メディアグランプリ

真夏の夜のラビリンス


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記事:ハヤシアキコ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ねぇ、今の看板、さっきもなかった……?」
 
真夏の夜のことだった。
友達のケイちゃんとドライブに出かけた帰りの山の中で、ハンドルを握る手に少しだけ力を入れて、私はとうとうそのセリフを口に出した。
 
街灯もところどころにしかないような真っ暗な道が続き、ハイビームにしたヘッドライトが照らした時代遅れなデザインの温泉旅館の看板を何度も見ている気がしたのだ。
行きと全く同じルートを帰っているつもりだった。もうそろそろ麓の住宅地に出るはずなのに、家の一軒も見えてこない。さっきから対向車や後続車が一台もいないことも気になっていた。
ゴクリ、と助手席のケイちゃんの喉がなった。
 
「何個もあるのかも。ほら、あの温泉は近くだし……」
自信なげにケイちゃんが言う。
しばらく走ると、やはりまたその温泉旅館の看板にライトが当たる。
「看板の右側、同じくらいの高さの木があったよね?」
私は確認するように言った。
看板を右目に見ながら、再度通り越して、アクセルを踏む。
案の定というべきか、再び看板が出てきた。右脇に先ほど見た木があった。
 
「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って! 迷った?」
 
ケイちゃんも焦っていた。
いや、迷ったも何も、同じ道をぐるぐる回っているだけだ。普通にアスファルトで舗装された県道か市道で、何も迷うような要素はないはずだった。そんなことは起きるはずもないのに、なぜか同じ道をずっと走っていて、そうして、いつまでたっても麓に降りられないのだ。
 
「でも、来るとき、あの飲み物買ったコンビニから出て、どこか曲がったりしてなくない?道なりにきただけじゃなかったっけ?」
 
カーナビはまだなかった。地図は持っていなかったと思う。有名な観光地に行く道で、二度三度と通ったことがある。生活の足として車が欠かせない地方住まいの私たちにとっては、県内の観光名所へ行く道は大体なんとなく頭に入っている。
 
「いや、アレだよ、曲がり角ってほどの角じゃなくて、小文字のyの字にみたいになってて、こっちから見えにくいとか?」
 
確かにそれは考えられる話だ。私はかなりスピードを落として車を走らせた。ケイちゃんは左を、私は右を、目を皿のようにして曲がり角や分岐している道がないかを探した。
 
またその看板が見えるまで、曲がり角も分岐している道もなかった。
 
「いやいやいや、Uターンしてみよう! 視線?  視界? 視点? を変えてみたら見えなかったことが見えてくるかも」
「そうだね、暗くてわからないだけかもしれないし」
 
手にはいつの間にかじっとりと汗をかいていた。路上でUターンし、再度走る。
 
曲がり角はない。看板は、ある。
 
急に時計に目がいった。丑三つ時って何時だっけ? イヤなことを思い出す。
その昔、私は走っている車の窓を叩かれたことがある。外側から。誰かに。いや、あの時は霊感がある彼が運転していたし、「鈴の音が聞こえるから帰る」と言い出したのも彼だし、私は鈴の音は聞こえなかったけれども、窓を叩かれた音は聞こえて、「絶対後ろを見るな」って言われて、めちゃ怖かったっけ、って、今そんなことを思い出している場合ではない。
 
これは何だろう、迷宮? こうやって人は遭難するんだろうか。ガソリンの残量を見た。3分の1ほど残っていた。大丈夫、水もある。
 
やれることはやろう、何が何でも絶対に家に帰ろうとケイちゃんと誓う。
ケイちゃんにペットボトルの蓋を開けてもらい、私は水を飲んだ。
もう一度、Uターンし、ゆっくりと走った。
 
またそろそろ看板かと思ったところで、急に、右側に道が現れた。
本当に急に現れたのだ。
遠くに街灯があり、かすかにその道は明るかった。
 
「あった! 道! あった!!」
 
私とケイちゃんは歓喜の声を上げた。
別に細い道ではなかった。むしろそれが本道くらいの広さがあった。
そうして、ほどなくしてポツンポツンと民家が現れ、住宅地に入り、行きに寄ったコンビニエンスストアに着くことが出来た。
駐車場に車を停め、店内に入って流れる音楽を聴いても、まだ何となく不安は取れなかった。ケイちゃんも何も言葉を発さなかった。だが、レジの奥から出てきた店員さんの元気な「いらっしゃいませ!」を聞いた途端、ケイちゃんと二人で顔を見合わせて、
「生きてる!」
言葉にならない声で手を取り合った。
 
狐につままれた、狸に化かされた、そういうことなのだろうか。答えはわからなかったが、確かに、同じ道をぐるぐる走らされたのだ。なぜ、抜け出せたのだろうか。
帰宅後、泥のように眠った。
 
それから10年ほどして、私は、漫画家の山岸凉子先生の「タイムスリップ」という著書を読み、先生が自分と同じような体験をされていたことを知った。
先生だけではなく、先生のその話を聞いた人たちが何人も同じような体験をされていた。その体験談では、「一服」したことでその迷宮から抜け出せたのではないかという推測がなされていた。昔から狸や狐に化かされた時は一服するといいと言われているのだそうだ。
私が水を飲んだのが、その「一服」にあたったのかもしれない。
 
私はそれ以来、何か行き詰ったことがあったり、八方塞がりだと思うシチュエーションになった時でも、決してあきらめず、あらゆる角度から出来うる限りの行動を取ることにしている。
闇雲でもいい、水を飲むだけでもいいのだ。何かしら動き続けることが、きっと見えなかった道が見える一手になる。
 
 
 
 
参考:山岸凉子, タイムスリップ [ゆうれい談], 株式会社メディアファクトリー, 2002年
***
 
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2021-08-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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