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「高校卒業」という「強制終了」


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:櫻井 謙二(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「また、残しとるぜ」
妻のいつものセリフだ。
怒っている様子ではない。笑みを浮かべている。
次男が弁当を全部食べていないのだ。
 
彼は彼女の言葉に対し、気にも留めない様子で「うん」と一言だけ答えた。
彼女に背を向け、少しだけ困ったような顔をしているのがわかる。
 
この春から、彼は高校に進学した。
自宅からはかなり離れた学校だ。
学校までは、電車の乗継時間がうまくかみ合わず、かなりの時間がかかる。
朝6時半には家を出て、7時前の電車に乗らなければいけない。
実際のところ何時に家を出ているのかはよく知らない。
 
したがって、彼女は弁当をつくるためにかなりの早起きを強いられているのだ。
といっても、私か彼女が、高校まで車で送ることはしばしばある。
しばしばより多いかもしれない。
 
「おい、弁当くらい、残さず食べて来いよ……」
ふたりの会話を聞いて思った。
「早起きの苦労を延々聞かされることになるのはごめんだ……」
と聞こえないふりをしていた。
ふたりの会話には参加しなかった。
 
彼は運動部所属ではあるが、あまり食事を多くとる方ではない。
食べるのは幼いころからとても遅かった。
嫌いなものがあるからではない。
ただ、「噛む」「飲み込む」という一連の作業が人よりも時間がかかったのだ。
 
それも今では、かなり早くなってきた。
でも時々、遅い時もある。
好きなものは早く、嫌いなものは遅い。
おいしいものは早く、そうでないものは遅い。といった感じだろうか。
(家では早くないこともある)
 
彼の好きな食べ物は知っているが、嫌いな食べ物は把握していない。
 
10年以上前、かれが幼稚園の頃の話だ。
遠足の弁当を残してきたことがあった。
「それ」は「ブロッコリー」だ。
 
「それ」を家族の誰が好きなのかはよくわからない。
幼稚園、小学校の遠足や運動会などのイベントでは、必ずと言っていいほど弁当に「それ」が入っていた。少なくとも、運動会では必ず入っていた。
運動会は、親子で弁当を食べる機会が多かったので憶えている。
 
だが、不思議と食卓ではあまり見かけることはなかった。
 
義母が運動会に持ってくる弁当にもそれはあった。
必ずあった。(彼女の両親は必ず見に来ていた)
もしかすると、あちらの家族の大好物なのかもしれない。
 
彼は「それ」をよく残してきた。
(父兄が参加しない)遠足の弁当には、きれいに2つ「それ」が残されていた。
「それ」らは、少し大きめにカットされていた。
 
「あれ、ぶろっこりーのこってるね、たべれなかったの」
彼女の優しい問いに
 
「ぶろっこり、おちた」
かれは、一言そう答えた。
 
「ちょっとおおきくて、とりにくかったね、ごめんね」
彼女はそう返した。
 
すぐに彼女の中で原因は特定された。
原因は大きさにある。と。
次から「それ」の大きさは半分になった。
半分になったが、数は倍の4つに増えた。
 
それでも、4つに増えた「それ」らは、また家に帰ってきた。
しかも、仲良く全員揃って帰ってきた。
「ぶろっこり、おちた」の説明付きで。
 
初期の原因追及が甘かったようだ。
彼女は、見直しの結果、原因は道具にある。と特定した。
当然、箸からフォーク付スプーンに変えても同じ結果がでた。
この時も、ぶろっこりは落ちていた。
 
2つの原因へのハイブリッド策がとられることはなかった。
 
そして、ようやく彼女は我が子の成長に気が付く。
彼は、かわいい「うそ」をつけるようになったのだ。
 
彼女は弁当箱に残された「それ」らを笑顔でほおばった。
ぶろっこりは落ちたが、汚れていないことはわかっていたからだ。
 
そして、かわいい「うそ」のフレーズは忘れられた。
かれの成長とともに。
 
弁当箱を洗いながら、背を向けて聞く彼に、こう続けた。
今度は、彼にしっかり聞かせるように。
「ブロッコリー、残っとっぜ、なんでけ」
少し、口調が強くなった。
 
すると彼はこう答えた。
「ブロッコリー、落ちた」と。
 
まさかの答えだった。10年ぶりに聞くフレーズだった。
 
私は、笑いをこらえるのに必死だった。
聞いていないふりをしていたからだ。
 
彼女は、笑っている雰囲気ではないのは分かった。
だが、怒っている感情も伝わってはこなかった。
ただ、あきれている様子なのは、見ないでも分かった。
 
私は、「小さく切ってやれば……」
心の中でそうつぶやいた。
 
さすがに、もう彼女が対策を打つことはないはずだ。
だが、かれの「かわいいうそ」のことは思い出しただろう。
 
私は「あいつ、ブロッコリーが嫌いなんやぞ……」
「早く気づいてやれよ……」
そう思ったが口には出さなかった。
要らぬ争いはしたくないからだ。
 
「嫌いやって言えよ……」
彼にはそう思った。
 
おそらく、「それ」は彼の弁当箱にこれからも登場することになるだろう。
彼女が気付かない限り。
 
彼も彼女に自分の思いを伝えることもないだろう。
 
もしかしたら、彼の嘘が成長するかもしれない。
だが、嘘の成長は「それ」の頻度と量の増加につながりかねない。
 
そして、きっと弁当箱をカラにする方法を思いつくはずだ。
だが、これは上手くやらなければならい。2次災害につながりかねないからだ。
彼の父親が中学生の時にやっていた牛乳を残さない方法のように。
 
私は、中学校で配られる牛乳を帰り道の用水に流していた時期がある。
当然、これは長くは続かなかった。水が激しく白く濁るからだ。
(近隣住民からの苦情により、私は先生からのきつい災害を受けた)
 
ブロッコリーは今後も彼の弁当の定番となり続けるのだろう。
ブロッコリーが残らない弁当箱対策を彼が見つけたとしても。
当分の間、いや、かなりの期間は続くだろう。
彼女が気付くか、彼が本当の理由を伝えるまでは。
 
もしかしたら「高校卒業」という「強制終了」まで続くかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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