さあ共に花占おう! きっとそれこそが宝になるのだから
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:むぅのすけ(ライティング・ライブ大阪会場)
ある日のこと
閉め切った高校生の息子の部屋から、普段と様子の違う声が聞こえてくることに気が付いた。
初めはいつものように電話しているのかと思ったが、妙に抑揚が付いているように聞こえる気がする。
これは……懐かしの音読でもしてるのか?
それとも、呪文だったりする?
まさか! 呪いの言葉だったらどうしよう……
などと、あらぬ妄想を膨らませつつドアに近づいてよく聞いてみると、何のことはない、ただ歌っていただけだった。
イヤホンをしながら聞こえてくる曲に合わせて歌っているのだろう、こちらには息子の声しか聞こえて来ない。
正直、その歌声は何の曲かもわからず、お世辞にも上手いとは言えないシロモノだった。
練習を始めたばかりかもしれないが、その出来が仕上がりには程遠いことは、少し聞いただけの私にもわかった。
しかし本人の様子からは、鼻歌レベルではない本気度のようなものが伝わってくる。
公立高校で大人数の軽音部に所属する息子は、折々のステージの度にバンドを組み替え、曲ごとに違う楽器やボーカルも担当すると聞いている。
いつもかなり練習するそうだが、普段は家で鳴らすことはほとんどない。
そしてコロナ禍もあり、保護者がそのステージを観られる機会は今までになく、私は彼の雄姿ともいえる本番の姿を観たことがなかった。
たまに家で練習することがあったが、それは相当切羽詰まっている時らしい。
そしてそんな時に聞こえてくるのは、かなりお粗末な音色だったこともあったので、本番直前でそんな状態かと驚いたものだった。
だから、今までも息子が本当に演奏できているのか、実は私は知らないのである。
ましてや息子の歌といったら、幼児期から現在にいたるまで、私の知る限りでは特に
上手い! と感じたことはなかったので、ボーカルを担当したというのも、息子には内緒だが不思議でならないほどだったのだ。
そんなわけで息子の演奏については、あまりにも謎に包まれたままだった。
まあ高校生の部活動と言えば、保護者が把握し過ぎるものでもなかろう、と
少し残念な気持ちはあれど、その点については別に気にすることではなかった。
だがしかし、である。
今回は、彼の部屋から呪文のように不安定な歌声が聞こえてくる頻度が高い。
曲の攻略が、相当大変なようだ。
先に気づいた夫からタイトルを聞いて、確かに難しいことは私も理解した。
私流の解釈で恐縮だが
まず冒頭がもう高音な上に、ガツンと高音部から始まるサビのメロディーは何度も繰り返される。
AメロやBメロとされる部分は、そもそものリズムが定まり切っておらず複雑な上に、地声裏声だけでなくウィスパーボイスと呼ばれるため息のような声や、ドロップと呼ばれる鼻に一瞬抜くような声を使って、上がったり下がったりしている。それからそれから……
言語化すると長ったらしくてよくわからなくなるのだが、全ては曲中に一瞬で行われている。
それも余裕を持って自由自在にだ。
まるで1人なのに3人くらいで歌っているような気さえする。
そのVaundy(バウンディと読みます)というアーティストは若くまだ学生らしいが、プロだから当然なのかもしれない。
でも、知れば知るほど凄さを理解した。
楽曲作成もさることながら、歌唱技術だけでなく、素人が簡単にマネできるものではなさそうな感覚こそが、また聴く人の心を掴むのだろう。
確かに、これが歌えたらカッコイイ。
『今回は随分難しい曲を歌うことになったんやねぇ』
そんな話を休みの日にしてみると、珍しく、肯・否定だけでない返事が返ってきた。
息子はだいぶ困って、参っているようだった。
難しいのは確かだが、今までのようにただ歌いこんでモノになりそうな気配ではないということ、それについてどうアプローチしたらよいのかわからない……
聞きとり調査の結果は、だいたいこんなカンジだった。
『ふーん、それは大変やなぁ』
などと言いながら、私は久しぶりに、最近は思春期真っ盛りですっかりそっけなくなった息子と、共に時間が過ごせそうなことを期待した。
そして息子のPCのYouTubeでその曲を何度か一緒に聴いた後に、画面をテレビに切り替え、歌唱解説や歌自慢の人の歌ってみた動画にヒントがないか探すことを提案してみた。
藁をもつかむ思いだったのだろう。
息子は母の誘いにのって、いくつかを視聴して息遣いや声の出し方などに少しヒントを得たようだった。
私は途中で久しぶりのオヤツを用意しつつ、息子にずーっと傍で付き合っていた。
動画の解説をさらに言語化することや、私なりに観て理解したものを伝えていくことを繰り返した。
その様子は、傍目には、ただ仲良く家族で過ごしているように見えただろう。
そんな中でも私は、実はある1つのことに気を付けていた。
極力、自分本位の意見は言わないこと。
それは息子の解釈を否定することや、それによって傷つけてしまうことに繋がる可能性が多く含まれている。
これが家庭に大爆発を引き起こすトリガーとなり得ることを、私はもう知っている。
だからと言って、決して、腫物を扱うように気を遣うわけではない。
たとえ思春期が相手であろうと、生きる上で間違うことは、親として正さねばならない。
でも今、私たちがしていることは、あくまで息子の部活にまつわることだ。
たとえ回り道だったとしても、なんだか私には間違っているように見えたとしても、結局息子は上手く歌えなかったとしても、それも全て息子の体験で後に財産となるものなのだ。
その機会を、私が邪魔してはいけない。
今、私は息子に対してこう考えている。
親のすることは、最短で成功を導き出す道を示してやることではない。
心配だから、失敗する我が子を見たくないからと、先回りして口を出すことではない。
親のすることは、我が子が自分で考え、選択して進む道をただ応援すること。
その結果、失敗しても、それがどうした、なんのことはない。
その失敗も糧に、我が子はまた自分で考えて進んでいくのだから。
我が子にはそれだけの力が十分あると信じている、と。
……文字にするとなんだかまるで綺麗事だ。
なんなら育児書そのままのようで、ちょっと恥ずかしい。
でもこれは、息子の反抗期における私なりの七転八倒の日々を経て、ようやく自分自身で手にできた考えである。
そうやって、この時も先述したように気を付けながら接していると、それなりの成果を得た息子は、ヨシ歌ってみる! と言い出した。
そしていよいよ、歌唱実践リピートタイムに突入した。
これまたYouTubeで歌詞付きの動画をテレビで流して、窓を閉め、ひたすら熱唱するのだ。
息子は歌いながら学習の成果を実感しているようで、それなりに調子を上げつつどんどん繰り返していく。
私はその様子を少し後ろに座って観ながら、いつしか共に歌っていた。
その日、息子に付き合って繰り返し聞いた Vaundyの『花占い』 は、すっかり私にも馴染みの曲になっていた。
そうして、私たちは何度も歌い続けた。
私は、2人でこの曲に取り組むことを、花占う、と勝手だがそう呼びたくなった。
息子の本番のステージは、12月だそうだ。
あと約3ヶ月、それまでにまた機会があれば
息子よ、共に花占おう! その時間こそが、母の宝物になることは間違いない。
願わくば、キミの記憶にも、いい思い出として残ってくれると嬉しく思う。
***
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