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星の子からのメッセージ

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:今村真緒(ライティング・ゼミNEO)
 
 
まさか、本当にそんなことがあるのかと驚いた。
なぜなら、私と3歳違いの妹は40代後半だ。小学生になるたったひとりの姪っ子を高齢出産で産んだから年齢的にも2人目は望めないと言っていたはずなのに、この期に及んで妊娠したというのだ。今度は、高齢どころか超高齢出産をすることになる。
 
素直に喜びたい気持ちと同時に、妹の体が心配になった。高齢になるほど、若くして出産する人よりも様々なリスクがつきものだからだ。
一人っ子の姪はきょうだいができると大喜びしているという。どうか無事に産まれてほしい。妊娠生活をつつがなく過ごせますように。心からそう思った。
でも予期せぬ妊娠に動揺しながらも嬉しそうな妹を見ると、少しだけ心がざわついた。2人目が欲しくて40代半ばまで不妊治療をしていた私には、自然に妊娠できた妹がちょっぴり羨ましかったのだ。
 
家への帰り道、ふと、クロゼットの奥に眠っているベビー服を思い出した。
当時不妊治療を繰り返していた私が、後輩の出産祝いを買いに行った時のことだ。
売り場を眺めていると、あるベビー服が目に飛び込んできた。着心地が良さそうで私好みのデザインだった。後輩のお祝いだけ買って帰ろうとしたけれど、どうしてもそのベビー服が頭から離れなかった。駐車場まで降りて来ていたのに売り場に逆戻りした私は、妊娠もしていないのに半ばゲン担ぎのような気持ちでそのベビー服を買ってしまった。私はこっそりクロゼットの奥にベビー服をしまった。夫や娘に言うと、まだ授かってもいないのにフライングだと笑われそうな気がしたからだ。
 
その頃の私は、なんとか2人目を授かりたくて焦っていた。不妊治療は、出口の見えないトンネルのようなものだった。いくら努力しても頑張っても、報われる保証がないのだ。けれど、自分にできることは何でもやろうと思った。きょうだいを欲しがっている娘が喜ぶ顔を、どうしても見たかったのだ。治療中は妊娠に差しさわりがあると困ると思って、どんなに体調が悪くても薬を飲む気になれなかった。家でホルモン注射を足に毎日のように打たねばならず、黒ずんだ注射跡の周りが打撲した後のように変色して黄ばんでいた。仕事と平行して治療するのは、精神的にも肉体的にも負担が大きかった。それでも、あの頃の私はただひたすら赤ちゃんを授かることしか考えていなかったように思う。
 
ところが、これが最後と思って臨んだ治療で私は奇跡的に妊娠した。30代後半に治療を始めてすでに7年が経っていた。
ああ、ようやく終わったと思った。ストンと肩の荷が下りた。どんなに願っても、どんなに頑張っても手に入れることがかなわなかったのに、ようやくゴールにたどり着くことができた。これまでの努力がやっと実ったような気がして、長年の胸のつかえが下りた。
病院からの足取りが、俄然軽くなった。体に羽が生えたように私は浮かれていた。あのベビー服を眺め、ゲンを担いでみて良かったとすら思った。産まれた我が子に着せた姿を思い浮かべる。夫と娘と私が、笑顔で赤ちゃんを抱いているのだ。幸せな光景が次々と脳内で繰り広げられた。
 
それなのに、数か月後に検診で先生が言った言葉に私は呆然とした。
「心音が聞こえません」
そんなはずはない。何度確認しても、先生は気の毒そうに首を横に振るばかりだ。心臓が早鐘を打つ。最後の望みを失うわけにはいかなかった。
不妊治療中に何度も聞いたことを思い出す。それは、40代になれば妊娠率がガクンと落ち、出産まで至ることはさらに難しいということだった。
それは重々承知している。けれど、その僅かな確率を目指して何年も頑張ってきたのだ。
 
涙が止まらなかった。認めたくなかった。赤ちゃんをお腹から出す手術をする日取りが決まっても、望みが捨てきれなかった私は手術ギリギリまで往生際悪く先生を困らせた。
術後すぐに仕事に復帰した私は、どこか虚ろなままだった。いつまでも落ち込んでばかりはいられないと仕事に打ち込んでいたはずが、周りの人から顔色が悪いと言われて、初めて自分がとても苦しかったことに気がついた。妹は、自分を持て余した私に寄り添って一緒に泣いてくれた。
妹が泣く姿を見て、私はようやく冷静になれた。
 
数年後、私は思いもよらない病気にかかり手術をすることになった。その病気のせいで、重いものはあまり持てないし、以前より手先の細かな動きができない状態だ。これは身勝手な言い分かもしれないけれど、あの時の赤ちゃんは、ひょっとしたら私がこんな状態になるのが分かっていたから私の元に来なかったのかもしれない。実際、もし産まれて来てくれたとしてもずっと抱っこをすることなどできず、ちゃんと世話ができなかったかもしれないのだ。あくまでも、私の勝手な想像であり、自分を楽にしたいだけのこじつけだけれど、そう思うことで少し救われるような気がしたのも事実だった。
 
久しぶりに思い出したベビー服と共に、あの頃の感情が蘇ってきた。けれど、あれから随分経った。思うだけで涙が止まらない時期もあったけれど、今では少しの間だけでも幸せをくれた赤ちゃんに感謝する気持ちの方が強くなってきた。
なぜか、妹の赤ちゃんがあのベビー服を着ている姿が思い浮かんだ。妹が嫌でなければ、あのベビー服を赤ちゃんに着てもらおうと思った。でも流産した子が着るはずだったものだと知ったら、あまりいい気はしないかもしれない。どうしようかと考えあぐねていた私は、ある日妹が言ったことに衝撃を受けた。
 
「あのね、私がどうしてこのタイミングで赤ちゃんを授かったか考えていたんだけど」
戸外で話していた妹が、夜空を見上げながらぽつりと言った。
「うん?」
私には、妹が何を言おうとしているのか分からなかった。
「やっぱり、いいや。やめておく」
言いかけて、妹はあっさりと話題を引っ込めた。
「何? 言いかけて気持ち悪いやん。思ったこと、言ってみてよ」
気になる性分の私は、言いよどんでいる妹をけしかけた。何度かためらった後、ようやく妹は口を開いた。
「あのね、変なこと言ってお姉ちゃんが思い出すといけないからとは思ったんだけど」
妹は、一体何を言い出すつもりなのだろうか?
 
「私、お姉ちゃんのあの赤ちゃんが、やっぱりどうしても産まれてきたかったんだと思うんだ。だから、私のお腹にきてくれたんじゃないかと思う。そう思ったら、今回妊娠した意味が何だかスッと腑に落ちたんだ」
はたして、妹は何を言っているのだろう? そう思うのに、なぜか私の涙腺が緩んでいく。そしてあのベビー服を着た妹の赤ちゃんが、あの時の私の赤ちゃんのイメージと重なっていく。そんな都合のいいことがあるはずはないと思うのに、産むことができなかった私の心を救ってくれる気がするのはなぜなのだろう。
「超高齢出産になるし、やっぱり不安が無いと言えば嘘になる。色んな情報をネットで見てしまって動揺するしね。でも、産まれたがっていた子がまた来たいと思っているのだとしたら、よけいに何としても無事に産まなければと思うよ」
 
だめだ。涙が溢れそうになって空を仰ぐ。空に帰ったあの子が、「今度は産まれてくるよ」と星から妹を通じてメッセージを送ってくれた気がした。赤ちゃんに対して後悔しかなかった私に、一周回ってサプライズを仕掛けてくれるなんて何と粋な計らいなのだろう。
もちろん、妹の赤ちゃんがあの子であるなんてことはないのかもしれない。でも、それでもいい。妹が腑に落ちたように、私にも同じことが起きたのだ。
ベビー服のことを尋ねると、妹は快く「貰うよ」と言ってくれた。妹の赤ちゃんがあのベビー服を着て、その柔らかな体に触れたとき、ようやく私の想いは成仏できるような気がする。
私には、ただただ無事に産まれてきてくれるのを願うことしかできないけれど、産まれて来たら、今度は伯母として成長をしっかり見届けるのだ。

 
 
 
 
***
 
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