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黒猫と啓示


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:たらちね(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
とても不思議なことが起こった。
今でもちょっと、夢だったのかなと思う。
 
その日は日曜日で、霧のような小雨が降っていた。遅めの朝ごはんを食べ、庭側のサッシを開けると、伸び放題の雑草の茂みの中から何か聞こえる。
「ミイ、ミイ、ミイ」
とても小さな声だ。
子供たちが長靴で飛び出して行った。
 
藪から出てきた長男の手に、黒い丸いかたまりがあった。
それは小さな小さな黒猫だった。
蔓のからまった雑草の中で動けなくなっていたらしい。
 
私は猫を飼ったことがないし、飼うつもりもない。このあたりは野良猫が多く、しょちゅう目つきの悪い猫がうちの庭を我が者顔で歩いていく。庭に干していた靴におしっこをされて匂いが取れず捨てたこともあるし、どちらかというと憎たらしい存在だ。この子も奴らの中の1匹から産み落とされたのだろう。
 
そのうち母猫が迎えに来るはず。それまではせっかくだから子供たちに遊ばせてあげよう。
でもその前に、ダニやノミがいるかもしれないので、台所の鍋にぬるま湯を張り、ぽちゃりと浸けて体を洗ってあげた。手足をバタバタしつつ、されるがままの子猫。股を見ると男の子のようだ。震えながら必死に私の手にしがみついてくる。
「か、かわいい……」
動揺を振り払うかのようにガシガシとタオルで雑めに拭いて、息子たちが待ち構えるウッドデッキに放った。「家の中に入れちゃだめよー」
 
子供が飼いたいと言った動物は、結局こうなるものだ。
日がくれる頃、私は一人、段ボールに即席トイレ兼寝床を作り、ドラッグストアで飼ってきたペースト状のキャットフードを黒猫に食べさせていた。
「嫌な予感がする……」
渋々お世話してやってる感を演出していたが、確実に私の心は、揺れ始めていた。
その夜、母猫は迎えに来なかった。
 
日中は私が一人で家にいることが多い。
トイレでの排泄ができるようになったので中に入れてあげると、黒猫は家中をぴょんぴょん駆け回っては探検していた。あれ?居ないなと思って探すと、たいてい「やばい、本当に居ない」と私の顔面が青くなりかけたころに押入れの中やプリンタの奥で見つかる。魔性の男だった。
 
パソコンに向かっていると、ももの上に寝そべって、私をじっと見上げてきた。ふとまた見ると、眠っていた。
「きゃ、きゃわ……」
まずい。早く誰かにもらってもらわなくては。
すやすや眠る子猫の影響か、原稿を書いているうちに眠くなった。ソファに横になると子猫もついて来て、私の脇腹に丸くなった。おいおい……やめれ。
観念して黒いまんまるを何度か撫でて、そのまま一緒に眠った。午後の風が心地よかった。
 
2日後、友人家族が黒猫を見たいと言ってくれたので、段ボールに入れて軽トラの助手席に乗せて走った。黒猫は段ボールの上に乗せたクッションを押しのけ、頭をちょこんと出して外に出ようとした。こらこら。仕方なく膝の上に乗せて走った。私とあの子が二人きりで過ごす、最後の時間だった。
友人家族は一目で気に入って、大喜びで連れて帰った。あの子は、よその子になってしまった。一瞬の出来事だった。
 
翌日。ずっと平気なふりをしてたけど、午後の心地よい風が吹いてきて、私の中の堰が決壊した。涙がツーと流れてきて、それから声を出して泣いた。あの子が膝に乗って寝ていた机の前で、あの子が隠れていた棚の前で、あの子を洗ったシンクの前で、家じゅうをおろおろ歩き回ってはむせび泣いた。認めてしまったら止まらなくなった。可愛かった。大好きだった。寂しい。一緒に居たかった。あげたくなかった!!!
 
黒猫が居なくなった2日後の夜。
1年で一番綺麗な満月が空に登っていた。
月を眺めていたら、だんだんわかってきた。
 
子猫が突然庭に現れて、数日一緒に過ごしたこと。居なくなって嗚咽したこと。このおかしな出来事は、私にとってすごく大事なことを教えてくれたのかもしれない。
 
いい歳こいてあんなに泣けたのはなぜか。もう子供を授かることを諦めた私にとって、赤ちゃんを抱く感覚の追体験のようで「私の赤ちゃん!」みたいなたまらない愛おしさと執着が生まれてしまったんだ、と理解していたが、違った。
実はもっと奥底に、長男次男が赤ちゃんの頃、精神的にキツくて充分に愛し切ってあげられなかった後悔があって、それが呼び起こされたんだと分かった。だから馬鹿みたいに泣けたんだ。それをちゃんと認識して、許して、今の彼らをしっかり見て抱きしめて、後悔を浄化させること、それが、この先私が進むために必要なことだったんだ。
 
もう1つ、黒猫が教えてくれたことがある。私がずっとここに居ないという未来だ。
スペインに移住する計画をコロナで断念したとき、ちょうど長男が翌年から1年生になるタイミングだった。それで日本中の小学校を検討し、ここ長野に来た。1年半が過ぎ、自然環境と学校環境と地域コミュニティの心地良さに、いつしか未来の展望はぼんやりし始めていた。
5年後かな、まあ、10年後でもいいかな、いや、もう海外に出なくてもいいのかも……。まあ、とりあえず来年は違うよな。と。
きっとこうして過ごしているうちに、子供の部活やら言い訳の種が増えていき、一生行かないことになるのだろう。
 
私はやっぱり行きたいと思っているのだと再確認した。だから、彼が命をまっとうするまでそばにいてあげられない。どこかのタイミングで住み慣れた家から放り出すことになる。
もしかしたら黒猫にはそれが見えたのかもしれない。友人宅にタイミングよく道が開けたのは、彼はそちらにいた方がずっと大事にしてもらえるってことなんだ。彼が、選んだのかもしれない。こじつけっぽいけど、スピっぽいけど、結構マジメに思った。
 
黒猫は私の中の、眠っていた何かを呼び覚ました。
月が二つにはなっていないけど、見える世界は、もう変わってしまった。
 
ぼんやりしている暇はない。
耳をすませ。
目を凝らせ。
白い満月に、庭の草の露に、赤とんぼの羽ばたきに、風の匂いが連れてくるインスピレーションのかけらに。
五感と第六感を研ぎ澄ませ。
手を伸ばせ。必死で掴め。
 
そう、目に映る全てのことはメッセージ。
ユーミンのリフレインする。
あの子はそういえば、ジジみたいだったな。
 
 
 
 
***
 
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