清潔感でうまくいく
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清潔感でうまくいく
記事:小森 文(ライティング・ゼミ日曜コース)
平日の朝だが、午前11時台を過ぎると山手線も空いてくる。時差通勤が推奨されるようになって、この時間の電車に乗るようになった。ハンカチで汗をおさえながらいつもの車両に乗ると、そこに美しい人がいた。
小柄な女性である。白いシャツが似合ったパンツスタイルで、整ったショートカットのグレイヘアの横顔にはパールのイヤリングが光っている。何歳くらいだろうか。60代、いや、70代かもしれない。
指には大ぶりのモダンなリング。小さめのレザートートバッグからラグジュアリーブランドのキーケースが顔をのぞかせていて、一見リッチな奥様風だ。でもPC用のブリーフケースも持っているから仕事を持って働いている人かもしれない。
窓の外の景色を眺めながら考え事をしているような彼女の姿が、映画のワンシーンのように私の心に残った。
ほどなくして私は下車し、会社に向かう道すがら考えた。どうして彼女があんなに美しく見えたのだろうと。
「おしゃれだったけど特に美人じゃなかった。第一、ずいぶん年もとってるし」
印象を点検してみて、はっと思い当たったのは……、彼女の全身から醸し出される「圧倒的な清潔感」だ。
心のなかに残った彼女のイメージを辿ってみる。真っ白なシャツは襟までピンとしていたし、ローヒールのパンプスもよく手入れされていた。老けた手だったけど、折り返したシャツの真っ白な袖口からすっと出た手首がセクシーだった。バッグもしっかりとして角まで艶やか。まるでオーダーメイドのようにサイズの合ったパンツも、プレスがきいていて彼女の脚をしゃきっとまっすぐに見せていた。化粧は薄めで、さすがに年齢は感じさせるものの、きれいな肌の持ち主だった。
人工的じゃなく、やりすぎている風でもなく。とにかくものすごく清潔な印象だったのだ。
あの清潔感が彼女を知的に品よく、美しく見せていた。
美しくあるために、知的に見せるために、大人に必要なのは清潔感の足し算なのかもしれない。
小学生の息子の顔を見ながら思う。白目が澄んでいて青味がかった感じだとか、額に落ちるさらさらの髪を。40代の私と息子の肌のツヤやみずみずしさを比較するまでもなく、清潔感って年齢とともに失われていくものなのだ。残酷だけど、そういうことだ。
この清潔感というものをセルフプロデュースという観点で見てみると、たとえば「相手のことを考えて装う」という考え方がある。タクシー運転手の白い手袋には清潔感を演出する目的もあるそうだ。ビジネスパーソン向けの装い指南的なコラムによると、「清潔感は相手への敬意の表現。装いは、相手への思いやりや敬意を持って考えることが重要」だとも。
モテを意識するとしても清潔感はマストだろう。たとえピカピカの若者であっても、不潔さを魅力に転じさせるには音楽なり文学なり頽廃なりアートなり、それ相応の背景が必要だろう。相手に与える印象という点から見ると、ある程度の年齢を超えると不潔感はもはや命取りだ。
心の持ちようから見ても、自分のことを「清潔な人」として扱うように心がけたり、清潔感を意識して振る舞ったりできたら、それだけでも所作や発言が美しくなりそうだ。
しかも清潔感は、平凡なルックスであっても、凡人であっても、思う存分足し算できるところがいい。例えば、サイズがぴったりあった新しいシャツを着てみる。パンツをきれいにプレスする。手元や髪型を整えておく。歯磨きだって重要だ。こんな風に文字通り体のパーツや身の回りを清潔に保つなんてことを軽く扱わずに積み重ねていけば、いつしかあの圧倒的な清潔感につながっていくんじゃないだろうか。
なんといってもどんどんクリーンになっていくわけだから、足しても盛っても嫌味にならない。そうだ。大人が自分に足していいのは清潔感だけだ。
山手線で出会ったあの年配の女性が、緻密にセルフプロデュースしてあの佇まいを獲得していたのか、本当に清潔かつ高潔な人物なのかどうかはわからない。しかしあの美しい印象を形作っていたのは、間違いなくあの清潔感だった。きっと見えない努力だって積み重ねているのだろう。でも、それも素敵なことのように思える。
男も女も、痩せたいだのきれいになりたいだの、モテたいだのあれこれ言うけれど。美容道に邁進して美魔女だと噂されるより、筋トレおじさんになって若返りを狙うより、清潔感を地道に正しく積み重ねていくとうまくいくんじゃないか。大人のセルフプロデュースは。
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