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自宅で遭難した話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小川大輔(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
そう、あれは遭難そのものだった。
着替える服もない。食べ物もない。助けを呼ぶこともできない。目の前には立ちはだかる障害物。こみあげてくる絶望感。
 
僕は遭難してしまった。……自宅で。
 
僕は一応、格闘技をやっている。胸を張って言うが、素人に毛が生えた程度の雑魚キャラだ。いや、素人にすら負ける自信がある。ここでは僕がやっている格闘技を「セクシーコマンドー」と呼ぶことにしよう。(これがわかる人は、ある一定のご年齢に達しているか、相当な漫画好きの人だとお察しする。)
数年前に始めたのだが大会どころか試合にすら出たことはない。なのにどこから聞いたのか、空手をやっている会社関係のお偉いさんから練習に誘われ、そちらにも参加するようになった。
 
空手とセクシーコマンドーは似ているようで全然違う。しかも僕はとてつもなく弱い。ちなみにお偉いさんは黒帯だ。今日もボコボコにされて帰ってきた。
 
そんな僕も向上心はあるようで、ある時、足運び(フットワーク)がまるで使えないことに気づいた。セクシーコマンドーのジムの先生にフットワークをよくするにはどうしたらいいかと尋ねたところ、縄跳びをやるのがいいとのこと。それも単純に跳ぶのではなく、片足で跳んだり、交互に足を入れ替えたり、いろんな跳び方をするのがいいと教えてもらった。
「ほんとか? 縄跳びなんて小学生でもやってるし、効果なんかあるんだろうか?」
他にいい方法があるんじゃないか。と半信半疑だった。しかしそこはプロからのアドバイス。気合を入れて1,000円もする跳びやすそうな縄跳びを買ってきた。ちょうどコロナが始まって色んな規制がかかり出した時期だったが、
「コロナウィルスよ、お前は色んなものを中止に追い込んだが、おれの縄跳びへの情熱を止めることはできないぜ!」と意気揚々。早速跳んでみる。
 
一発目。「バチッ」「いて!」すぐひっかかってしまった。
「久しぶりだからな。さあ、気を取り直してもう一回、もう一回♪」
 
二発目。「バチッ!」「いて!!」数回跳んでまたすぐひっかかる。
「え? なんで?」
その後何度も挑戦したが跳んではすぐひっかかるの繰り返し。なんだが体も重し、バランスも全然取れない。最後には縄跳び自体が悪いんじゃないか? と物のせいにし始めた。
ムキになって結局1~2時間挑戦してみるがまるで跳べない。もう受け入れるしかない。
縄跳びができなくなっている……。
1,000円の縄跳び君が僕に向かって「な、おれのせいじゃなかったろ?」と、半笑いで言ってきたので往復ビンタしてやった。
 
悔しくなったので、その日からは気が向いたら縄跳びをするようになった。すると不思議なもので、あんなに跳べなかったのに1か月もするとかなり跳べるようになってきた。普通に前跳びが続けられるようになっただけでなく、前述したようないろんな跳び方できるようになり、それに伴って本当にセクシーコマンドーでのフットワークも良くなった。縄跳び君はもう何も言ってこない。やっぱり信じてやってみてよかった。いきなりやり始めたから一度肉離れ起こしたけど……。
 
それは気温が25℃くらいまで上がるようになり、夜でも運動をしていればかなりの汗をかくくらいになったある日のこと。
 
事件は起こった。
 
「縄跳びしに行こ」次の日仕事が休みだったので深夜0時過ぎくらいにそう思い、むくっと起き上がる。
僕は縄跳びを始めると、休憩しながら3時間くらい跳んでいることもある。絶対汗だくになるので、膝丈の妙な柄のステテコ、Tシャツ、300均で買ったクロックスのバッタモン、タオルという軽装備で縄跳びを持って部屋を出た。ステテコにポケットがなかったので鍵をマンションの入り口にある自分のポストに入れておく。
この時間帯なのでさすがに人もほとんど通らないから、そこまで迷惑をかけることもない。自宅マンション前で縄跳びをはじめると、案の定、すぐに汗をかいてきた。その日の夜は動いて汗をかいているくらいがちょうどいい程度の気温だったので快適だった。
 
どれくらい時間が経っただろうか。夜中の2~3時くらいにはなっているはずだ。汗だくになった僕は「そろそろ戻ろう」と何の疑問ももたず自宅マンションに入ろうとした。
 
その刹那、僕は血の気が引いた。
 
僕の住んでいるマンションの構造はオートロックの扉の内側にポストがありマンションの壁の外側にポストの投入口が貫通しているという構造になっている。簡単に言うとマンションの外からはポストに投入しかできない。取り出し口はオートロックの内側にしかない。
つまりオートロックの扉を開けないとさっきポストに入れた鍵が取り出せない。でも鍵には部屋のものと一緒にオートロック開閉用のものがつけてある。
オートロックを開ける鍵がオートロックの内側にある……。
つまり……この扉を開けることができない!中に入れない!!
 
一瞬、思考停止。にわかには現状を受け入れられなかった。どうしよう……。
 
目の前には鍵がなければ開かない大きな障害物。その前で一人途方に暮れる、縄跳びを持った、ステテコ、Tシャツ姿の汗だくのおっさん。
 
汗が乾けば冷えてきて、まだまだ時期的に夜は寒くなる。もちろん財布など持っていない。大家さんに連絡しようにもスマホもない。だいたい深夜3時に連絡などできない。助けも呼べない。焦りと不安と絶望がこみあげる。「おれ、自宅なのに遭難してしまった……」
泣きそうになった。何か手はないかと考えた末、自分の持っている縄跳びの持ち手の部分をマンション外側のポストの投入口から突っ込んで鍵を引っ張り出せないかと考えついた。
 
投入口に縄跳びの持ち手を突っ込む。なんとか鍵まで届いた。そのまま鍵をこっちにたぐりよせるが、なかなか取り出せない。体もだんだん冷えてきた。寒い。凍死する。何度も何度も繰り返すが一向に鍵は出てきてくれない。ふと左側を見てみると、思いきり監視カメラがこっちを向いている。もう完全な不審者である。
がんばれ、負けるな、ヤケクソだ!!
 
大人が半ベソかきながらもがいていた時、奇跡が起こった。
 
なんと、こんな時間帯にもかかわらず同じマンションの住人の方が外出先から帰ってきたのだ。
 
「あの~、すいません」
恐る恐る話しかける不審者。
 
「実は鍵をポストに入れたまま外に出てしまいまして、入れなくなってしまったんです。一緒に入ってもいいですか?」
 
「え! ポストにいれたまま出ちゃったんですか? いいですよ入りましょう。帰ってこようか迷ったけど帰ってきてよかった」
 
こうして僕は中に入ることができ、一命を取り留めた。たまたま同じ階に住んでいたその女性に僕はこう言った。
「あなたは僕の命の恩人です。忘れません。本当にありがとうございました」
 
あの時、あの女性が帰ってこなかったらと思うとゾッとする。しかもどう見ても不審な僕を住民と疑わず信用してくれたこと、「困っている人がいたから帰ってきてよかった」と言ってくれたことに心から感謝している。そして偶然の小さな奇跡に感謝しながら思う。
 
遭難は、もうこりごりだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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