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正夫さん、と母は呼ぶ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:南波 圭(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
美咲、ひより、しずく、しらべ、友禅、いろは、小春、旋律、一華、環、
 
ほとんど同じアングルの和ばらが一輪ずつ、整然と並ぶ写真に収まっている。
色や形は、少しづつ違い、それぞれに、名前がつけられていた。
スクロールする指は、並んだ写真を追う視線の邪魔にならないように慎重に動かす。
できるだけ派手じゃなくて、落ち着いていて、でも、美しいように。
 
ささやかというには豪華な、花束を見つける。
赤、ピンク、ヌードカラー、今の彼女に似合う色は何だろう?
結局、何色にしたんだっけ。
 
ドキュメンタリー番組が好きな私は、日本でオリジナルのバラの品種「和ばら」を作っている方の特集を見て、このサイトに辿り着いた。
バラはやっぱり海外原種のイメージがあったから、和ばらなんて知らなかった。
祖父から続くばら園の長年にわたって格闘した結果と知るや、勝手に応援したくなるもので、ポチる指も軽くなる。
 
どんな、香りがするのかな?
たびたび、このサイトにはお世話になっているが、自分のためにポチったことはない。
もし、自分に買うなら、「おへやで育てるばら」シリーズがいい。
そのタイトルどうり、根っこがついた苗を一本(苗は本と数えるそうな)、自分のへやで育てられる。
なかなかタイミングが合わずで、いまだ手に入らない。
ただ、正直、売り切れの文字を見てほっとする自分もいる。
 
私は、どうにも、植物を枯らす。
だから、もし、ちゃんと育てたいと思うなら、母に相談した方が得策だ。
実家には、母が面倒を見る、庭がある。
今では一人で暮らすその家の庭を、よく歩き回っている。
当然、私より、バラの育て方を、知っているだろう。
母に教えてもらう、という選択肢は頭に浮かぶが、実際にそれを選ぶだろうか。
そんなこともいちいち考えてしまうのが、今の私と母との距離なのだ。
記憶より、ずっと小さくなっていく母を、なかなか直視できない私。
なぜ、もっと、戦ってくれないのか。
いつもあっけらかんと笑っていたではないか。
 
彼女の姿は、いつかの私だ。だから余計に腹立たしい。
 
母は父のことを「正夫さん」とよんだ。
 
小学校に頃がった時だったと思う。
同級生の真似をして、「パパ」「ママ」とよんだら、父から宣言されたことがある。
 
「我が家では、お父さん、お母さん、と呼びなさい。他は認めません」
 
私と二個下の弟を呼んで、その前ではっきりといった。
よく正座させられていたから、その時もそうだったかもしれない。
「パパ」「ママ」の封印式。
こういう時の父の言葉は、うちの中では絶対だ。母は何も言わない。
それ以降、呼ぶことは許されなかった。
 
しかし、封印は、突如、開かれる。
私とは10歳離れた、妹が生まれた。
彼女のそばに、私と弟は集められ、またしても父から宣言される。
 
「この子には、パパ、ママ、と呼んでもらいます」
 
驚愕の出来事。
権力って、なんでもありだ。
後で聞いたら、そう呼ばれてみたくなったそうな。
なしくずし的に、私や弟にも「パパ」「ママ」が採用されて、今に至る。
それくらい、父は呼び名にこだわった。
 
そして、その父を、母は「正夫さん」と呼ぶ。
父は「博子」と。
それをちゃんと私が認識したのは、妹が上京してきて、二人暮らしにもだいぶ慣れてからのこと。
たびたび両親は、ピンクだらけの妹の部屋に泊まった。
 
ある時、うちにやってきた母の腕には、真っ白の三角巾。
花火を見に行って、こけて骨折したらしい。
私は何もできないくせに、歳なのだから注意してなどと、長女らしい小言を行って、自分の部屋に戻る。
妹のピンクの部屋に両親、私の部屋に妹と私。
もちろん私の部屋の扉は閉めるけれど、ピンクの部屋は開いたまま。
いくら閉めてと言っても「あんたたちの気配が知りたい」と、そのままだった。
 
次の日、顔を洗いに部屋を出ると、空いた扉から二人の声が聞こえる。
 
「正夫さん、留めて」
母の、ちょっと甘えた声。
「こっち向けて」
「うん」
 
着替えているのだろうか? 何となく、しのび足。
何歩か足を進めると、ピンクの部屋の中が見える。
 
母が、肌色の背中を、父に向けていた。
そして、母の白いブラジャーのホックを留めようとする、父の腕。
父は、不器用ではあったけれど、手が動かせない母の代わりに、なんの躊躇もなく、その作業を引き受けていた。
 
三人の子供たちがいなくなった、実家で二人、助け合いながら暮らす「父」と「母」の姿を見た気がした。
結婚って、こういうことなんだ。
現実的な結婚のイメージが、急に湧いた。
 
同時に、母の「正夫さん」という音が耳に残った。
そういえば、いつも、そう呼んでいたと思う。
わかっていたけど、当たり前過ぎて、全然意識していなかった。
人間の脳みそは、見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないらしいから、本当に都合がいい。
きっと私も「お父さん」「お母さん」以外の彼らの姿を見ていなかったのだろう。
ピンクの部屋から聞こえる、母のちょっと甘えた「正夫さん」という響きが、私の知らない二人の姿を連想させた。
 
意識しだすと気になるもので、まあよく「パパ」と呼ばないものだと、母に感心した。
私たち兄弟にしたようの、父と母の間にも、何か宣言があったのか?
それとも、二つ年上の、母の父に対する配慮なのか?
 
その父が、数年前に病床に倒れ、今は、家を離れて暮らしている。
目は開けるものの、父が母を「博子」と呼ぶことは、多分もうない。
母は、めっきり、小さくなった。
ちょっと不安定になっていた時期もある。
当時は、様々な対応に追われる日々で、私も必死だった。
それにコロナが重なった。
どうにかしなければと思いつつ、母との距離は少しづつ開いていった。
 
「おへやで育てるばら」を見るたび、母のことが頭に浮かぶ。
あんなに〇〇じゃなかったのに。
最初はそんなことをいくつも上げ、どうしてあんな風になってしまうのか、苛立ちを隠せなかった。
でもいい加減わかってる。そんなことは、簡単だ。
父がいないからだ。
母は父ともっと一緒にいたかったのだ。
 
「ここで待ってて」雨の中父が傘も持たずに車まで走っていくと、「正夫さんって、ああいうところあるのよね」って母がちょっと自慢気に口角をあげたこと。
年末には、手が痛いと文句を言いながら、父の好きな松前漬けのスルメや昆布を切っていたこと。
晩酌用のあては、父だけの特別料理。エコ贔屓の賜物だ。だから、父からこっそり「内緒だぞ」って分けてもらったこと。枝豆の塩気加減は、これで覚えた。
「正夫さん」と呼んだ全部を、彼女は今、ちょっとづつ宝物のように磨いているのだ。
そして、その中には、きっと私もいるだろう。
 
ああ、彼女は幸せだったのだ。
だからこんなにも消え入りそうになっている。
女性として、素直に羨ましいと思った。
 
彼女の姿は、いつかの私。
久しぶりにゆるやかな気持ちになる。
この両親でよかった。
 
今回も、「おへやで育てるばら」はダメだった。
だけど、小さな花束をポチることにした。
4月の末の配送日時を選び、母が覚えたてのラインに、理由を告げずにその日は家にいてとおくる。
母の日、当日になんてまだ送れない。
この和バラの意味を、母が素知らぬ顔で、受け取ってくれたらいい。
そして、今度会えたら、どんな香りだったか聞いてみよう。
なんで「正夫さん」と呼ぶのかも。
 
お母さん、ありがとう。
 
 
 
 
***
 
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