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あなたの電話の声はどうですか


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
40歳を過ぎて、転職回数がもう片手では数えきれないくらいになった。
主に人材サービス業や採用業務をメインに従事していた私にとって、違う業種への転職することは、一種の「人物観察図鑑」が一冊ずつ増えるようなものである。
「うそでしょ!? 令和の時代にこんなことやっている人がいるわけ?」
と戸惑ったこともあれば、
「おおっ!さすが、IT関連の企業だとこれほど業務を簡素化できる人がいるのか!」
と思わず拍手を送りたくなってしまうこともあった。
 
ただ、すべての「人物観察図鑑」に共通しているのは、電話応対がきちんとできる20代から30代が極端に少ないということである。
2000年代が始まってから一気に広まった携帯電話のおかげで、私たちの生活は飛躍的に便利になった。
いつでもどこでも連絡を取ることができるし、電話帳に登録している人がかけてくるので、相手がわかって通話でき、ムダもない。
しかし、自宅の固定電話の場合はどうだろう?
電話に出てみると、あまり話したことがない近所の方だったり、両親の元同僚だったり、会うことが少ない親戚だったりする。
はたまた、いきなり「〇〇にご興味はありませんか?」とまったく知らない人にモノを売りつけられそうになったことがある方も多いはずだ。
 
私は幼い頃から、電話応対だけは口を酸っぱくして教えられてきた。
「はい、田盛でございます」
「少々、お待ちくださいませ」
こう言わないと、母親からの教育的指導が入ったものである。
どうやら母が勤めていた会社には電話応対に厳しい上司がいたようで、退職後も身についていたのである。また、銀行や役所などお堅い取引先とのやりとりが多かったことも関係しているかもしれない。
 
母親のおかげで電話応対はきっと大丈夫と思ったのが甘かった。
社会人1年目にして、早くもめげそうになった。相手の話すスピードについていけなくて、聞き取れないのである。
会社名も担当者もわからず、「すみません、もう一度よろしいでしょうか」と聞き返したことは数知れず。それまでの自信が崩れていくのが目に見えてわかった。
「しっかりとメモを取りながら聞いてね」と勤続5年目の先輩に半分呆れられながら、何度も電話対応に苦慮する中で少しずつ慣れてきたのである。そうすると、次第に電話に出ることが苦でなくなった。
「はい、〇〇でございますね。少々お待ちくださいませ」と、笑顔でゆっくりと返せるようになった私に、先輩はにっこりと笑ってくれた。
「やっと慣れたね。やればできるじゃない」
そう、慣れてしまえばいいのである。でも、慣れるだけではよくないことを私は、他人を通して学ぶことになる。
 
それは、40歳手前の転職先でのことだった。
当時、同じチームで働いていたのはひと回り下の男性だった。仮にAくんとしよう。
彼は役職の高い相手に対しての敬語は使えるのだが、取引先や電話越しの他支店の上司に対しての態度はなぜか高圧的だったのである。
基本的に、会社の電話は内線と外線でコール音が異なることが多い。
別の電話に出ていた私の隣で、そのAくんはいきなり「はい、Aですけど」と言った。
ひいいいっ! 社名は? 部署名は? 受話器を持ったまま私はドキドキした。
「え? 今、電話中ですけど……」とチラリと私を見て明らかに不機嫌そうな声で答えた。
自分の仕事が電話で中断されたことが気に食わないようだった。しかも肘をついて。
ちょっとやめてー! っていうか電話の相手誰よー! そんなに嫌な人なの?
隣で聞いている私の脇汗がハンパない。まずい、早く代わってあげないと相手が怒りそうだ。
ちょうどいいタイミングで私の用件が終わったので、「代わって!」とAくんに指と目で合図をした。気づいた彼は投げるように言った。
「あ、電話終わったんで。代わるっす」
冬なのに両脇が滝汗である。いっそのこと、今すぐこのシャツを着替えたいと思った。
「大変お待たせいたしました!」
私が努めて明るく電話に出ると、なんと他支店の支店長ではないか!
「田盛さん、お疲れさま。ねぇ、Aくん今日機嫌悪いの? 俺、彼に何かしたかなぁ?」と支店長は不安そうな声で私に聞いてきた。
「いえいえ、とんでもないです。こちらのせいです。誠に申し訳ありません!」
ただただ謝るしかなかった。それと同時にAくんへの怒りのあまり、デスクの下で薬指の爪が食い込みそうなほど右手の拳を握っている自分がいた。
「そっか、ならいいけど。田盛さんも大変だね……」
支店長は同情してくれたものの、それ以来、私に用件がある時は、チャット機能で直接送ってくるようになった。
その場でAくんを注意できなかったことと、その件以来、支店長がAくんを避けるようになったことは、私にも責任があると今でも悔やんでいる。
 
電話応対で怖いのは、見えなくてもその様子が声を通して相手に伝わっていることだ。
肘をついたり、ズボンのポケットに手を入れて話していると、不思議と高圧的な声が出ていることは実は本人が一番気づいていない。無表情で電話に出る場合も同様である。
私はAくんが反面教師になったことで改めて学ばせてもらった。
顔が見えないからこそ、いつもより気持ちを込めてみるといい。
声だけだからこそ、ほんの少しだけトーンを上げてみるといい。
聞き手がわかるように、ゆっくりと丁寧に話すこと。
それが、その人の価値を想像以上に高めるものでもあり、安心感を与えるものなのである。
私も人柄が伝わる話し方ができるような人間でありたいとこの歳になって思っている。
あなたの電話の声は、どうですか?
 
 
 
 
***
 
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