『4年に一度じゃない。一生に一度だ』~ラグビーワールドカップキャッチコピー、恐るべし。
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記事:奈良梓(ライティング・ゼミ特講)
『4年に一度じゃない。一生に一度だ。- ONCE IN A LIFETIME-』
街角のポスターやテレビのCMで見たことがあるかもしれない。
今開催されているラグビーワールドカップ2019日本大会の公式キャッチコピーだ。
第9回大会となる今回のラグビーワールドカップは、日本ではもちろんのこと、アジアで、そしてラグビー伝統国以外での初めての開催となった。
4年ごとに開催され、オリンピック、サッカーワールドカップに次いで、世界三大スポーツイベントのひとつと言われているが、残念ながら日本におけるラグビーは、まだ一部のコアなファンに愛されるスポーツという感が否めない。
さらに、大会は5か国×4プールがプール内で総当たりする予選と、予選の結果、各プールの上位2か国で行われる決勝トーナメントで構成されるが、日本代表は決勝トーナメントに進出したこともなかったのだ。
“「初めて」という経験は二度とやってこない「一生に一度」の経験です。ぜひスタジアムで、その熱狂と興奮を味わいましょう。”
キャッチコピーの発表とともに、公式フェイスブックページに掲載された文章だ。
伝統も実績もない日本。さらにラグビー人気もない日本。
そんな国でワールドカップが開催されることになったのだ。
スタジアムに人は来てくれるのか、心配になるのは当然である。
そこで打ち出されたこのコピーはとてもインパクトがあり、大きな反響を呼んだ。
しかし、にわかファンよりはラグビーに親しんでいた私だが、街角でキャッチコピーの書かれたポスターを見るたび、それはちょっと言い過ぎじゃないの、と感じていた。
私はラグビーをこよなく愛する父の洗脳のもとで育った。
秋冬のラグビーシーズン中の週末はいつもラグビー場に連行されていた。
はじめはラグビー場のゲート前で買ってもらえるあったかい焼き芋が楽しみでついていっているだけだったが、気づけば大学時代には地元の女子ラグビーチームで自分もプレーしていた。
でも就職して実家を出てしまってから約20年。ラグビーとの接点はほぼなくなってしまっていた。
ワールドカップの開催を前にして、街中やテレビでラグビーの話題をみかけることは多くなり、久しぶりにラグビーを身近に感じることはとても嬉しかったが、「一生に一度だ」とまで高ぶるものはなかった。
まだ夏の暑さがじっとりと残る9月20日、ラグビーワールドカップは始まった。
実家の面々は大興奮していたが、それでも私はまだぼんやりしていた。
そんな私のスイッチが入ったのは、日本代表の試合観戦にスタジアムに到着した、ようやくその時だった。
その試合は日本の歴史的大勝利となり、『静岡の衝撃』と世界中で話題になった。
衝撃のまさに発信地にいた私は、体中の細胞がすべてラグビーボールになってしまったかのように、あちらこちらがぴょんぴょん飛び跳ねていた。
久しぶりに、ラグビー愛が一気に全開モードになった。
まさしく「一生に一度」レベルの興奮と感動だった。
キャッチコピー恐るべし、と感心した。
日本代表は伝統国から見ても驚くほど強く、快進撃を続けて予選プール1位で歴代初の決勝トーナメントに進出した。
その強さからは、開催国チームの背負うプレッシャーがいかに大きいか、そしてそれに打ち勝つための努力がどれほどのものであったかがびしびしと伝わってきて、胸が熱くなり、応援にはますます熱が入っていった。
しかし、伝統国の壁は厚く、日本代表は惜しくも準々決勝で敗退してしまった。
そして私はすっかり抜け殻のようになってしまった。
日本のいない準決勝が始まった。
日本代表の大活躍で沸き起こった空前のラグビーブームのおかげで、試合はゴールデンタイムの地上波で放送されていた。
このたびの私のラグビー愛は単なるミーハーだったようで、ワールドカップの数ある試合の中でも、本気で観ていたのは日本代表の試合だけだったが、
日本代表ロスになっていた私は、ぽっかりあいた穴をうめるべく他国の試合をソファーでぼんやり観始めた。
気が付いたらクッションを胸に抱えて、前のめりになっていた。
ひとつひとつのプレーに喜び、驚き、悔しがり、ガッツポーズまでしていた。
試合終了のホイッスルで選手たちが仲間と抱き合い、または膝をついて肩をだかれる姿をみて、涙が出た。
なんでこんなに熱くなるんだろう?
なんでこんなに感動するんだろう?
自分の奥深くで再び灯った種火をじっと見つめた。
ひとつの楕円形をしたボール。
それを胸にかかえて前へ走る。
相手のタックルを受けて倒れる。
仲間が集まる。
倒れながらも、奪おうとする相手から体を壁にしてボールを守る。
仲間はそのボールを受けて、また両手で胸の中に抱えて走る。
倒れていたものは立ち上がってまたボールを追う。
ボールは仲間の胸から胸へ繋がれる。
何人もの胸でボールを繋ぐ。
そして最後は向かってくる相手をかわしてゴールラインまで運ぶ。
途中で相手にボールが奪われてしまったら、奪い返そうと必死でボールを追いかける。
ラグビーの試合は80分間、その繰り返しだ。
そんな当たり前のシーンが種火を背景に流れていたが、突然、必死に胸にボールを抱えて走る姿が目の前でとまって、やっと気が付いた。
ラグビーは、生きることそのものなんだ。
ワールドカップという国を背負った戦いが、こんなにすごいものとは知らなかった。
その戦いの場、しかもたくさんの「初めて」を抱えて準備する開催国の努力は、こんなに覚悟を要するものとは知らなかった。
“「初めて」という経験は二度とやってこない「一生に一度」の経験”
は本当だった。
ラグビーに何度も吸い寄せられてしまう理由がようやくわかったのは、それが自分の核であったことに気付けたのは、このものすごい熱量の力だった。
キャッチコピー、疑ってごめん。本当にありがとう。
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