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しあわせの重さ ―基次郎の檸檬、我が子の足―


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:平井 理心(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
湯気がたっている。甘い匂いをまといながら。
艶っている。一粒一粒が美しさを競っているかのように。
 
日本のお米は美味しい。何千杯、何万杯食べても飽きない美味しさ。それをもっと美味しくする方法を、私は知っている。それは、お茶碗。色は薄黒。そして、ある程度の重さ。そう、手にしっくりと収まる重さ。そんなお茶碗でいただくお米は、頗る美味しい。
 
私のこの感覚は、あながち間違いではないらしかった。あるおじいちゃんが言っていたのだ。「年寄りになると、家族が軽い食器を持たせるようになったんだ。力が弱くなったことを気遣ってくれているんだけど……ここでもさ、軽い割れない器だろ。わかるけどさぁ……でもなぁ、やっぱり飯はしっかりした茶碗で食べたいんだよ。その方が、うまいんだよなぁ」
私はこのお話を病院の患者相談室でうかがった。おじいちゃんの細い腕からは点滴が伸びていた。
 
そんなおじいちゃんの言葉を思い返しながら、しっかりしたお茶碗でご飯をいただく。お茶碗が空になっても、重さが残る。美味しさの残存を感じる。すると、「しあわせだなぁ」という言葉が、こぼれた。
 
不意に、梶井基次郎の『檸檬』が思い浮かんだ。あの、さわやかで、すっぱい、鮮やかな色が脳裏に広がった。
主人公が果物店で買った「珍しい檸檬」は、患った主人公にとって「冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりした」ものであった。主人公は檸檬をいろいろなやり方で持ってみて、こう思う。
「―――つまりはこの重さなんだな。―――」
そして「なにがさて私は幸福だった」と。
 
そう、しあわせにはしっくりとくる重さがある。
 
あなたの「しあわせの重さ」は何ですか?
 
例えば、本の重さ。私は本を買った時、まず、その本をながめる。掌に乗せる。その本を上下左右に揺らしながら、本の重さを確かめる。どんなことが書いているんだろう、どんな事柄に出会えるんだろうと期待が膨らむ。そして、ページを開く。読み進め、本を理解できるようになると、いつしか本の重さがしっくりと手になじんでくる。なんだか、本と一体化している感覚がそこにある。このように本を読むことに没入する時、私はしあわせだ。
 
「重さ」には、2種類あると思う。ひとつは、これまで話してきたような、お茶碗、檸檬、本といった、物体に働く重力の大きさ。そして、もう一つは、無形物に働く心の度合い。
 
例えば、家族の重さ。親子間、夫婦間のそれぞれの干渉などには心が動き、重さを感じる。
臨床心理士の信田さよ子さんの著書『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』『母からの解放』などには重すぎる母娘の関係性が描かれている。それらを読んでいるだけで、こちらも辛くなり、心臓が重くなる。
かといって、重さから解放された関係性や重みがない関係性も不安が募る。私も臨床心理士なのだが、「子どもが結婚して家を出てしまって、私のやることがなくなったのです」といった悩み、いわゆる“空の巣症候群”や「夫と数か月も会話がない」「夫婦の営みがない」といった夫婦の悩み相談も多く承る。
 
どうやら、家族、親子、夫婦といった関係性には、重すぎず、軽すぎない重さが必要らしい。そのしっくりとくる重さは、その関係性それぞれにあり、創り上げていくものだと思う。
 
我が家の話で恐縮だが、私には息子と娘がいる。母子家庭であり、私は夜遅くまで働いていた。なかなか子どもたちと一緒にいる時間がとれなかった。子どもたちは思春期であり、このままでは希薄な重みのない親子関係になりかねなかった。私は、短い時間でもしっかり心をつなぐようなことがしたかった。そこで、毎晩、子どもたちに足裏マッサージをすることにした。
 
私の膝の上に、子どもの片足を乗せる。片足分の重さが私にかかる。片足ずつ丁寧に足裏をほぐしていく。
「ここは頭のツボだよ。凝ってるねぇ。勉強たくさんしたんだ」
「ここ痛い? 胃のツボなんだけど、何かストレスあるの?」
こういった私の問いかけに、子どもたちは「あのね……」と、学校のこと、友達のこと、悩み事などを話してくれた。中学生・高校生の多感な時期、親と面と向かっては話しにくいものだ。でも、足裏マッサージの痛気持ちいい感覚と、子どもの片足分の距離が話しやすさを演出してくれていた。30分程度の短い時間だったが、子どもたちはとても楽しみにしてくれた。私もいろいろ話がきけて嬉しかった。
 
また、親子げんかした日でも、お風呂上がりに「足、やってくれる?」と、子どもたちは言ってくれた。私が疲れている時でも、遠慮せず「足、やって」と、言ってくれた。ずっと我慢をさせてしまう家庭環境であったが、足裏マッサージについては、子どもたちは躊躇せず甘えてくれた。私は、本当に嬉しかった。
 
私たちは、1日にたった30分しか語り合えない親子であった。しかし、されど30分。それは、私たち親子にとって、しっくりとした重さの関係性を創り上げる時間であった。
このように、我が家がしあわせを感じる関係性を創り上げていた時、私の膝の上には我が子の足が乗っていた。しっくりと私の膝に収まっていた。
そう、私にとって家族にまつわるしあわせの重さは、我が子の足の重さであった。
 
あなたの「しあわせの重さ」は何ですか? それは、どんな重さですか?
 
 
 
 
***
 
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