メディアグランプリ

届いているかもわからない手紙を10年以上送り続ける理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:堤 優衣(ライティング大全・独学フルセット)
 
 
新しい月に入ると、私は祖母へ手紙を書く。
それは恐ろしく作業的なもので、「手紙」という言葉から連想される温かみはどこにもない。今月の手紙も、季節の知らせと祖母の様子を伺う文章で始まった。
 
「8月になりました。外ではセミが鳴いていて、ぐったりしてしまうほどの暑さです。お元気ですか」
 
マニュアルがあるのかとでもいうほど、毎月同じような文面の手紙を送り続けて、もう10年以上が経つ。返事がきたことは一度もない。
 
祖母は、私が小学生の頃から入院しており、記憶に残る思い出はあまりない。
病院が遠いことを言い訳に、お見舞いにもほとんどついて行かなかったし、それが私の日常だった。
 
中学2年生になったある日、祖母のボケが進行してきているからと、母に連れられて、珍しく私もお見舞いについていった。
 
私はこの病院が少し苦手だった。
急に話しかけてくるおじさんがいたり、ぼーっとテレビを見ているのか、見ていないのかわからない人がいたり、じーっと物珍しそうに私のことを凝視してくる人がいたからだ。
 
面会の受付を終え、しばらくして、待合室に現れた祖母は、私がかすかに記憶している祖母ではなく、痩せていて、少し震えていて、そして随分歳をとっていた。
 
「おばあちゃんがもっとおばあちゃんになった」とか子供っぽい感想を持った気がする。
 
近くのコンビニで買ってきたプリンを一緒に食べたが、話すことも特になく、黙々と食べた。慣れない環境に居心地が悪く、早くお家に帰りたかった。
 
「ゆいちゃん、大きくなったねぇ。今、何年生なの?」
 
「中学2年だよ」(当時反抗期だった私はそっけなかった)
 
「そんなまさか。嘘は良くないよ。小学生でしょ?」
 
祖母は相当ボケていた。
 
帰り際、よろついた足取りで病院の玄関までお見送りをしてくれた祖母は、耳を疑うような言葉を私に放つ。
 
「ゆいちゃん、今日はわざわざきてくれてありがとう。
おばあちゃん、こんなに幸せな時間、いつぶりかしら」
 
そう言って、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして私に微笑んできた。
 
「幸せ?」
 
と思わず聞き返しそうになった。
この時初めて祖母ときちんと目があったことに気がついた。
 
たった1時間、コンビニのプリンを黙って一緒に食べただけの時間を祖母が幸せと言ったことが衝撃で、胸をぎゅっと誰かに掴まれた感じがした。
 
車に戻るやいなや、私は大声で泣き出した。
 
「お母さん、どうしよう。私何もしてないのに、おばあちゃんに幸せって言われた!」
 
後ろに座っていた、まだ小学生の弟もなぜか泣いていた。弟にもおばあちゃんのセリフが聞こえていたのだろうか。そして私と同じ意味の涙を流しているのだろうか。
 
そもそもこの涙の意味が理解できなかった。
悔しさ、後悔、同情、その一言で表現できるものではなく、かといって、その全てを混ぜても何かが足りない。まだ子供だった私にとって、向き合いたくない感情だったことには間違いない。
 
しばらく経っても、何かとんでもない罪を犯しているような気持ちはぬぐえず、私はその気持ちを少しでも消すために、手紙を書くことに決めた。
遠い病院に通う手段がなくても、手紙であれば毎月どこからでも書けるからという言い訳と、手紙を書くという行為自体が温かみを感じられると思ったからだ。
 
私が送る手紙には、最近の出来事を、おばあちゃんが混乱しないレベルの内容で綴る。
 
私が実家を出て関西の大学に進学したこととか、お兄ちゃんが最近結婚したこととか、そういうことは書かない。
 
ただ、私は元気で、おばあちゃんも元気でいてねとかそういう内容のものだ。
 
初めて、1通目を送った時、もしかしたら返事が来るかもという気持ちがあったが、しばらくしても返事はなかった。そういえば、返事が来るのが怖くて、差出人に住所を書かなかったことをあとで思い出した。
 
本当に手紙が届いているか不安だったが、それを確かめることもしなかった。届いていないなら届いていなくてもいいやと思っていた。
 
それから10年以上が経つ。
 
1年で12通の手紙が届くので、無事に全ての手紙が届いていれば、おそらく120通以上の便箋が、祖母の部屋にあるのだろう。
 
便箋でいっぱいの病室を想像しながら、120通なら溢れるほどの量ではないかと冷静な気持ちで現実に戻る。そもそも文字をまだ読めるのだろうか。10年も経つと、そんなことはどうでもよくなっていた。
 
新しい月に入ると、おばあちゃんに手紙を書かなきゃという気持ちになる。
ワクワクした感じでもないし、めんどくさいわけでもなく、ただ、書かなきゃ、そうじゃないとこの月が始まらないという感じ。
 
そろそろ会いに行こうか。
もう子供じゃないんだし、行こうと思えば1人でも会いに行けるはずだ。
 
そう思いながら今月も、病院には向かわず、私は届いているかもわからない手紙を綴っている。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



関連記事