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ベールダウンにかける言葉


*この記事は、「実践ライティング特別講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

「実践ライティング特別講座」文章を書く前にするべき7つのこと

記事:秋田梨沙(実践ライティング特別講座)
 
 
1年の延期の末に迎えた挙式の日は、とてもいい天気だった。
 
「やればできるじゃん」
母の黒留袖を身に纏った私は、青空に向かって思わず腕組みをする。1年前、仏壇の前で散々悪態をついたのが効いたのだろう。すっかり私の夢枕には立ってくれなくなったが、母も今回ばかりは本気を出したようだ。緊急事態宣言の合間を縫って、ようやく妹は今日、結婚式を挙げる。
 
「悲しみの上塗りがされてしまった」
 
そうLINEが来た日の事が1年忘れられなかった。悲しい記憶が少しでも楽しい記憶で上書きされるようにと、母の命日に合わせて決めた挙式日だったのに。まさかこんな状況になるだなんて思いもしなかった。姉の私も毎日の感染状況をチェックして、一喜一憂して、祈れるもの全てに祈った。けれど状況は日々悪くなる一方で、ついに式場側から突きつけられた「中止」は深く妹の心をえぐった。
 
だから今日、ゲストや親戚で賑やかになるロビーを見るだけで、もう胸がいっぱいなのだ。
「おめでとう。これでお姉ちゃんも肩の荷が降りたでしょう」
「ずっと母親代わりだったから、娘が結婚するみたいなものよね」
部屋の隅っこで涙を堪えていたら、同じように目元を潤ませたおばさま方に次々に声をかけられる。実際、私と妹は8つの歳の差がある。母が亡くなった時、妹はたった10歳だったし、数年前には父まで半身不随になった。あまり平穏とは言えない日々の中で、妹はすくすくと、まっすぐ「育った」な、とは思う。けれど、「肩の荷が降りた」なんて言われると、どうにも居心地が悪い。妹ではなく、私に「育てた」という自信がない。正直、優しいお姉ちゃんだったとは思わない。やっぱり、荷が重いのだ。花嫁のベールダウンだなんて……。
 
「では、お姉さまはこちらに回っていただいて、ベールをおろしてください」
挙式のリハーサルが始まり、家族みんな言われるがままに動く。ただでさえ着物で足元がおぼつかないのに、うっかりベールを踏みそうになって、係員さんから無言の圧を感じる……。前に回っても全く勝手が分からない。私がもたもたとする間、妹はずっと中腰で待っている。ベールは思っていたより長くて大きいし、ふわふわと軽くて破れてしまいそうだ。引っかかったり、折れ曲がったり、上手く扱えずに嫌な汗をかきながら、やっとのことでベールをおろした。
「ここで、お姉さまから花嫁さまに一言メッセージをお願いします」
 
嘘でしょ! 聞いてないんですけど!
 
妹を見ればニヤニヤと笑っていて、完全に面白がられている。当然、残りのリハーサルは上の空だった。席に戻ってからも一言メッセージの事ばかり考えていた。手紙を書くほうが断然マシである。たった一言だけ。一体何を伝えればいいんだろうか。大袈裟にマイクで発表するわけじゃない。妹に聞こえるだけのたった一言。それでもいい加減には済ませられない。これまでの29年の想いを言葉にしなければならないと思った。ありがとう。綺麗だよ。幸せにね。どれもいいようで、しっくりこない。どうしよう、何も出てこない。
 
何も決まらないまま式場にゲストが並び始め、司会者のアナウンスが入る。
「ゲストの皆さまのお手元に、新郎新婦よりお手紙がございます」
その言葉を合図に一斉に封筒が開かれる。私の手元にも小さな赤い封筒がある。妹からの手紙だ。前日に焦って書いていると言っていたその手紙には、久しぶりに見る妹の手書き文字が並んでいる。可愛いままの丸くて小さな文字たち。けれど、私はそれをすぐに鞄に押し込んでしまった。
 
「私のことでたくさん考えなきゃいけない事があって、お姉ちゃんは私のこと嫌いになったりしないのかなって、ずっと不思議だった」
 
思いがけない「嫌い」という言葉に動揺した。心臓が、強く打って苦しい。「嫌い」だなんて、そんな事あるわけないのに。反射的に「違う!」と心が叫んだ。むしろ、嫌われるとしたら私の方だ。父が倒れた後、実家を出ていた私は子育てを言い訳に家にあまり寄り付かなかったから、私の方こそ妹に負担をかけたと思っていた。それに、昔から、妹のお世話を手伝うような面倒見の良い姉じゃなかった。母が亡くなってからだって、お姉ちゃんらしいことも、まして母親らしい愛情とは無縁だったと思う。急にやらねばならなくなった家事は大嫌いだったし、家事の間となりでおしゃべりし続ける妹に「手伝えよ」と内心怒っていることもたくさんあった。ずっと自分の置かれた状況に「こんなはずじゃなかった」って怒っていた。でも、それでも、妹を憎いと思ったことは一度だって無い。誰かと言えば、母に。そして、父に、私は怒っていたのだと思う。くすぶった怒りが、妹を不安に感じさせていたのかもしれないと、今頃気がづいて、苦しかった。
 
「大好きだよ。ありがとう。ずっと私のお姉ちゃんでいてね!」
 
手紙はそう締め括られていた。どうしよう。私は、妹にどんな言葉が贈れるのだろう。結局、最後の最後まで決められなかった。
 
いよいよ式場の扉が開く。
手を繋いだ妹と車椅子の父。嬉しそうに目尻を下げる父の車椅子をゆっくり押して入場する。大きな拍手とたくさんの笑顔に包まれて、今日までの日々に自然と涙が込み上げてくる。まだ、泣くわけにはいかない。気取った顔をして、私はリハーサル通りに車椅子を止めた。慎重に妹の前まで進み出る。晴れやかに笑う妹としっかり見つめ合う。あんなに小さかった妹も、今ではちょっと見上げないといけない。かがんだ妹のベールをそっと持ち上げる。柔らかくて、繊細で、溶けてしまいそうだと思う。めいいっぱいの気持ちを込めて、ふんわり妹の顔にベールをおろした。薄いベールの向こうで妹が笑う。
 
私の心もふんわり軽くなる。
 
やっぱり肩の荷が降りるとは違う。達成感より、自分自身から半身が切り離されていくような、そんな感覚だった。薄いベールのこっち側と向こう側。ベールで引かれた境界が、ゆっくりと「私」と「妹」を分けていく。
 
あぁ、もういいんだ。
 
守ったり、育てたり、そんな大袈裟なことじゃなかった。妹には普通に歩いて欲しいと思っていただけ。アルバイトしたり、サークル活動に勤しんだり、帰宅が遅くて怒られたり。みんなそうだよね、っていう普通のことをしてもらいたかった。だって、私はこっそりと自分がやり残したことを一緒に回収させてもらっていたから。思い出の隙間を埋めていくうちに、私は妹といつの間にか溶け合ってしまっていたのかもしれない。だとしたら、今日のこの日は妹だけじゃなく、私にも必要な儀式だったのだろう。
 
もう、この言葉しかないと思った。
 
「いってらっしゃい」
 
妹の目をまっすぐ見て伝える。ぽろぽろと涙がこぼれた。
 
 
 
 
***
 
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