1週間のイタリアぼっち旅行
＊この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか？賞を取れるのか？プロも通うのか？〜
記事：ハタナカ（ライティング・ゼミ2月コース）
大学生の頃、イタリアに1人で7泊したことがある。
海外旅行経験ゼロ、知っているイタリア語は「ボーノ」くらいで全日完全フリーである。
本来は研究の為にしょっちゅう海外へ行っている大学の先生と行動するはずだったが、予定が狂って後半は１人になってしまった。
行くのをやめようかとも考えたがイタリアは私にとって一番行きたい国で、恐怖よりもさらに大きな好奇心が勝ってしまい、この機会を諦められなかった。
旅行の準備ではとにかく海外旅行での注意点をひたすら調べた。不安に押し潰されながら海外旅行経験豊富な人らにアドバイスも沢山聞いた。
「パスポート、財布、スマホさえなくさなければイタリアの観光地くらい正直余裕ですよ」
そう言われた時は随分ほっとしたのを覚えている。
しかしこの旅を経た私の感想は「もう1人で海外は行かない」である。
そんなこんなで初めて海外へ飛び立った。
行きの飛行機から1週間ほどは先生や後輩と一緒に行動し、それが終わるといよいよひとり旅が始まった。11月に入ったばかりで、少し肌寒い季節だった。
まずは列車でローマへ向かった。駅を降りてホテルに向かう道のりは薄暗がりだったので、あまりに怖くて震えながら歩いた。
「こんな不安な状態で旅が終わったらどうしよう……」
事件に巻き込まれたりトラブルが起こったりした時のことで頭がいっぱいで、楽しめる気なんてしなかった。
しかしそんな事を思いながら迎えた翌日、私を救ってくれる救世主に出会った。
ソレを見つけたのは、ローマの中心街へ向かう為に朝一で街を歩いているときだった。店でサングラスが売られていた。私は日常的にサングラスをつけたことはなかったが、その時だけは別だった。
「どうしてもサングラスをつけたい、もはや今の私に一番必要なモノな気さえする」
そんなことしか考えられなくなってサングラスを購入した。そしてその選択は大正解だった。
サングラスをつけた自分を鏡で見ると、海外旅行に慣れている人の気分になれた。それが驚くほど私の気分を変えてくれて、胸を張って街を歩けるようになった。
今思えば自信をつけていい理由が欲しかったのだと思う。このサングラスは外にいる時必ず身につけた。
そこからバチカン市国、トレヴィの泉といった観光名所に向かった。道中には見応えのある立派な建物がどこかしこにあるから、折角だからと公共交通機関はほぼ使わずに歩き回った。
歩いているとどこに行っても楽しそうな観光客と気さくな商売人でごった返していて、陽気な雰囲気を次第に楽しめるようになった。
勿論そんな中でも警戒心は常に持っていた。
スマホやお金を出す時は必ず周囲の人の様子を見渡してからにしたし、パスポートをなくしてないかは30分に1回程確認した。
圧倒的な不安感と街の賑やかさと、そして自己暗示による自信が心に混在していて、この日の昼くらいには妙な高揚感を覚えるようになった。いわゆる「ハイ」な気分だ。
知らない言語が溢れる通りで日本語の歌を口ずさんだ。心にあるマイナスな気持ちすら段々とその高揚感へのスパイスな気さえした。
「案外どうにかなるかも」
何事もなくホテルに戻れた時はそんな風に思えるようになった。
その翌日から5日間はヴェネツィアに滞在した。
ヴェネツィアはこの旅の一番の目的であり、私にとって憧れ続けた場所だった。きっかけは幼少期に見たポケモン映画「水の都の護神ラティアスとラティオス」だ。初めて見た時からこの映画が大好きになり、舞台の綺麗で神秘的な街が実在すると知ってからいつか絶対行きたいと夢を見ていた。
「ようやく長年の夢が叶う！」
行きの列車で膨れ上がっていったワクワク感は今も忘れられない。
さてそんな夢の街での五日間は、膨らみ過ぎた私の期待を遥かに上回る素敵な時間になった。
水路には観光客の乗ったゴンドラが溶け込んでいて、映画で見たものと同じ風景に大袈裟な程感動した。イタリアらしい陽気な賑やかさがありながらも街全体が歴史と芸術で彩られていて、別世界に迷い込んだような気分になれた。
もうこの時には純粋なプラスの気持ちで「ハイ」になった。救世主だったサングラスは相棒のように思えていた。
「こんなに素敵なイタリアを自由に堪能できるなんて、贅沢過ぎる！」
そんな恥ずかしいくらいの有頂天気分のままヴェネツィアでの時間はあっという間に終わってしまった。帰りの列車では名残惜しい気持ちと幸せな時間の余韻に浸りながら「また一人で行きたいな」と思った。
しかしこの旅はこのまま終わらなかった。
旅行の最終日。
前日の夜にヴェネツィアからローマへ戻り、午前の飛行機に間に合うよう最寄り駅のホテルに泊まっていた。予定通り早朝に起きて荷物も滞りなくまとめていた。
あとはチェックアウトして帰国するだけ……のはずだった。
部屋を出る前にユニットバスで用を足し、鍵を開けようとした瞬間、
カチャン！
軽い音を立てて鍵のつまみは扉から離れ、私の指に握られていた。
「えっ……え？」
試しに戻してみたが全く扉は動かない。
え、閉じ込められた？
すっかり忘れていた不安が一瞬にして蘇った。冷や汗が止まらなくなった。
鍵を開ける方法を考えてはみたが、その場にあるものでは無理そうだった。
スマホは持ち込んでいない。「ヘルプミー！」と何度か叫んでみたが、まだ早朝なので人が通るかも近くの部屋に他の客がいるかも分からない。
1人なのに鍵をかけた数分前の自分を呪った。
追いつめられた私は取れた金属のつまみで廊下側の壁をカンカンとひたすら殴って定期的に「うおおおっ！」と叫び続けた。それしか思いつかなかった。
何分経っただろう、体感では10分くらいだが時計はないから時間も分からない。
もう飛行機に間に合わないのだろうか。そうなったらどう動こう。お金はどうしよう。
そんな想像を繰り返していた頃だった。外から話し声と部屋をノックする音が聞こえた。泣きそうになった。
私は再び「ヘルプミー！」と叫んだ。従業員らしき人らが鍵で私の部屋を開け、ようやく閉じ込められていることに気づいた。
外から工具で鍵穴をぶち壊して、やっとの思いで私は出られた。
外に従業員は3名いて私が「センキュー！」と伝えるとハハハッ！ と楽しそうに笑った。１人は「壁めっちゃ叩いてたね！」と言わんばかりに腕を振るジェスチャーをしながら私に向かってウインクをし、そのまま3名は賑やかに退出していった。
「…………えっ、それだけ？」
あんなに怖い思いをしていたのが嘘みたいに静かになった部屋で、私はポカンとしたままぶち壊された鍵穴と殴り付け続けたつまみを見返した。
……そうだ、私はイタリアにいるのだ。2週間見てきたこの国は、賑やかで、陽気で、細かいことなんて気にしないのが素敵だったじゃないか。
そう自分に言い聞かせながらも、私の心に確かに存在する「日本での常識」の部分が謝罪や心配の身振り一つなかった従業員への衝撃で忙しかった。どうやら2週間過ごした程度では違う文化に馴染むことなどできないと強く実感した。
そんなことがありつつも飛行機には何とか間に合い、私は無事帰国できた。
とても素晴らしい時間を過ごせたけど、今後は念の為1人で海外に行くのはやめておこう。
そう思いながら私は今も次にイタリアへ行く日を夢見ている。
＊＊＊
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