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認知症父の奇跡


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記事:近本由美子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「お父さんって、ホントに何も家のことできないのよ!」
あ~、また始まったぞ。と母の話を聞きながらわたしは思う。
 
「何か手伝ってもらうと失敗ばかりするし。石油ストーブの灯油を入れてもらってたら
あふれさせるし。庭に水やりを頼むと花が折れるくらいの勢いで水をやって
いるし。アタシの仕事が増えるだけでちっとも役に立たないのよ!」と母。
 
高齢になった両親をわたしは時々ドライブがてら食事に連れていく。そんな時、母は
いつもこんな風に隣の助手席で、運転しているわたしに父の愚痴をまるでバッティングセンターのピッチングマシーンのように投げてくるのだ。
後部座席ではその母の愚痴をまるで子守歌のようにして父がうたた寝をしている。
いつものドライブのお決まりの光景だ。
 
「お母さん、もう何度も聞いたよ。お父さんのそういうところは今さら始まったわけ
じゃないし。いい加減諦めたら? それに運転中にそんな愚痴を聞いていると道を間違っちゃうよ」
 
ひとしきり母の愚痴を聞いて、日頃のうっ憤をガス抜きしてあげるのが、わたしの毎月の行事になっていた。
 
父が81歳で運転免許書を返納してからだから、かれこれ5年くらい続けている。
運転が大好きだった父は、車が運転できなくなり、もう母を色んなところへ連れて行って喜ばせることが出来なくなった。
その頃から父はドンドン物忘れがひどくなり、同じことを繰り返し尋ねるようになった。
それでも会話は普通にできるし、ユーモアもあるし、朗らかで服装にも気を遣うオシャレな父である。だけども近時記憶は出来なくなっていった。
 
一度家族でホテルに泊まった時がある。大浴場の温泉から出たあと父がホテルで迷子になったことがあった。みんなで探してやっと見つけたことがある。場所の認知ができなくなった父の姿を目の当たりにしてわたしはちょっとショックだった。
その後、病院で検査してもらいアルツハイマー型認知症が少し進行し始めたことがわかった。
 
表面上は変わらない父に、母は自分の夫が認知症であることをついつい忘れてしまうのだろう。
だから父の愚痴になるのだ。
 
母は出かけるのが大好きで、ずっと自分のお抱え運転手だった父が運転できなくなってなったことがなんとも寂しそうだった。
 
実家から20分くらいのところに住んでいるわたしは、自分の時間が空いているとき、お天気がいい時、サクラの花がキレイな時などいろんな理由をみつけて自分の負担にならない程度で二人と一緒にドライブをするようになった。
 
母の愚痴を聞くのは疲れてしまうが、それでも出かけて季節の移り変わりを感じながら
風に吹かれて、手軽なランチを食べて嬉しそうにしている両親の顔を目にすると
「あ~、よかったな」とひとり思う。
 
二人だけで自宅で暮らしていけるのは母の頑張りのおかげでもある。
そんな母の負担を減らすために父にはデイケアーに周3日行ってもらうようにした。
普段の料理、掃除、洗濯、庭の手入れなどは母が一人でやっていた。
めっきり痩せて体力がなくなった感じのする母に
「お母さん、少し休んでそんな今までみたいに、やらなくてもいいんだよ。
手を抜けばいいのよ」とわたしが言うと
「お父さんが外の食事はきらいなのよ。家で食べるのが一番美味しいっていうし」
あんなに愚痴を言ったかと思えば、変に愛情深いのだ。ややこしい母だ。
 
そんな二人の暮らしが一転したのはクリスマスの終わった翌日の夜。
父から電話がかかってきた。父はこの数年自分から電話をかけることはなくなっていた。
電話する時は必ず、母が電話した後に変わって話すくらいだった。
どうしたのだろ?
「あ、由美ちゃんかい? お父さんだが。お母さんがさっき倒れて、今横になっているだけど動かないんだよ。悪いけど家までちょっと来てくれないか?」
その言葉を聞いて自分の心臓の鼓動がいきなり大きくなったのを感じた。
「え! いつ? 今? 何してたの? どこに倒れているの?」矢継ぎ早に質問してみたが、父は
認知症である。
どこまで本当か? 行ってみてみないとわからない。
もしかしたら、死んでいる?
わたしは、夫にすぐに車を運転してもらって駆け付けた。ダイニングテーブルのある床にあおむけになっている母がいた。目はうつろに開いている。何かを言いたそうだがしゃべることはできない。
「お母さん! お母さん! 聞こえる?」わたしは半分泣きそうな声で話しかけるが反応がない。先に来ていた弟がすでに救急車を呼んでくれていた。
救急車が到着するまで、わたしは母の心臓マッサージを続けた。その時母はわたしの手を払いのけようとした。
痛いのか? それとももういいということなのか?
そうしているうちに救急車が到着し、弟と父が乗車してサイレンの音とともに畑が広がる闇の中に消えていった。
実家に残ったわたしはしばらく茫然としていた。
ダイニングテーブルには、カレイの煮つけ、酢の物、母の漬物、みそ汁などが食べかけのまま残っていた。
 
夜中、緊急手術が行われ、母は一命をとりとめた。心因性の脳血栓だった。
 
夫が、「お父さん、普段電話もかけないのに、よく二人に電話できたよね」とつぶやいた。
倒れてからの運ばれるまでの時間が奇跡的に早く処置ができたのが幸いしたらしい。
そうなのだ。認知症の役立たずの父に母は命を救われたのだった。
父の壊れていく意識の中にはちゃんと母を守ろうとする気持ちが残っているのだと思った。
それは母の手料理と同じ根っこからきている気がした。
 
 
 
 
***
 
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