最後に来た引っ越しの営業マンはダントツの実力だった
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記事:nasuica(ライティング・ゼミ平日コース)
「他の会社の見積書を見せてもらえますか?」
引っ越しの見積りをお願いした時に、最後に来た営業の方に言われた言葉だった。その言い方が絶妙で、信頼に足る言葉に思えた。
会社の都合で、引っ越しをすることになった。
引っ越しとなると、やらねばならないことが無数にある。今住んでいる家のガス電気水道を止めて、新居のものを開始する手続きもある。さらに、郵便の転送手続きとか、自治体から転居届をもらわないと……。
「めんどくさすぎて頭が爆発しそう」
それが率直な感想だった。
それに追い打ちをかけたのが、「引っ越し会社をどこにするか問題」だった。
引っ越しの料金は、価格が決まっているものではない。大まかに、以下のような手順で営業の方は見積りを作るらしい。
・そもそも運搬する量がどのくらいかを見積もる
・運搬するものが入る車両の大きさを決める
・その車両が空いている日程を決める
・その日を希望する人が多いかどうか、などで見積りを作る
上記のような手順を経るため、業者によってかなり価格が違ってくる。そのため、複数の業者に見積をとる必要がある。今回、四社ほど見積りを依頼した。
一人ずつ、業者の方が来られた。
一人目の営業の方は男性で作業着を着ていた。部屋をささっと見た結果、スムーズに見積りを作成してくれた。しかし、終始申し訳なさそうな顔をしていた。
見積りを見ると、素人の私でも分かるくらい、相場よりも高かった。そして、その理由を丁寧に説明してくれるくらい、誠実な方だった。
それは、近くにマンションが立ち、そこの引っ越し業者の主担当をしているから、ということだった。その会社が主担当をしている都合上、運送するトラックがほとんど残っていない、ということだった。そのため、日にちも限られるし、どうしても価格が高くなるという。
そして、その方はこう言い残していった。
「正直、うちにお決めにならない方がいいと思います」
「あと内緒ですが……。この値段は、他の会社に言わない方がいいと思いますよ」
この営業の方は、相場より高い見積りを他社に見せると、見積り価格が上がってしまうことを危惧してくださったのだ。
先生が生徒に教えてくれるような、包み込むような人間的な魅力があった。
二人目の営業の方は、少し余裕があって、ゆったりした雰囲気の営業の方だった。一人目の方と同様に、さっと家の中を見て、見積りを出してくれた。一人目の方の会社のパンフレットを片目の隅に捉えた時、ゆったりした雰囲気とは対象的に、間髪入れずに聞いてきた。
「〇社は、いくらだったんですか?」
「価格は言えないですが、こういう事情で少し高くなってるみたいです」
「他の会社も見られるんですか?」
「あと二社、見積りをいただく予定です」
そう答えると、その営業マンは競合の会社のデメリットを上げ始めた。この時期は〇社は高いはず。△社はニュースになりましたが、少し信用の問題があるかもしれないですね。□社は……。
この営業マンは、少しずるいとは思ったが、他社が入れ替わりで来ることを考えると、正しい戦略をとっているのかなと思った。ルパンを騙して宝を奪う、峰不二子のようなイメージを持った。
三人目の営業の方は、とても若く、少し慌てているように見えた。家の中の荷物を見るのにも、かなりの時間がかかった。おそらくだが、まだ慣れていないのだろう。見積りを出すために上司に相談する際にも、かなりおどおどしているように見えた。
「この値段で出してくれた会社さんがあるんですけど」
と、その若者にジャブを打ってみた。一社目の会社さんに言われた知恵を生かした。
そうすると、
「少々お待ちくださいね」
と、何やら持ってきた資料とにらめっこを始めた。15分程うなった後、上司に再びおどおどしながら電話した。その後も、うんうんうなりながら見積書を眺めている。他のどの営業の方よりも、滞在時間が長かった。他は30分のところ、1時間以上も部屋で正座していた。その後、これくらでどうでしょうか、とこれまで見た見積りで一番安いものを出してくれた。
想像でしかないが、とても上司が怖いのだろうと思った。それが、電話での声の大きさに表れていた。
その営業の方は、性格や体格から、ドラえもんの「のび太君」のように見えた。
つまり、少し頼りない感じがした。
四人目の営業マンは、少し遅れてやってきた。家の中を見て回る速度は、私が洗濯物を畳んでいる間に終わるくらいの早さで、他と比べても圧倒的に早かった。すぐに見積りを出した後に、こう聞いてきた。
「他の会社にも見積りを依頼しているんですか?」
「お客様も話が早い方がいいと思うので、これまでの見積り見せてもらっていいですか?」
正直、私は驚いた。他の営業の方は遠慮して見積りを見るところまでは要求してこなかったのだ。かなり踏み込んでくるな、とは思ったが、嫌な気はしなかった。価格交渉をすっとばしてくれるので、私にとっても楽だったからだ。そしてそれを、彼は経験値で見抜いていた。
「お時間いただきありがとうございました」
「他社さんの見積り見せてもらったんですが……」
これまでと違うパターンだったため、何を言うのか、とても興味をそそられた。ドキドキしながら、次の言葉を待った。
「三社目にされた方がいいです」
「えっ」
と声に出しかけた。他の業者を落とすのかと思っていた。もしくは、自社のメリットをたくさん挙げてくるのだと思っていた。
「なぜこの値段になっているか分かりませんが、うちにはこの値段は無理です」
「おそらく、実績が必要で、どうしてもこの案件をとりたかったんでしょう」
その後も、懇切丁寧に、三社目にすべき理由をいくつも挙げていった。それはとても論理的で説得力があった。
最後に、次の引っ越しはうちにしてくださいね。
と、ニコッとした顔で言った。
おそらく、次に引っ越しする時は、最後に来た営業さんの会社を使うと思う。そのくらい、本質部分だけを話し、私の抱えている問題を解決してくれた。
その営業マンは、携帯ゲームのようだと思った。
携帯ゲームは、気づくとお金を使ってしまうような仕組みをしている。それも最初は少しずつ課金するようにして、徐々に大きな金額が必要になるようになっている。しかし、お金を使わせすぎると、使用者は「これは危ない!」と思って、アンインストールしてしまう。
そこで、儲けを最大化するために、アプリの使用者が生涯使うお金を最大化するような指標を使っている。それはライフタイムバリュー、通称「LTV」と呼ばれる。
最後に来た営業マンは、私が次に引っ越しする機会を見据えていたのだと思った。今回は無理だと悟った瞬間に、次の引っ越しを狙おうと頭を切り替えたのだ。
目の前の利益で見た時には、最後に来た会社は、損をしているかもしれない。しかし、「ライフタイムバリュー」で見た時、その会社は他のどの会社も圧倒していると思った。次も、その次の引っ越しでも利用するかもしれないからだ。
一番頼りなさそうな三番目の営業の方で引っ越しを決めた。そして、その頼りなさを払拭したのは、彼の怖い上司ではなく、最後に来た営業マンだったのは皮肉だ。
何を指標にして、どのように売るか、営業マンの生き様を見た一日だった
***
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