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便秘解消は、ありきたりな5文字から


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田辺なつほ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ごめんね」は、便秘と似ている。
 
出したいのに、出ない。出したいのに、出せない。
言わなければ、体の中に「言わなきゃ」という気持ちが少しずつ少しずつ溜まっていく。
時間が解決してくれるだろう、と放ってみても、言わなかったことが頭の片隅に居座る。
そうして、見事「ごめんね」便秘がここに誕生する。
 
この便秘の解消に何よりも必要なのは、勇気だ。
いかにして自分のプライドも、見栄も、そして怒りすらも抑え込んで4文字を口に出せるか。それにかかっている。
元も子もない。だけど、そんなことは自分が1番わかっている。
 
便秘解消にはヨーグルトが良い、というけれど、多分「ごめんね」便秘には効かない。
その代わり、「ありがとう」が効くのかもしれない、と私は思う。
 
2019年のある日の出来事がきっかけで、私はそのことに気がついた。
 
「お母さんは、なんでもっと頑張らないの?」
この日、私はいらいらしていた。だから、勢いそのまま言葉をぶん投げた。
 
2019年、私は大学4年生だった。就職活動も終わり、バイト三昧の毎日を過ごしていた。
卒業旅行のため、卒業式で着る袴のため、きたる新生活のため、お金を貯めていた。
 
その日は朝から不運だった。
バイトに行くため家を出て、改札の直前で、パスケースがないことに気づいた。
私はパスケースに、ICカードだけじゃなくて、個人情報を入れていた。
運転免許証、学生証、まさかの家の鍵もつけていた。しまった、ぶわっと冷や汗が出た。
とりあえず、来た道を戻る。この時点でバイトに遅刻することが決まった。
家まで戻ってきたのに、パスケースは見つからなかった。やばい、どうしよう。
焦った私は、駅の近くの交番に駆け込んだ。
幸いなことに「ああ、それならさっき届きましたよ」と無愛想な警察官に言われた。
無事、パスケースが手元に戻ってきてバイトに向かった。
 
だけども、不運は続く。遅刻したバイトでミスをした。
夜、レジ締めをしていると金額が合わない。それも、小銭レベルではない。4桁だ。
伝票を1から確認すると、私が書いた伝票でミスしていることがわかった。
まさか、どきっと心臓が鳴った。しかし、何度確認しても私のミスだった。
店長に報告、私はこっぴどく叱られた。
そりゃそうだ。お店の売上を大幅に減らしたんだから。
今日はそういう日なんだ。
落ち込んだまま、私は家に帰った。日付はとっくに変わっていた。
携帯を見ると、お母さんから着信がきていた。
 
「もしもし? どうしたの?」
「いや、実はね……」
始まったのは、お父さんの愚痴だった。溜まった愚痴を吐き出す電話だった。
あんなことして信じられない。もっとこうしてくれればいいのに。
そういうことを延々と聞かされた。
 
多分、普段だったらなんでもない。
それはひどい! お父さんしっかりしてよ! と私も笑えたかもしれない。
だけど、今日だけはそうはいかなかった。疲れていた。
お母さんの声に少しずついらいらしていた。
水がお湯に変わるようにふつふつふつふつと体が煮えていた。
 
そして、私はついに言った。言ってしまったのだ。
「あのさあ、そんなに愚痴ってなんになるの?
お父さんと話し合うとかさ、直接言うとかさ、なんで建設的に解決しないの?」
 
電話口の向こう、ひゅっと息を吸い込んで、お母さんが何か言いかけた。
お母さんが何か言おうとしてる、聞いてあげなきゃ、というか何言ってるんだ私。
頭ではわんわんとサイレンが鳴っていた。だけど、だめだった。
一度着火したロケット花火は燃え尽きるまで止まらない。
 
「お母さんは、なんでもっと頑張らないの?」
 
私は、言葉をぶん投げたのだ。それも、お母さんに向かって。
 
「……えっと……そ、そうだよね……ごめん」
次にひゅっと息を吸い込んだのは私だった。頭が真っ白になった。
今電話しているのは、お母さん、という事実が隕石のごとく落ちてきた。
「いや、ちが」
「もう、電話切るね。おやすみ。」
ティロリン、とライン電話が終了した。
落ちた隕石が、頭の中で弾けた。
あれ、私、何、言った?
思考停止になるぐらいには、困惑していた。
だけど、わかっていた。
 
私は、お母さんを、傷つけたんだ。
 
それから数日、私は謝る機会を探していた。どうにかして謝らなければ。
毎日、家族のために家事をして、夜勤で働いて、昼間にパートもしているお母さん。
お母さんが頑張ってない日なんてない。お母さんは毎日頑張っているのに。
私はそんなお母さんに「なんで頑張らないの?」と言ってしまったんだ。
「ごめんね」と言わなきゃ。その気持はどんどんどんどん心に溜まっていった。
 
お母さん、多分悲しんでるよ? と罪悪感が増えて、
頑張ってる人に頑張れって、ひどいやつ、と自分が詰ってきて
わざわざ掘り返してまで言うの? と言い訳した。
 
早く言わなきゃ、そう思えば思うほど、私は「ごめんね」便秘になった。
体が重かった。毎日、よし今日こそは言うぞ、と目が覚めて、
今日も言えなかった……と目を閉じた。
私には、勇気がなかった。お母さんに「ごめんね」と言う勇気がなかったのだ。
 
だけど、ある日、チャンスがやってくる。今日は、お母さんの誕生日だ。
家族のライングループで姉弟が「お母さん、おめでとう!」とお祝いしていた。
私は、言うなら今日しかない、と思った。
 
夜、バイトが終わって、お母さんに電話をかけた。
「お母さん、お誕生日おめでとう!」言うぞ、言うぞ。
「ありがとう~! わざわざ電話してくれるなんて嬉しい!」言うぞ、言うぞ。
「えっと…その…ケーキ食べた?」心臓が、少しずつ早くなった。
「食べたよ~! みんなが用意してくれてね~!
ところで、あんたはちゃんと食べてるの? すぐ、不摂生な生活するから心配になる!」
 
ああ、今だ。
 
「大丈夫、食べてるよ! お母さんの手料理は恋しいけどね。
それに、いつもそうやって私のこと気にかけてくれてありがとう。
誕生日なのに、心配ばっかかけてごめんね。
あのときも、ひどいこと言ってごめん。ちゃんと謝れなかったから……ごめんね。」
「ううん、いいのよ。あんたの言ったこと、もっともだった。
それにね、言われたようにお父さんに直接言って、話し合えたから! ありがとう!」
お母さんがお父さんと話し合ったいきさつを話し始めた。
涙が出そうになるぐらい笑った。ようやく私は、便秘を解消した。
 
「ありがとう」がきっかけでもいい。「ありがとう」がメインでもいい。
あなたが言いたい「ごめんね」もきっと出されることを待っている。
まずは「ありがとう」で、自分の「ごめんね」便秘になった心をあっためるのだ。
本物の便秘も冷え性からくる。冷えているのは、ケーキと一緒に飲む牛乳だけでいい。
 
言いたかったけど、言えないでいる。言わなきゃいけないのに、今日まで引きずってる。
そんな「ごめんね」がある人は、今もまさに絶賛便秘中だろう。
言わなきゃという使命感、だけど、言いづらいという抵抗感。すごくよくわかる。
そういうときは、ぜひ「ありがとう」を混ぜ込んでみてほしい。
たった5文字があなたの便秘解消に役立つかもしれない。
 
 
 
 
***

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2021-06-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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