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あなたって人をムカつかせる天才よね


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「俺と付き合いたいとか、自分の顔を鏡で見てから言ってくんないかな、とかぁ」
「お前と一緒に外歩くの、マジ恥ずかしい無理、とかぁ」
「……冗談のトーンでなくて、普通に、面と向かって言われましたよ、イケメンに」
 
ギャグかと思った。
 
いや絶対にギャグでしょう? と思った。
 
自分の顔を鏡で見てから言って?
一緒に外歩くの、マジ恥ずかしい無理?
 
こんな殺傷能力の高い、日本刀(真剣)のような物騒なフレーズを、銃刀法の整備された日本で使う人間なんて、まずいないでしょう。
 
いるはずが、ないでしょう。
 
いくらイケメンだからと言って、日本刀を振り回して、片っ端から他人の心を斬って良いわけが、ないでしょう。
 
それも、好意を寄せてくれる人の心を。
 
百歩譲って、こんな物騒な日本刀フレーズを口にするとしても、それはあくまでフリであって、その後に笑いを誘うオチが、あってしかるべきでしょう。
 
「……って、いまのイケメンっぽいセリフだったでしょ! ぎゃはははは」
「……って、俺も自分の顔、鏡で見てなかったわ! ぎゃはははは」
 
真剣と見せかけて、実は模造刀でした! おもちゃの刀でした! 残念! みたいな、そんなオチが……(ウケるかどうかは別として)大人のマナーとして、あってしかるべきでしょう。
 
稀代の天才落語家、故・桂枝雀いうところの「緊張の緩和」理論ではないが、日本刀かも? と緊張させておいて、いざ抜いてみたら、ジャーン、可愛いらしい花束でした! というマジックショウみたいな緩和があるからこそ、笑いが起こるのでしょう。
 
が、現実はそう甘くはなかった。
 
へらへら笑ってる場合ではなかったし、私が世間知らずのお人好しなだけであった。
 
というのも、その女性がフリだのオチだの、そして笑いだのを、一切否定したからだ。
 
「冗談? いや、マジですよ。ウケ狙いとかじゃなくて。相手、真顔でしたし」
 
私は黙るしかなかった。
 
世の中には、私のように、常におもちゃの刀だの、花束ジャーンだので生きている人間ばかりじゃないんだ、むき出しの日本刀で生きている人間もいるんだ、と思った。
 
酒場での話だ。
 
馴染みの飲み屋で常連同士、これまでの恋愛遍歴を(お互い差し支えない範囲で)披露し合っていた時のことだ。
 
「派手にフラれたこととか、あります?」
 
誰かが場に放ったこの質問をきっかけに、ひとりの女性が、過日、イケメンに派手にフラれた苦い思い出を話してくれたのだった。
 
歳の頃30代半ば、その細い眉と薄い唇から、気が強い印象を醸し出していたクールビューティーな彼女は、酒を片手に半ばやけくそに言い放った。
 
「びっくりするくらいの、誰がどう見ても、超が付くイケメンだったんですよっ」
 
ほろ酔い半分、悔しさ半分、泣き笑いの表情で、彼女は当時を思い出しているようだった。
 
「普段そんなこと絶対にしないんですけど、思い切って告白したんです。そしたら……冗談のトーンでなくて、普通に、面と向かって言われましたよ、イケメンに」
 
その話の中で、彼女の口から出てきたのが、これら日本刀フレーズなのであった。
 
自分の顔を鏡で見てから言って(バッサリ)。
一緒に外歩くの、マジ恥ずかしい無理(バッサリ)。
 
イケメンが真顔で日本刀を振りかざし、何の躊躇もなくバッサバッサと彼女を斬りつけている残酷なシーンが頭に浮かんだ。
 
知られざる世界を垣間見た気がした。
真剣に生きるとは、残酷でもあるんだな、と思った。
 
そして時に言葉は、人を殺してしまうほどの力を持っているよなぁ、と改めて思った。
 
と、その時である。
 
「あっ」と思い出したのであった。
 
そういえば私にも、殺されたとまでは言えないまでも、ずっと心に突き刺さっている言葉があったことを。
 
それは過日、私がお付き合いをしていた、とある女性に言われたひと言だった。
 
「あなたって人をムカつかせる天才よね」
  
一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。
それでもフリだと思ったのんきな私は、お人好しにも、笑顔でずっとオチを待っていた。
 
が、一向にオチらしき次のフレーズは聞こえてこなかった。
 
「ギャフン!」
 
言葉にすると、そんな表情をしていたように思う。
 
しばらくして、彼女は私の元を去った。
 
彼女が去った後も「人をムカつかせる天才」という言葉だけは私の心にギャフン! と突き刺さったままになった。
 
小学生の頃、教室の壁に、なぜか無数の画びょうが深く刺さったままになっていたことを覚えている。
 
「画びょうが中でサビて、抜けなくなってるんだよねぇ」
 
担任の先生はそう教えてくれた。
もしかしたらあの画びょうは、今も母校の教室に深く刺さったままなのかもしれない。
 
私にとって「人をムカつかせる天才」は、あの深く刺さった画びょうだった。
 
ふとしたきっかけで、その姿形を思い出し、チクリと私の心を刺す。
時が経てば経つほどサビついて、抜こうにも抜けなくなる。
 
「あなたって人をムカつかせる天才よね」とは、私にとってそんな言葉だったのだ。
 
思えば、当時の私は大学生で、彼女は社会人。
 
一日の過ごし方も違えば、時間の感覚も違った。
目の前で起こる現実や、将来に対する展望もまるっきり違った。
 
当時の私は、大学にはほとんど顔を出さず、自主映画制作と酒場を主な活動領域としていた関係上、どこからどうみてもザ・モラトリアムな人間で、今以上に、おもちゃの刀だの花束ジャーンだので生きていたように思う。
 
目の前の現実に真剣に向き合おうとしない、ふざけきった人間だったのだ。
 
「あなたって人をムカつかせる天才よね」
  
今なら彼女の気持ちも良く分かる。
 
クールビューティーな彼女が発した物騒な日本刀フレーズから、私は図らずも、私の心に深く刺さったままになっていた画びょうの姿形を、ありありと思い出していたのであった。
 
そんな時だった。
 
「で、光山さんは! ないんですか! 派手にフラれたこととか! ねぇ!」
 
だんまりを決め込んでいた私に、クールビューティーな彼女が酔いに任せて言い放った。
 
日本刀で斬られた経験のある彼女から、藪から棒にそう問われ、私はなぜか対抗心に火が付いた。
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画びょうには画びょうなりの、地味な意地があったのかもしれない。
無論、単に酔っていただけなのかもしれない。
 
考えるより先に、思わず叫んでいた。
  
「そりゃあ、ありますよ! あなた天才ね! って言われたことが!」
 
言った瞬間「しまった」と思った。
 
フリもなく、いきなりオチを言ってしまった、と思った。
いきなり花束を見せてしまった、そんな感覚だった。
日本刀(緊張)という前提のない、唐突な花束(緩和)を。
 
それはもうマジックショウどころか、緩和でさえもない、単なる酔狂だった。
 
「は? 天才? コイツなに言ってんの?」
 
案の定、彼女の顔にはデカデカとそう書かれてあった。
 
私は、私にしか見えない花束を手に、あたふたと、あるはずのない元鞘を必死で探す、間抜けなマジシャンそのものだった。
 
クールビューティーな彼女の、スーパークールな視線が痛かった。
 
そして、心に誓った。
 
日本刀も花束も、そして画びょうも、その使い方は、絶対にこれを間違えてはいけない、と。
 
 
 
 
***
 
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