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40歳になったので初彼に浮気されて振られた話をしよう


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記事:宮村柚衣(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
ちょうど、宇多田ヒカルの「traveling」(トラヴェリング)が流行りだした頃に私は初めての彼氏に振られた。理由は初彼の浮気だ。と言っても、私から愛想を尽かして別れを告げたのではない。
 
「コンパで出会った浮気相手の事が好きになったので別れて欲しい」と初彼に言われたのだ。外は寒かったし、今まで2人で過ごしていた一人暮らしの部屋にいるだけで悲しかった。街なかで、「traveling」が聞こえて来る度に泣いた。
 
初彼とは大学2年生の春先、京都で出会った。友人の紹介で出会った初彼は1つ年下で、チリチリパーマをかけた笑顔の可愛い男の子。スケードボードと車が好きで、よく2人で京都市内をドライブした。日頃は興味のないプレイステーションのスケボーゲームも、初彼と一緒にプレイすると楽しかった。
 
そして、あっと言う間に半同棲状態になり、お互いの一人暮らしの家を行き来する生活が始まった。
 
初彼のリクエストだけが並ぶ食卓。ギュッとくっつきながら眠る狭いベッド。洗面台には2人分の歯ブラシ。洗濯物も2人分。今思い返すと、おままごとみたいな恋愛だ。
 
しかしながら、奈良の片田舎で生まれ育ち、幼少期から肥満体型で恋愛に疎かった私にとって、初めて出来た彼氏との共同生活は想像を絶するほど楽しかった。手をつないで散歩するだけで心が満たされたし、テレビを見ながら一緒に笑っているだけで幸せだった。
 
「○○ちゃんね、すき焼きが食べた~い」と、2人でいるときだけ幼児言葉を使い甘える様は特に可愛く、何でもしてあげたくなった。できるなら、パンツも私が履かせてあげたいと思っていたのだから恋は盲目だ。
 
そんな恋愛絶頂期に、初彼のケイタイから「traveling」が鳴りはじめた。
 
当時、ケイタイの着メロ(着信音)を相手ごとに変えるのが主流だった。初彼からの着メロはBUMP OF CHICKENの「天体観測」、私からの着メロはaikoの「桜の時」というように、その人をイメージした着メロを設定する。
 
「traveling」が流行り始めた頃、初彼は「traveling」をとても気に入り、車でよく聞いていた。そんな「traveling」をケイタイの着メロにする人物がある時、いきなり現れたのだ。
 
「誰なん?」
「んー、友達」
「ふーん」
 
すぐに胸騒ぎがした。夜中に目が冷め、気が付くと、となりで寝ている初彼の携帯電話をそっと覗いていた。
 
「○○ちゃん(初彼)、おつかれ~! 今日のお弁当のおかずは何なん?」
「からあげやで」
「えー! いいなぁ! 私も食べたーい!」
 
そこには、浮気相手とのたわいもないやり取りがあった。私の横で嬉しそうに「traveling」に返事を打っていた初彼を思い出した。苦しくて、苦しくて、パジャマのまま外に飛び出した。
 
今、思うと恋愛ドラマでよくあるシチュエーションそのままの行動である。
恋愛ドラマでは彼氏が夜中に居なくなった彼女を追いかけていき、
「ご誤解だよ! ただの友達だから! 俺が好きなのはお前だけだよ。」
と、愛を囁き仲直りする。そして、今まで通りの日常生活を一緒に送るのだ。
 
しかし、初彼は追いかけて来なかった。それどころか、1時間ほど経って部屋に戻ると、初彼はものすごく面倒くさそうにタバコを吸っているだけだった。
 
たぶん、その時点で、もう私に気持ちはなかったのだろう。次の日に、別れを告げられた。「コンパで出会った浮気相手の事が好きになったので別れて欲しい」と。きっと予兆はあったのだろうが、「traveling」を聞くまで全く気づかなかった。
 
別れた後、苦しすぎて「浮気は許すから今まで通り付き合おう」と伝えた。「いや、○○(浮気相手)のこと好きやし。無理。」とアッサリ断られた。
 
一緒に暮らしていた私より、昨日、今日出会った女の子の事を好きだと断定する初彼。その言葉が、私は信じられなかった。
 
それでも、初彼が好きだった。そんな自分が嫌だった。
どうにかして初彼を嫌いになりたい! そう思った。
 
そこで、私は彼女(浮気相手)がいる初彼をセックスに誘ってみることにした。もし、きっぱりと誘いにのって来なければ本当に彼女(浮気相手)のことが好きなのだと諦めがつく。反対に、誘いにのってくるならば“ダメ男”確定。諦めがつく。
 
「えっ、どうして?」と、思うだろうが、その時はグッドアイデアだと思ったのだ。40歳の今なら、浮気されて振られた時点でDeleteボタンを押せる図太さを持っているが、当時の私には儀式が必要だった。
 
そして、大方の予想通り、結果は…… あっさりと“ダメ男”だった。
なんて不誠実な男だ! あんな最低な奴はいない! と、当時は怒り狂っていたように思う。
 
しかし、今、当時を思い返して出てくる初彼との思い出は、楽しかった思い出ばかりなのだ。一緒にドライブに行った先で助手席から降りる時に感じた、秋から冬に切り替わる瞬間の冷たい空気や手を繋いで歩いた神戸の中華街の街並み。もちろん、「traveling」の曲を聞いても、心は傷まない。
 
どうしてだろう?
 
そんな時、母の還暦祝の席で母に言われた事を思い出した。
「嫌なことは一生懸命働いて、歳取ったらみんな忘れる。忘れへんのは、“してもらったこと”だけや。受けた恩だけは、歳取っても絶対忘れへん。」
 
初彼に浮気されて振られたけれども、私は間違いなく初彼から何かを受け取っていたのだろう。だからこそ、浮気されて振られた時の負の感情はどんどん忘れていき、楽しかった2人の思い出だけが残っていくのだ。
 
今、私は初彼が何処で何をしているか知らない。知りたいとも思わない。ただ、私の人生で初めて私の事を「好き」と言ってくれた初彼には、幸せであって欲しい。40歳になった私は、「traveling」を聞くとそう思う。
 
 
 
 
***
 
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2021-05-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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