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不登校児だった私が、クラスで一番の問題児と話したら


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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香月 祐美(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
それは夕方、塾で仕事をしているときでした。
手元に置いていたスマホが震え、画面を開くと中学生の男子からメッセージでした。
 
区陸の練習で遅れたり行けなかったりすると思います
 
メッセージの後には、何かのキャラクターが
ほんとうにごめんなさい
と土下座するスタンプがついていました。
 
区陸……ああ、区内の中学生が出る陸上競技大会のことか。
去年も練習に出てたなぁ。あれからちょうど一年が経ったんだっけ。
 
練習頑張ってね!
返信を打ちながら、一年前の彼のことを思い出しました。
 
彼は、小学生のころから運動会でリレー戦に選ばれるような、スポーツができるタイプの子。
しかも去年、中学生になったとたん、身長が10センチ以上も伸びたので、彼が塾に来るたび私は
「あれ? なんか、またでかくなってない!?」
と毎回のように驚いていました。
 
クラスの子たちと写っている写真を見ても、彼だけ頭一つ分くらい大きいのです。
「クラスで一番でかいんだよね」
小学生のころは私より小さかったのに、いともあっさり抜いてしまった彼は、まだ子どもらしい笑顔で言いました。
 
そんな彼の様子が不穏に満ちてきたのは、今からちょうど1年前でした。
 
塾に来ない。
これまで無断で休むことなんてなかったのに。
 
ピピピピピ
夜、彼が塾に来ていれば、本来帰るくらいの時間に、塾の電話が鳴りました。彼のお母さんからでした。
仕事から家に帰ってきて、塾に行っていないことを知り電話をくれた様でした。
今日、区陸の練習で行くことが出来なかったと。
 
その後、続いて出たお母さんの言葉に、私は驚きました。
最近よく、学校からの生活指導で、放課後に居残りをさせられていると。
「何があったんですか?」
思わず私が聞くと、
友達とケンカをしてケガをさせてしまったり、学校の全員必須の課題を提出しなかったり、先生に呼び出されることが多いんです、と。
 
今まで塾でそんなそぶりなどなかったので、私は言葉が出ませんでした。
何より、私が見てきた彼のイメージと、あまりにもかけ離れすぎていました。
 
あれは、塾で行っている課外授業で、農業体験をしたときのことでした。
体験というよりも、本気で農家さんのお仕事を手伝うものでした。自分たちで協力しながら、仕事をやりきる必要がありました。
ひとり一人作業の内容を細かく命令されず、自発的に取組む時、良くも悪くも性格が出るものだと思います。
 
ビニールハウスの中で苗を植え、ツルが巻き付くための大きな支柱を刺す仕事がありました。支柱は子どもの背丈よりも余裕で大きく、重たいものでした。それだけでなく、ハウスの入口に置いてある支柱を、一番奥の作業場まで運んでこなければなりません。ハウスの中の土は乾いていて、歩くだけで土ぼこりが舞います。
彼以外、みんな女の子だったというのもあったかもしれません。誰に言われるでもなく、重い支柱を長いビニールハウスの端から端まで、土にまみれながら何往復も歩いて取りに行ったのは、彼でした。
苗植えも、植える子が取りやすい位置に、さりげなく並べている彼を見ていると、私の隣にいた塾のオーナーが、
「彼、すごく気がつくいい子なんだね」
私が思っていたのと同じことを言いました。
 
久しぶりに塾にやってきた彼は、なんだか疲れていました。
「どうしたの?」
声をかけると
「放課後に生活指導で呼び出されることが多くて、親にスマホを没収された」
どうやら、またケンカをしたのと服装の乱れで、放課後指導をされていたようでした。
 
今日の課題を机に並べながら、
「国語の先生が見た目マジキモいんだよね」
「担任が嫌いだから社会も嫌い。授業中、ノート全然取ってなかったら、無理矢理書かせてくるし。目の前にずっといるから仕方なくその場では書いたけど、後で全部消したし」
 
彼、どうしてこうなったんだろう……。
「見た目がキモいのはさ、しょうがないじゃん?」
「え、授業中、ノートとってないの!?」
と相づちを挟みながら彼の話を聞いていました。
 
「国語とか社会勉強したくない」
と言う彼に
「……いいんじゃない? 勉強なんてしなくて」
私の口から、そんな言葉が出ていました。
 
「え!? 塾の先生がそんなこと言っていいの?」
面白いおもちゃを見つけて目を輝かせる園児の様な顔で、彼は言いました。
 
「私だって高校生の時、英語の担任が嫌いで学校行ってなかったし。勉強しなくても大人になれるよ? 嫌ならしなければいいじゃん」
「へー! 今度学校の先生に言ってみよ」
 
そんな彼の様子を見て、彼の周りには
勉強しなくていいよ
なんて言う大人が一人もいないんだろうなぁ、ということが驚きでした。
 
後日、彼が学校で本当に「塾の先生が、勉強しなくていいって言ったし」と言い、先生の逆鱗にふれ「その塾はどこだ!」と怒鳴られ、正直にこの塾の名前を言った、と聞いた時には、内心ヒヤヒヤしましたが……。
 
塾も相変わらず休んだり来たり。
休んだ日は、彼のお母さんから電話がきて学校での様子を教えてもらいました。
体が大きいのもあって悪い意味で目立ってしまい、先生がクラスで一番手を焼いていると。
 
塾に来ても、なかなか勉強に手につかずマンガを読んでいたり。
私は、
「早くやりなさい」
とは言いませんでした。
周りからもう散々「ちゃんと勉強しなさい」と言われていると思ったからです。
それは、私が不登校になった高校時代、両親が私にしていたことと同じでした。
両親は、高校に行かない私を無理矢理行かせることをせず、否定もせず、待っていました。
 
勉強が手につかないとき、彼と話すと必ず「親とケンカした」「学校で怒られた」と言う日だと気がつきました。
クラスで一番の問題児と言われている彼も、周りの大人が嫌でどうしようもない、というだけではないのだと思いました。
 
いつまでマンガを読むかなと見ていたら、いつの間にか課題をやって帰っていきます。そんなところは、やっぱり私が知っている真面目な良い子でした。
 
「今日は、学校で先生に消しゴム投げつけた」
と言う彼に、
「どうして私にはしないの?」
と聞くと
「いや、なんかそんなんじゃないし……」
とうつむく彼に私は聞きました。
「何かさ、好きなこととか、やってみたいこととかないの?」
うつむき続ける横顔に向かって言いました。
「私はさ、ただ勉強しなさいって言って押さえつけたくないんだよ。ちゃんと話がしたい。でも、言ってくれないと何も分からないよ」
 
「……サッカーが好きだから、ヨーロッパとか行ってみたい」
ぽつりと言う彼。
「いいねぇ。行けるよこれから。数年後とか余裕で行けるよ」
そう言いながら、学べそうな高校の名前をいくつか言いました。
 
「大人はみんな敵で、勉強も嫌なものでしかないよね。塾も辞めたいってなったら私は止められない。でもさ、君が卒業するまで側にいたいと思ってるよ」
「俺が卒業するまで側にいたいって思ってるの?」
なんだか告白みたいだと思いながら、頷きました。
 
それから少しずつ、休むときは自分で連絡をくれたり、塾に来る日が増えてきました。
「こんなに課題あるの!?」と言われる時があっても、「(将来やってみたいことのために)今やった方がいいんじゃない?」とだけ。やらされる勉強から自分のための勉強に、意識が変わった彼は来年受験生。自分のために新しい道を切り開いてくれるでしょう。
 
 
 
 
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2019-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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