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人生最後の駅で、終電を見送る〜母を看取る〜


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:辻恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
約8時間、意識のないまま口をパクパクして、一定のリズムで呼吸を続けている。
母がずっと会いたがっていた、飼い猫のハッピーは、ベットの足元で丸まって寝ていた。そして、急に走り去ったかと思うと、空を見て「ニャー」とひと鳴きした。
 
母の呼吸がとまった。
 
癌であることは、主治医の先生は最初から本人に伝えていた。それもステージ4だと。
そして、あとどれくらいかと詰め寄る私にだけ、「来年の3月ごろまでかな」とこっそり伝えられていた。「あと半年」命の期限を告げられた。
その頃から、歩くのも大変な状態で入退院を繰り返していたが、本人は最後は家で過ごしたいと希望した。抗がん剤治療は中止しし、もう治療は諦めるしかなかった。
 
「あと半年」その言葉に追い立てられるように、私に何ができるのか考えた。夫に家のことを任せて、休みには実家に帰った。車椅子を押して、旅行にも出かけた。私の娘の彼氏にも会わせた。
そして、寒い冬を乗り越え、いよいよ期限が迫ってきた。
2月の終わりから、会社の上司に事情を話ししばらく休みをもらい実家に泊まることに。
 
覚悟を決めて、母の隣で寝るようにして、5日目のことだった。
やはり、最後まで何かやり残したような、それでいて、最後はそばにいられて安堵したような、複雑な思いが整理できず、ただた泣くしかなかった。
 
それは誰もいなくなった駅のホームで、終電を見送る駅員のような心境だった。
「忘れ物なかったかな」
 
亡くなる1ヶ月前くらいだったか。母が「せっちゃん(仮名)どうしてるかな」と呟いた。
10年ほど前に一緒に仕事をしていた同僚のことのようだ。
「せっちゃんに、どうしても言わなあかんことがあったんやけで、伝える前にやめてしもた。やめてからも、何度かスーパーで会ったけど、結局言えんかった。もう長い事会ってへんなあ」
「電話したげようか」
母のバックの底に、奇跡的に電話番号の書かれた紙切れを見つけ、私は電話をかけた。
それから、程なくして「せっちゃん」は、華やかなブリザードフラワーを持って、家までお見舞いに来てくれた。
そして、母と長い長い時間話して帰っていった。
 
「忘れ物しないように」
「あと、なんか気になることないか?」どんどんと弱っていく母に、私は焦りを覚え何度も質問した。しかし、もう考えるのも辛そうで、ベットの上で猫を撫でているのがやっとだった。
 
母は病院に入院しいる時は、いつも飼い猫のことを気にしていた。よくないことだが、近所の野良猫にも餌をやっていたらしく、野良猫のことも心配していた。
「やっぱり家に居なあかん」
「家がいいわ」
 
もし自分だったらどうだろう。あともう少しで命の期限が来るとしたら。
最後に会っておきたい人とかいるかな。何かやり残したことはないかな。
どこで最後を過ごしたいかな。
母のベットの横に座り、せっちゃんが持ってきたブリザードフラワーを見ながら考えた。
なかなか思いつかないものだ。やっぱり、私も今住んでいる家で最後まで家族と一緒に過ごしたいな。
病院のベットで一人ぼっちは寂しい。最後は穏やか気持ちで安心して過ごしたい。
 
主治医の先生は、癌患者のそうした気落ちをよく理解されているように思う。本人がどうしたいのか、治療の際に必ず聞いてくれていた。おそらく、これ以上治療できないとなったタイミングで、本人の希望を最優先に「どこで死を迎えるのか」家族と一緒に話し合う機会を持ってくれた。
母の場合は、幸い父が健在で、私も手伝いに行けるので、介護保険のサービスを利用するなどして、家で療養することになった。
母の「最後は猫と一緒に過ごしたい」という希望が叶えられたのだ。
病状や家族の状況によっては、本人の希望が叶えられないともあると思うし、母はある程度恵まれていた言えるかもしれない。
 
とはいえ、私達家族が十分なことをしたとは言えず、どこまでも悔いは残る。
今となっては、せっちゃんに会わせられたことと、猫と家族と一緒に見送れたことはだけが救いである。
 
最後の時を過ごす駅のホームは、静かで安らかで、それでいて自分がよく知っている場所がいい。
そして、誰かに見送って欲しい。最終列車に乗ってしまうと、もうそこには戻れないから「忘れ物のないように」と声をかけてほしい。
ジリジリと発射を知らせるベルが鳴った時、誰かがそっと手を握って、そう声をかけてくれたなら、きっと次の駅へ向かう不安が薄らいでいくだろう。
 
「家で最後を迎えたい」私を含めて、そう願う人は多いと思う。しかし、今の医療や介護の現場ではままならないことも事実だ。最後を一緒に過ごす家族の覚悟も必要である。
誰もがいつかは「終電」に乗らなくてはならない。
その時に忘れ物をしないよう、命の期限に向かう一日一日を丁寧に刻んでいきたいものだ。
大好きな猫や家族に囲まれて。
 
 
 
 
***
 
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