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母のことは、これが最後かもしれないと思って、とりあえず書く


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記事:TANAKAYA HARU (ライティング・ゼミNEO)
 
 
母は、施設を選んだ。
 
8年前に父が亡くなったのを期に、田舎の一軒家と三反の田んぼ、半畝の畑は、全て人手へと渡した。
母が一人で、無駄に広い家を維持するのも、田畑の水を管理するのも、田植えや稲刈りをするのも限界だったし、何よりも、母は、「川ざらえ」や「道ぶしん」といった村じゅう総出で行う公共事業や、檀家になっているお寺での「仏教婦人会」の集まりや、「隣組」のお付き合いなどの田舎の人間関係を煩わしく思い、負担に感じていた。
少なくとも、私の目には、そう映っていた。
 
 
当時、76歳だった母は、住み慣れた「村」を捨てて、市街地に近いアパートで一人暮らしを始めた。一人暮らしは、順調にスタートし、父に車を出してもらわなければ行けなかった買い物や病院へ自由に歩いて行き、老人センターで新しい友人を作り、ゲームやトランプを楽しみ、図書館で本を借りては読むようになっていった。
また、幼馴染との旧交も復活させ、二人でバスツアーに参加したり映画を見に行ったりもしていた。特に山田洋二監督の「家族はつらいよ」シリーズはお気に入りで、私も観るようにと、しつこく勧めてきたのには辟易したが、それまでの人生で観た映画の本数を超えるほどの映画をいっぺんに観て、楽しそうに自慢してくる母の姿を嬉しくも感じていた。
 
だが、老齢の友情は儚い。
 
まず最初に、老人センターで、母に一番はじめに声をかけてくれた杉村さんが亡くなった。次に、仲良くしていた須賀さんに認知の症状が現われ、毎日、毎日、お餅を買って、母を訪ねてくるようになり、須賀さんは、家族から外出を禁じられた。
さらには、コロナ禍が追い打ちをかけ、一年に2回から3回楽しんでいたバスツアーが、軒並み中止になり、老人センターの大浴場も閉鎖になり、母は、家にこもりがちになっていった。
母だけではない、老人が家にこもりがちになっていったのだと思う。
母から送られてくるラインが、友人と花見に行った時の景色を撮ったものから、アパートの庭で育てている花の写真に変わり、そして文字だけのラインになり、とうとうパタリと来なくなってしまった。
 
母の心の中に、どんどんと寂しさが増幅していき、それと同時に、「村」での習慣がまた、頭をもたげてきた。
一見楽しく自立して暮らしていたけれど、75年以上、「村」で培った考え方や口ぐせは、5年やそこらの一人暮らしで変えることができるような甘いものではなかったのだと思う。
あんなに、母を縛り、煩わしいと思っていた「相互監視」のような人間関係を懐かしむ様になり、また人の欠点を探し始め、噂話をし始めた。
 
何か月かに一回、実家を訪ねると、母がその間に仕入れ、さらに独自のフィルターを通した話が展開される。それは、友人の噂話であったり、身内の不満であったりした。
 
私は、だんだんと面倒になってしまった。
実家を出て、30年以上、私は、ずっと街で暮らしてきた。街を選んで暮らしてきたのだ。私は、田舎の「全員が家族」のような濃密な接触は、苦手だった。だれもが、その家のお父さんがどこに勤めていて、どういうポジションで、子どもの学校はどこで、嫁と姑の仲が上手くいっていなくて、子どもに障害があって、愛人を作って失踪して、会社のお金を持ち逃げして、蒸発して……。
うんざりだ。
だれも、私のことを知らない都会で自由に暮らしたい。
それが、私の若い頃の夢であり目標でもあった。
だから、私は必要以上に、母の「村帰り」を警戒してしまったのだと思う。母の口から、少しでも「村」のにおいを感じるような言葉が展開されるだけで、鉄壁なバリアを作って拒絶した。そうしないと、自分も30年の時を巻き戻されて、「村」の習慣に引きずり込まれそうな気がしたから。
ただただ、私が弱かった。
母は、ただ、私に話を聞いてほしかっただけなのではなかったか。
 
 
来月の半ばに、母は、施設に入る。
施設の見学に行くと聞いた時は、ちょっと見に行くだけだと思っていたのだが、その日のうちに、仮の申し込みを済ませて帰ってきた。
 
施設は、母のように自立して生活が送れる人もたくさん入居されている。
施設は、母のように運動ができる人に、様々なサークル活動が準備されている。
施設は、母の大好きな大きなお風呂に日曜、祝日以外は毎日入れる。
施設は、施設は、施設は……。
 
でも、
施設では、私が泊まる布団はない。
施設では、私が好きなラッキョウを漬けることはできない。
施設では、私のために手料理をふるまうこともできない。
施設では、施設では、施設では……。
 
ゴールデンウィーク、私は、実家に帰る。
できるだけ、たくさんたくさん泊まる。
母と私は、話すだろうか。
母と私は、泣くだろうか。
母と私は、謝るだろうか。
 
一つだけ、父のお墓参りに行くことが決まっている。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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