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人生で最も手痛い失恋話を教えて下さい、とな?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
「あなたの人生で最も手痛い失恋話を教えて下さーい!」
 
ライティング・ゼミ事前課題の発表時、黄色い声で確かにそう聞こえた。
すぐに全身に緊張が走るのを感じた。
 
この数カ月前に離婚をしたばかりだったからだ。
 
どこでどう間違えたのか、映画『男はつらいよ』の主人公、車寅次郎の孤独で高等遊民な生き方に憧れ、独り身で何不自由なく生きていた私は、自分が求婚された上にいつの間にか結婚までしてしまうとは思ってもいなかった。
 
が、その7倍くらい離婚するとも思わなかった。
 
自分の静かな人生に結婚、さらに離婚という派手なイベントが短い期間で立て続けに起こるなんて、全く予定になかった。
 
結婚はともかく、離婚については、子供の頃から離婚した人が周囲にあまりいなかったし、離婚に対してよく分からない故の、何となくネガティブなイメージを持っていた。
 
そんな私がやってしまった人生で最も手痛い別れ、離婚。
 
それを「教えて下さーい(黄色い声で)」とな。
 
手痛いどころか、こちとら人生のICU(集中治療室)からやっと一般病棟に移ってきたところなんだYO! と自己中心的なツッコミを入れたくなった。
 
実際、心の中でツッコミを入れた。
 
そこではたと気づいた。
あ、自分は何かにツッコミを入れられるくらいに、この大怪我から回復してきてるんだな、と。
 
思えば離婚直後はICUどころか、棺桶に片足を……いや、右半身くらいは入っていたように思う。
 
もっというと自分から棺桶に入ろうとしていたように思う。
 
寅さんには申し訳ないが、予定になかった結婚にも意外と楽しい部分があり(その何倍も楽しくない部分があったので離婚となったわけだが)、自ら離婚を望んだとはいえそこは人の情、過ぎ去った楽しい思い出をどう自分の中で処理したものか、未熟な私には分からなかった。
 
いやしくも独身の無頼派を気取っていた自分が、過ぎ去った結婚生活に未練を持ちはじめているその事実に愕然とし、一切の思考が停止した。
 
寅さんに顔向け出来なかった。
 
人生を前に進めるための自分らしい結論が見いだせないまま、左半身もこのまま棺桶にインしてしまおうかと何度も思った。
 
そう、いつ火葬されてもおかしくない、そんな状態だったのだ。
 
そこから何とかICUに移り、考えられる限りのありとあらゆる治療を受けた。
 
私が望むと望まざるとにかかわらずICUに駆けつけ、私を懸命に治療してくれた人々の顔が目に浮かぶ。
 
親、兄弟、幼馴染、友人、知人、行きつけのスナックのママ(バツ2)、スナックのご常連、飲み友達、行きつけのお寺のご住職、そして寅さんと「とらや」の面々……。
 
特に印象に残っているのはスナックのママと、お寺のご住職である。
 
スナックのママの治療は「うまい、やすい、はやい」でおなじみ、吉野家の牛丼のようだった。
 
久しぶりに会った私の事情を知るなり、
「あん? 性格の不一致? 合わない人と一緒にいてもしょうがないよ! 子供いなくてよかったじゃん。あんた、やっと人生始まったね! で、何呑む?」
 
これである。
 
欲しいタイミングで欲しい品を注文通りにサッと出してくれるその心意気に、私の心はあたたかくなった。
 
あるいは病院食の薄味に飽きた患者に、ガツンと味の濃い牛丼を他の患者に分からないようサッと出してくれるベテラン看護師の妙、そんな治療であった。
 
実際に出てきたのは牛丼ではなく瓶ビールとお通しであったが。
 
一方、お寺のご住職の治療はそれとは真逆の、まるであの世を描いた水墨画のような治療であった。
 
場所は木立に囲まれたお寺の、だだっ広いお堂の一角。
聴こえてくるのは野鳥の鳴き声と、風が木立を揺らす音。
 
私と静かに向かい合ったご住職は、優しさと厳しさを足して2で割ったような表情で、私の長い長い話をただただ聞いてくれた。
 
何をどう話しても「それで? どう感じたんですか」しか言わないご住職。
彼を前に、私は自分の内にある全てを吐き出した。
 
良く知っているお寺ではあった。
しかし、お堂で自分の身の上話を長時間するという体験は初めてであった。
 
その声は、お堂の中央で表情を変えずにじっと鎮座していたお大仏様のお耳にも届いていたように思う。
 
私もご住職も、お大仏様もお堂も、そしてお寺そのものまでもが、一枚の静かな水墨画の中に取り込まれたような、そんな心地がした。
 
あの世に詳しい方々を前に、この世の苦悶を吐き出す自分を俯瞰で感じることで、自分はまだ生きていることを知った。
 
そんな私は今、結婚生活がそこまで長くなかったことが幸いしてか、あるいは牛丼や水墨画のお陰か、急速な回復を遂げ人生のICUから一般病棟に移りつつあるように思う。
 
自ら離婚を切り出し、粛々と事を進めたつもりではあったが、離婚がこんなにも生きるエネルギーを奪うとは思いもよらなかった。
 
と同時に、そのエネルギーロスをカバーしてくれる存在が自分の周りにこんなにもたくさん存在していたなんて、人生のICUに入るまで知らなかった。
 
人は1人でも生きていける。
だが、独りで生きてはいない、そう強く感じた。
 
目の前にいるいない、目に見える見えないの別はあれど、誰かの存在が自分に影響を及ぼし、人生のピンチにその影響力が陽の光となって自分を照らし、あたためる。
 
このことに気づけただけでも、棺桶の蓋を閉じなくて本当に良かったと思っている。
 
一般病棟に移りつつあるいま、私の当面の目標は元通りになって退院することだ。
 
退院したあかつきには、私と関係する誰かが、人生の手痛い出来事を癒すためのICUに入っていると聞いたら、お節介承知でいの一番に駆けつける気でいる。
 
そのために私は、今しか向き合えない自分と素直に向き合い、この経験で得たもの、得なかったもの、そしてそれが自分の人生と自分の周りの人たちにどう影響を与えるのか与えないのか、これをしっかりと定点観測していきたいと思う。
 
この「人生を変えるライティング・ゼミ」もその一環だ。
 
WEBで初めて「人生を変えるライティング・ゼミ」という言葉を目にした時、正直「ライティング」はどうでも良くて、「人生を変える」という部分に吸い寄せられて参加したように思う。
 
以前の、無頼派を気取っていた自分であれば「人生を変える? はっ、こんな安いキャッチコピーに誰が引っかかるってんだよマジで」と斜に構えていたはずだ。
 
それが今や、何とかして人生を変えたい! とまではいかないが、人生を整えたい! そして人生のICUに入っている誰かのために役に立ちたい! と心から思っている。
 
「あんた、やっと人生始まったね!」
 
スナックのママの言葉が頭の中で繰り返される。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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