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映画で気づく心のインジケーター


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:sato(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「今、映画館でジブリが千円で見られるので、先日『千と千尋の神隠し』を観に行ってきました」
 
とある講座のワークで、受講生仲間の一人が語り始めた。 数人のグループに分かれ、ひとり一人、最近あった良い出来事を即興で3分間話すというワークである。
 
『千と千尋の神隠し』と言えば、私はエンディングの曲『いつでも何度でも』が好きで、以前受けたあるセッションで、自分が死ぬ時にかけて欲しい曲は何かと聞かれた時、うーん……あれかな、これかなと暫く考え込み、最終的にこれ! と答えた曲である。 正直、肝心の映画については、だいぶ前に観た記憶はあるものの、内容はあまりよく覚えていないのだが。
そんな事をぼんやり考えながら、彼女の話に耳を傾けた。
 
「色々なシーンの色々な所に心が動いて、ボロボロ泣きながら観ました」
 
話は続く。
 
どんなシーンがあったっけ、泣くほど心が動くシーンってどこだろう。
 
私は興味を引かれた。 特にジブリのファンというわけでも無いのに。
それにしても、数十人の受講生が居る中でその日たまたま近くの席に座って同じグループになり、今この話を聞いている。 これはもう観に行けということだろう。 ちょっと大げさに聞こえるかも知れないが、神様とか天の啓示とか、何か大きな力が私に『千と千尋』を見せたがっていると感じた。
 
数年前から、ふと心に浮かんだ事はそのまま素通りしないで、一旦掌の上に乗せて検討してみる、という事を意識して行っているせいかも知れない。
私は既に観に行く気満々になっていた。きっと今の私に必要な何かが得られるに違いない。 ほとんど確信に近かった。
そこに気を取られていたお陰で、そのワークで自分の番が回ってきた時、いったい何を話したのか全く覚えていない程である。
 
休憩時間になった瞬間、私は彼女をつかまえた。
 
「さっきのお話を聞いて、私も『千と千尋』観たくなりました。 どこの映画館ですか」
 
「どこのって、私が見たのは家の近くなんですけど、どこでもやっていますよ、いろんな所で」
 
質問してしまってから、もしとても遠い所でしか上映していなかったら無理かも……と弱気な考えが一瞬頭をかすめたが、どこでもやっていると聞き、いよいよ行かない理由が無くなった。
 
その翌週、私はいつも行くシネコンのシートにゆったりと身を任せていた。 そこでも上映していたのだった。
当日の朝、予めネットで予約を入れたところ、私が好きな出入り口から近い通路側の席が取れた上に、ポイントが貯まっていて鑑賞料が無料になった。 やはり呼ばれているとしか思えない。
 
いよいよ映画が始まった。 主人公である10歳の女の子・千尋が、引っ越しの途中で両親と共に異界に迷い込む。 両親は豚になってしまい、千尋は一人、湯屋で働くという展開に、そうそう、こんな話だったっけと思いながら、お気楽にスクリーンを眺めていた。
 
だが物語が進み、千尋を気遣って助けてくれている、千尋より少し年上の少年・ハクが、湯屋の外の植え込みの陰で、千尋におにぎりを差し出すシーンで思いがけず私の涙腺は決壊したのだ。 以前見た時には、全く記憶にすら残らなかったシーンなのに、なぜ。
 
ごはんを食べていなかった千尋を気遣い、お食べとおにぎりを差し出すハク。
食べたくないと断る千尋。
すると、ハクはこう言うのだ。
 
「千尋の元気が出るようにまじないをかけて作ったんだ。 お食べ」
このセリフが私の心を鷲掴みにした。
もう一度言うが、以前観た時には一切印象に残らなかったシーンだ。
 
嗚咽しながらおにぎりを頬張る千尋にハクは言う。
「辛かったろう、さあ、お食べ」
 
だめだ、鼻水まで出てくる。
 
千尋と一緒に嗚咽しながら、どうして今回このシーンがこんなに私の感情を揺さぶるのか、紐解いてみた。
 
まず、突然迷い込んでしまった見知らぬ世界で、見よう見真似で一人働きながら生きるのは、緊張で気が張り、心細く、辛かろう。
そんな中、ごはんを食べていないのを気遣ってくれ、しかも言葉だけでは無く実際におにぎりを作って持ってきてくれるという行動をしてくれる人が居る心強さ、頼もしさ。
 
それまで目の前の仕事をこなすのに精いっぱいで抑え込んでいた感情が一気に噴き出し、安心して泣く事が出来たのだ。
そして辛かったろうと感情によりそってもらい、感情が成仏したのだ。
 
だからこそ、食べ終わって元気が出た千尋は、一人で湯屋に戻って仕事を頑張ることが出来たのだ。
 
分かるなー、この気持ち。
私も千尋のように気遣ってもらいたい、言葉だけでなくて実際の行動でも。
 
私の心はそう望んでいた。 目先のやるべき事に追われてきたのだ、何年も。
人に何かしてあげる事に追われてきたのだ、何年も。
 
以前、このシーンに強い印象を持たなかったのは、まだ子供もおらず、社会的なお役目も少なく、自由がきく身だったからかも知れない。
その後、子どもが生まれ、育ててきた年月は、目の前の育児や家事や仕事に追われ、自分の感情を味わっている余裕など無かったのだ。
 
さしあたって、私は何がしたいのだろうか、と心に問うてみた。
誰かが私のために作ってくれたおにぎりが食べたい、と思った。元気がでるようにおまじないをかけたものが。
娘に頼んでみようと思った。
 
その日の夜、早速娘に頼んでみると、
 
「うん、いいよ。 洗わない手でウィルスやこの世の恨み辛みをぜーんぶ一緒に握ってあげるよ!」
 
と言って娘は笑った。
 
「そっかー、さすが中学生。 反抗期だっけね!」
 
本当に困った時はお願いしなくてもサッと協力してくれる頼もしさがあるけれど、そうでない時はおちょくって来る。
 
おにぎりでないとだめ? 味わいたい感情はなんだろう?
 
私は自問した。
 
そうでなくても、誰かが私のために作ってくれた物ならいい。 人に何かしてもらう心強さとか、支えられてる感じとか、ちょっと甘えるような気持ちとかを……感じたいのかな。
 
あ、そうだ! 近所のコーヒースタンドに行こう。 マスターが一人でやっている小さなコーヒースタンド。 そこで私のための一杯を入れてもらおう!
 
翌日、私は早速コーヒースタンドの扉を開け、カウンターでメニューを眺めながら、酸味が少なくてコクがあり、苦みと甘みが程良いのをと好みを伝えた。
 
それなら、このブラジルのなんちゃら(ちゃんと銘柄を言ってくれたのだが覚えられなかった)がお勧めですよ。
 
では、それでお願いします。
 
お湯を沸かすところから始まって、10分ほど。 良い香りがお店中に広がり、ハンドドリップで抽れられた私の為の一杯が目の前に出された。
 
わぁ、嬉しい。 頂きます。
 
カップを手に取ると暖かさが掌全体に伝わり、ホッとした気分になる。 目を瞑って胸いっぱい香りを吸い込むと幸せな気分で癒される。 口をつけて味わうと心満たされ、私はすっかり満足していた。
 
心ってリチウムイオン電池のようなもの。バッテリー残量僅かになって心細い思いを続けるよりも、マメに継ぎ足し充電をして満たしておいた方が安心で快適だ。
ただ、インジケーターがついていないので、自分で自分の心の動きに敏感にならないといけないし、今は何で充電すればいいか、つまり味わいたい感情は何か、何をすれば満たされるかを自問する必要がある。 周りにハクのような人が居ない限りにおいては。
 
そんなことに思いを馳せるために映画に呼ばれたのだな、きっと。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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