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この1年、電気メーターがずっと気になっていた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:深谷百合子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
去年の春のことだ。帰宅して玄関のドアの鍵をあける時、ポーチに置いてあるサボテンの鉢の中に枯れ草が数本落ちているのに気がついた。翌日も、その翌日も新たな枯れ草が落ちている。
 
「なんでこんな所に枯れ草が落ちているんだろう」
 
ふと見上げると、玄関の脇に取り付けてある電気メーターが、鳥のフンで汚れていた。そうか。メーターの上で鳥が羽休めをしていたのか。枯れ草も、その鳥が運んで来たに違いない。
「すぐ近くに大きな木は何本もあるのに、わざわざメーターの上で休まなくても……」
フンで汚れたメーターや、玄関ポーチを掃除しながら、私はそう思っていた。
 
それから数日後、朝玄関の扉を開けるたび、2羽のスズメが近くの電線や木の上から「ジジジジジ」と激しく鳴くようになった。どうやら私は威嚇されているらしい。外出先から家に戻る時もそうだ。私が玄関に近づくと、警戒心をむき出しにしてくる。「どこか近くに巣があるのかな」と見渡してみる。でも、それらしいものはどこにも見当たらなかった。
 
ある日、外出から帰宅して玄関の前で鍵を取り出していると、スズメが電気メーターの隙間から慌てたように飛び出していった。隙間からは枯れ草が1本はみ出していた。まさかと思ったが、懐中電灯と脚立を取り出してきて、メーターの中を覗いてみた。隙間が狭すぎて中がよく見えない。そこで、スマホをメーターの隙間に差し込んで写真を撮ってみた。すると、大量の枯れ草と羽毛が写っていた。
 
ネットで調べてみると、電気メーターの中にスズメが巣をつくるのはよくあることらしい。しばらく前、急にメーターが「キュキュキュキュキュ」と変な音を立てていた時があった。ひょっとして、あれはヒナの鳴き声だったのかもしれない。にわかに好奇心が湧いてきた。スズメは年に複数回繁殖を繰り返すらしい。いずれヒナを観察できる日も来るだろうと期待した。
 
スズメは猛禽類やヘビなどの天敵に襲われないよう、人の住む近くに巣をつくるという。確かに、こんなに出入りの多い場所、しかも電気メーターの狭い隙間につくられた巣に、天敵は近寄ってこないだろう。そうは言っても、私がドアを開け閉めするたびに、慌てて飛び出すスズメを見ていると、そっちの方が心臓に悪いのでは? と思ってしまう。
 
その後、何度かスズメが出入りしているのは見かけたが、ヒナが生まれた様子もなく、冬が来て、年が明けた。
 
今年の3月、また枯れ草や薄いセロファンの破片がポーチに散らかるようになった。玄関を開けると、電気メーターからスズメが勢いよく飛び出すこともあった。
「やった。今年も来た!」
私は自分がスズメに信頼されているようで嬉しかった。いそいそとポーチを掃除しながら、今年こそはヒナの姿を見たいと思っていた。
 
ところがだ。アパートの管理会社から外壁塗装の工事をするという通知があった。数日後、足場を組む作業が始まった。こんなに騒々しくてはスズメも近寄れまい。せっかくいいところだったのに、台無しである。おまけに、塗装の養生で、電気メーターは本体ごとビニールで覆われてしまった。スズメの巣の入口が完全に塞がれてしまったのだ。
 
これはマズイ。せっかく卵を産んでいても、温めることができないじゃないか。それにもし、もうヒナがかえっていたらどうするのだ? 親がエサを運んできても食べさせることができない。親スズメはさぞかし戸惑っているに違いない。しっかりとビニールで覆われたメーターを見るたび、「ごめんよ」と心の中で謝っていた。
 
1ヶ月ほどで塗装工事は終わった。メーターの養生も外れ、元通りになった。けれども、スズメは戻ってこなかった。近くの木にいるのは何度か見かけたが、以前のようにメーターに枯れ草を運んでいる形跡はなかった。もうケチのついた巣には戻らないつもりなのか。寂しかった。それ以上に、メーター内にヒナの亡骸があるのではないかと思うと、気になって仕方がなかった。
 
先日、帰宅して郵便ポストを見ると1通のハガキが入っていた。電力会社からだ。「電気メーターの取り替え工事のお知らせ」とある。スマートメーターに取替える工事だ。今までの、円盤がグルグル回っているタイプのメーターから、デジタルのメーターに変える工事である。「工事予定日は1か月以内をめどに実施する」とある。これはメーター内部を確認できるチャンスだ。
 
早速ハガキに書かれた連絡先に電話をする。不在でも工事はできると書かれているのに、問合せをするなんて、変な人だと思われそうだ。「ポーチに置いてある鉢を事前に片付けておきたいから」とか、色々な言い訳を考えながら工事予定日を聞き出す。
 
「お客様のメーターは、明日午前中に取替える予定です」
「明日ですか。ちなみに、日にちを変更して頂くことは可能ですか?」
「つまり、お立ち会いをご希望ということでよろしいでしょうか?」
「あ、はい。取替えるところを見たいと思って……」
「承知しました。それでは次の水曜日の午前はいかがでしょうか?」
「ありがとうございます! ではその日によろしくお願いします」
 
小躍りしたい気分で電話を切った。そして迎えた交換の日。朝からそわそわしていると、10時頃に業者さんがやって来た。
 
「たぶん、中に鳥の巣があるんです。それで見てみたいと思って」
私は、メーターのカバーを外す作業をしている業者さんに声をかけた。
「確かに、ありそうですね」
業者さんがゆっくりとカバーを開ける。すると、細かなホコリや枯れ草がぱぁっと舞った。思った以上にギッシリと枯れ草が円形状に詰まっていた。外したカバーに巣を受け止めて下へおろす。見たところ何もない。ドライバーで巣をほぐしながら中をよく確認する。枯れ草や羽毛があるだけだ。
 
よかった。ヒナはかえっていなかったんだ。空っぽの巣を木の根元に置き、軽く手を合わせた。
 
メーターの交換をし終えると
「これくらいの隙間だったら、また入るかもしれませんね」
と業者さんが声をかけてきた。テープなどで塞ぐことを勧められたが、私はまたスズメが来てくれないかとひそかに期待している。
 
環境省の調査によると、1990年代と比べてスズメの数は減っているそうだ。田畑が少なくなり、餌が減ったことや、木造の建物が減り、隙間の無い建物が増えて巣をつくりにくくなったことも原因のひとつだ。そんな環境の変化がある中で、スズメはスズメで知恵を絞っているのだろう。電気メーター内の巣は、そんな彼らの「生きる知恵」を象徴するように見えた。
 
 
 
 
***
 
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2022-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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