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言いたいことを言える自分になるために


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田辺なつほ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
もし、過去に戻れるタイムマシンがあったらいつに戻りたいだろうか。
喧嘩した友達に謝れなかったあの日? 好きな人と別れた日? 最後におじいちゃんに会った日?
いつに戻りたいかな、そう考えて、小学5年生に戻りたいな、と思った。
 
私はその日、言いたいことが言えなくて結局受け入れてしまった。
6年間使うつもりで選んだ赤いランドセルを、残り1年を残して妹に譲ることを。
 
小学生にとってランドセルは、人生で最初の大きな買い物だ。
自分が選んだものを6年間も使う、その時間の長さや、ゼロがたくさん並んだ金額は、軽い“責任”みたいなものを感じさせた。「おとな」になった気がした。
どうして、妹に譲ることになってしまったのか。それは、姉妹が多いことが原因だった。
私は、4姉妹で、2歳上の姉、私、2歳下の妹、4歳下の妹という構成だ。
みんな女の子だからこそ、普段の生活ではお下がりが当たり前。洋服や下着、パジャマ、教科書、体操服。
そして予期せぬことに、その対象にランドセルも入ってしまったのだ。
2010年の3月に姉が小学校を卒業した。となると、4月に4歳下の妹が入学する並びになる。
小5の私、小3の妹、小1の妹。姉が使ったランドセルは小1の妹に引き継がれるはずだった。
ところが、ここでまさかのことが起こった。
 
「お姉ちゃんのランドセル、汚いからやだ!」
 
妹がそう言って泣きわめいた。布団に顔をうずめてぎゃんぎゃんと泣いた。
それもそのはず。雨の日も、風の日も、炎天下の日も、運動会の日も、その背中に背負って学校に行く。
6年間も背負われ続けたランドセルはぴかぴか、とは言えない。
かつては太陽の光を反射していたであろう皮は、経年劣化でくたっとしていた。
妹の同級生がみんなぴかぴかの新しいランドセルを持っていることを想像すると、同情の余地は大いにある。
肩ひもも糸がほつれ、壊れかけの橋のように今にも千切れてしまいそう。ほつれた糸ですらくたっとしている。
クラスの男の子たちのように、ランドセルの上でジャンプしたり、グラウンドに投げ飛ばしたり、そういうわかりやすい乱暴な扱いはしない。だけど、女の子であっても、家に帰ったときには「ただいまー!」の声に合わせて勢いよく投げ置くことぐらいは時々ある。
私たちが6年間で心身ともに成長するように、ランドセルだって歳をとる。そしてそれは犬のように年をとる。
同じ月日でも、人間の倍のスピードで劣化していく。卒業するときにボロボロになっているのは致し方ない。
 
さらに、姉発~私と妹経由~妹行き、のお下がり列車の常に終点である一番下の妹。
きっと普段から不満があったのだろう。「ランドセルぐらいは新しいのがいい!」と言って余計に泣いた。
 
この状況で白羽の矢が立ったのが、私だった。
私のランドセルは5年間使ったとはいえ、ぴかぴかとまでは言えないものの比較的綺麗だった。
姉のように少しは粗雑な扱いをしていたかもしれないけど、筋肉質なランドセルだったのだろう。
糸のほつれもなければ、くたっと感も薄かった。「じゃあこうしましょう」そう言って両親は泣く妹をこう説得した。
卒業した姉のを私が使い、私のを泣きわめく妹に使わせる、というものだった。
両親はその提案が最良のように話し、泣いている妹をなんとか納得させようとした。
 
私はこの提案が嫌だった。ここまで一緒に年をとってきたのだ。私の背中の小さな翼。最後まで一緒にいたかった。
「ちょ、ちょっと待って! 私もこのランドセルお気に入りで、だから」
嫌だ、という前に、「お姉ちゃんでしょ」の一言が私の言葉に重なった。
それは人間を石に変えてしまう呪文のようだった。
もう何も言えなくなってしまった私の前で、ぐずった妹が「……うん、それならいいよお」とえぐえぐしながら言った。
妹は泣き止んだけど、私は泣きそうになった。
 
そうして、私はあと1年を残して、自分のランドセルを妹に譲った。
私の背中には、新しく、くたっとした翼がやってきた。新しいのに古い。その矛盾が私をどこか不安にさせた。
妹に渡ったランドセルは、両親がクリーナーで磨いたおかげでぴかぴかになっていた。
 
もし、過去に戻れるタイムマシンがあって、この日に戻れるなら、私は言いたかったことをちゃんと言いたい。
両親の言葉の波にのまれて消えてしまった、「嫌だ」をちゃんと言葉にしたい。
今24歳の私が小学5年生の私のそばにいたら、「おい、言っちまえ!」とけしかけていることだろう。
 
というのも、言いたいことを言わないのは癖になってしまうことに気づいたからだ。
私はこれまでも、ほんとうはそうじゃないのに、という思いで、ぐっと言葉を飲みこんでしまうことが多かった。
嫌なことを「嫌だ」と言うこと、「私のものだ」と主張すること、それらは、悪いことじゃない。
悪いことじゃないのに、言わないことに慣れてしまっていた。言わないことが普通になってしまうのだ。
誰かのため、と自分を納得させては、「また、言えなかった……」と小さな後悔が積み重なった。
あのときの「嫌だ」が、積み重なった後悔の一番下にあるように思う。
 
だからこそ今は、頑張って「嫌だ」と言う練習をしている。
頼まれごとをされたとき、「今の私がすると中途半端になっちゃうので申し訳ないです」と、やんわり断ったり、
気分が乗らないとき、「今は気分がのらないから、また今度埋め合わせさせて!」と、正直に伝えたり。
もちろん「嫌だ」に限らず、自分の言いたいことを言うように心がけている。
飲み込んでお腹の中で消化させないように、声にする。言葉にする。
言いたいことを言うのは、訓練だ。少しずつ言えるようにすることが、自分らしくいられる第一歩だと思う。
 
 
 
 
***
 
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