと、満点の星空を見上げていたときだった。
それは、一瞬だった。
まるで誰かが、真っ黒い紙に白くて細いボールペンにひゅっと線を描いたように、一筋の光が私の視界の右端を流れていった。
「あっ、今来た!!!」
気がついたら、そう口にして、隣にいたななみの手をつよくぎゅっと握っていた。
「見れた!! 見れた見れた!! 流れ星!!!」
みんなが口々にそう声をあげる。
興奮して、私も「見れた見れた」と何度も声を上げてしまう。さらに強く、ななみの手を握る。
見れた。
見れたのだ。
一瞬だったけれど、本当に、流れ星はあった。
「流れ星」というだけあって、本当に流れるんだ、なんて思いながら、また次の流れ星を見つけようと、夜空を見つめる。
そして、そう思っているのは私だけではないようだった。
きっとこの場にいる人全員が、私と同じように、ただ流れ星を待っているのだとわかった。
あー、なんか、よかったな、と、ふと安心する。
ホッとしたような気持ちになる。ああよかった、と少し自信が持てるような気もしてきた。
きっと私は、流れ星を見て純粋に「すごい!!」と興奮できる自分になることができて、よかった、と安心したのだと思う。
目の前に訪れるすばらしいものを、純粋に、まっすぐにすばらしいと言える。
固定観念を持って、うがった目で見ることなく、ちゃんと今自分に与えられているもの、今自分の目の前にあるものに対して、ありがたいと思える。
そういう素直さを、持てるようになったのかもしれない。
素直になって、目の前のものごとを見つめられるようになったのかもしれない。大学生の頃よりかは。
別に、目に見えて変わったわけではない。
誰かに「こういうところ成長したよね」と言ってもらえるわけでもない。
でも、私は、自分のことを理解している。
素直に星空を見られて良かったと、みんなで一緒に来られてよかったと、そう素直に、純粋に思えるようになったことを、私はきちんと理解している。
なんだかもう、それでいいと思った。
誰かに気付かれることがなくても、私自身がわかってさえいれば、もうそれでいいと思った。
ああ、でももしかしたら、と少し、ロマンチックなことを考えてみたりもする。
もしかしたら、私が今あるものに純粋に感動できるようになったからこそ、流れ星は、私の目の前を流れていってくれたのかもしれない。
だから、だから、もしかしたら。
流れ星だけは、私のちょっとした、些細な、くだらない変化を、きちんと見ていてくれたのかもしれない。
なんて、そんなことを、「流れ星って彗星のゴミって本当?」と、まったくロマンチックじゃないことを聞いている誰かの声を聞いて、くすりと笑いながら、思った。
***
この記事は、2016年7月30日、31日に行われた「天狼院旅部」のレポート記事です。次回の旅部は、9月開催予定です。
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