実家の魔窟には秘宝が眠っていた
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:藤野ナオミ(ライティング・ゼミ2021年夏期集中コース)
「うわあああ!!!」
不覚にも、大声で叫んでしまいました。
実家の一室を開けたら、むせ返るような甘ったるいニオイと、ものすごい数の小バエの乱舞。思わず、ドアを閉めました。
もともと病弱な妹は、真っ青な顔をして、今にも倒れそうです。私も心をくじかれたのですが、何もしない訳にはいきません。病院から自宅へ戻ってくる母のために、部屋を片づけなければいけないのです。
とりあえず、近所の薬局へ行き、小バエに効く殺虫剤を購入。意を決してドアを開け、部屋に踏み込むと、ガンマンのように殺虫剤を散布。殺虫剤の缶が空っぽになったら、すかさず、部屋の外へ撤退。
しばらくして部屋へ戻ると、小バエは全て落下。よしよし。むせ返るような甘ったるいニオイの正体は、腐り果てて黒い水と化したバナナでした。袋に入っていたから、まだ良かった。私は、部屋に点在する7~8房分の液体バナナを回収し、廃棄。袋からもれ出た液体に寄生していた幼虫たちが、床でうねうねしていたので、手作業で駆除。小バエも掃除機でさっと吸い取りました。
小バエ問題が解決しても、部屋の中はゴミ、いえ、物が山積みになっています。床には獣道のような細い隙間がかろうじてあるだけ。妹と二人で1日半、汗だくになって1部屋だけ片づけ、母を迎える準備を整えました。
母は、徐々に身体が弱っていく父の介護を、1年半ほど一人で担っていました。「あんたたちには苦労をかけたくない!」と言い、私や弟、妹が手伝いに行くことは頑なに拒み続けました。
母は、必死の思いで探した施設に父を入れた数日後、かねてからの体調不良を診てもらおうと、病院を訪れました。ところが、「すぐ入院」と主治医から言われ、自宅へは戻れませんでした。そのため、生協で注文した大量のバナナを真夏の室内に放置せざるを得ず、あの惨劇が生まれたのです。
母が入院して2週間が経った頃。私たち兄弟、叔母夫婦が病院に呼ばれ、母が末期ガンであると告げられました。余命はもって数か月。私から「母に告知するなら、せめて母に希望を持たせてほしい」とお願いしました。主治医は母に病名を告げた後、「手術をしたい」と言う母に、「自宅へ戻って静養して、元気になったら手術をしましょう」と伝えてくれました。
退院後の過ごし方について、ワーカーさんと打合せをした後、私は東京へ戻りました。夫と息子に留守をする旨を伝え、職場で事情を説明して休みをもらい、様々な準備を整えて、1週間後にまた帰省しました。そして、鬼神のごとく、部屋の片づけを行ったのです。
とりあえず1室を整えた私と妹が病院へ向かうと、母は見る影もないほどゲッソリしていました。1週間前には「病院食がまずくて、食べられたもんじゃない!」と吠えていた母が、別人のように小さな声しか出せません。自宅へ戻っても、豆腐しか口にできず、2日後に高熱が出てグッタリ。電話で呼んだ訪問看護師が「再入院」と判断し、救急車で病院へ戻りました。
その後、母の病状はどんどん悪くなるばかり。再入院から1週間も経たないうちに息を引き取りました。遠方に住んでおり、ようやく休みをとって駆けつけた弟に、自分の死後のことについて伝えると、安心したかのように。
それからは、母の死後の手続きに追われました。葬儀、納骨、施設に入った父の対応、確定申告、相続などなど。母の葬儀後は2週間ほど実家に滞在しました。翌月からは、各地で暮らす兄弟三人が、月1回、実家に集まり、協力して作業にいそしみます。弟は書類などの作成、妹はその補佐、私はゴミ屋敷と化した実家の片づけがメインに。妹は「私は怖くて魔窟には入れない」と、物が山積している部屋を「魔窟」呼ばわりします。
そもそも、私が結婚して以来、母は「散らかっているから」と言い、実家には招いてくれませんでした。なので、私が実家へ足を踏み入れたのは、実に14~15年ぶり。弟も妹も同じような状況でした。
父が元気だった頃、東京にある私の家に泊まりにきて、「家が汚くて、足の踏み場がない」とこぼしていたのですが、本当に足の踏み場がありません。あっても床に獣道の状態。まさか、実家が本当に「魔窟」と化していたとは……。
初めのうちは「片づけマシーン」となった私が、ガシガシと「魔窟」の片づけをこなしていきました。感情は全くなく、スピード重視。だって、そうでもしないと、気持ちが持たない。
ところが、「魔窟」に積まれた物を片づけていた時、ふと気づきます。
収納ボックスがいっぱい買ってある。
母は、物を整理して片づけたかったんだ。
掃除道具がいっぱい買ってある。
母は、汚い部屋をキレイにしたかったんだ。
洗濯洗剤や漂白剤、物干しがいっぱい買ってある。
汚れた服が山積みになってるけど、母は、キレイに洗濯したかったんだ。
父の洋服がいっぱい買ってある。
母は、父のことを大切に思っていたんだ。
野菜ジュースや健康食品がいっぱい買ってある。
母は、父と一緒に健康に暮らしたかったんだ。
可愛い小物がいっぱい買ってある。
母は可愛いものが好きだったからなあ。
可愛いものを見て、ほっこりしたかったんだ。
ああ、ああ、母は幸せに生きたかったんだ!
幸せになりたくて、いっぱい物を買ったけど、ツライ気持ちが埋まらなかったんだ!
だから、次々と物を買って、積んでいったんだ!
「魔窟」は悪魔が住む場所ではなく、幸せになりたかった母の叶わぬ願いが詰まった「秘宝」が眠る場所でした。
その後は、母の思いを1つ1つ供養するように片づけをしました。片づけは、もはや苦ではなく、母の思いに触れる貴重な時間となりました。
昨今、実家の片づけ問題がテレビ番組などにも取り上げられています。「要らないものは捨てないとでしょ!」と迫る娘、息子に、激しく抵抗する親。たしかに、早いうちから片づけておかないと、後で大変なことになります。実際、私の実家がそうなっています。だから、娘さん、息子さんの気持ちが、手に取るように分かります。
でも、物を容赦なく捨てる前に、親の思いにほんのちょっとでいいから寄り添ってあげてほしいなあと。
物には人の思いや願いが込められています。一見、ゴミのように見える物たちに、母の切なる願いがこめられていることを、母の死後に知った私。母が生きているうちに、母の思いを共有したかったなあ。
まあ、私の母の場合、プライドが超高いので、汚い部屋は絶対私には見せなかっただろうなあとは思いますけどね。
***
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