遠征先で有名店の行列に並んだら推し活がもっと楽しくなった
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記事:三浦みち(ライティング・ゼミ2月コース)
昨年末、私は名古屋にいた。日本ガイシホールで開催される推しのコンサートに行くためだ。
推しのグループがデビューしたのはコロナの真っ只中で、これまで日本でのイベントは開催されていなかった。それが去年、ついに2年越しのワールドツアーが開催されることになったのだ。私はやっと彼らに会えることに歓喜した。しかしチケットは激戦。ファンクラブ先行が数度のチャレンジむなしく、あえなく全滅した。諦めかけていたところ、なんとか一般の抽選で、2日間ある名古屋公演の2日目のチケットを得ることができた。こうして私の遠征が決まった。
ツアーグッズも人気で、公開直後には人気商品は売り切れるほどだった。一方で、私はあまりグッズには興味がなく、名前入りのストラップやタオル、うちわなどは、あまり必要性を感じていなかった。とにかく現地で彼らのパフォーマンスをこの目で見ることができればそれで十分だった。
名古屋駅に着いたが、宿泊先のホテルのチェックインまではまだ時間があった。地図で徒歩5分ほどのビル内にひつまぶしの有名店を見つけ、荷物を抱えたまま向かった。店の前には20人ほどの列があった。皆、足元に大きめの荷物やキャリーケースがあり、旅行者のようだった。時間もあったので待つことにした。受付システムで人数を1名と登録し、通路に並べられた椅子に腰をおろした。
30分ほど何気なくスマホを眺めて過ごしていると、ふとあることに思い至った。もしかして、この中の何人かは同じコンサートを目的に集まった“エンジン”なんじゃないか? と。“エンジン”とは、私が推すグループのファンネーム(ファンにつける愛称)だ。そう思ったとたん急に周りの会話や服装の雰囲気、年齢や性別が気になりだした。
私の右隣には20歳前後くらいのカップルが座っていた。女の子は、黒いショート丈のジャケットにミニスカートを履き、ゆるくウェーブのかかったハーフアップの髪にはリボンを巻いていた。SNSの「#〇〇好きな人と繋がりたい」(〇〇はグループ名)というハッシュタグで見かけるような、いかにも今どきの女の子、という感じだった。彼女はエンジンだろうな、と私は確信した。
しばらくすると楽しげに話していたカップルの間に数秒の不自然な沈黙が訪れた。次の瞬間、「それ、いいですね」と緊張を含む声が静かな待合に響いた。カップルの女の子が、向かい側に座る50代ほどと思われる上品そうなご婦人に声をかけたのだ。
何が起こったのかと私はドキリとした。するとご婦人は、ふふふ、と恥じらいながら、持っていた手提げにつけられたストラップを女の子に見せた。「〇〇推しなんですね。私は〇〇です」華やいだ声で女の子は自分が持つ大きなトートバッグにつけられた同じデザインのストラップを指差した。よく見ると、それは私が買いしぶった推しグループの名前入りグッズだった。つまり、いかにもそのように見えた女の子だけでなく、ご婦人もエンジンだったのだ。
ご婦人は、家事をやりくりして家族の了承を得、一人名古屋に訪れたこと、初日の公演に参加し、一夜明けたその日は少し名古屋を巡って帰路につくところであることなどを話した。それを聞いた女の子はご婦人に向かって控えめに身を乗り出し、キラキラした目と微笑みを纏いながら「めっちゃかっこいいっすね」と言った。
それから二人はコンサートのネタバレに配慮しつつ感想やお互いの推しの様子について、思春期の乙女のように語り合っていた。いつの間にか、ご婦人の左隣にいた小学生くらいの子供連れの親子も、にこやかにうんうんとうなずきながら会話に参加している。親子連れもまたエンジンだったのだ。女の子の声掛けを皮切りに、どんどんと行列に紛れたエンジンが炙り出されていく。
母親のほうが途中ご婦人にSNSをやっているか質問していたが、ご婦人は申し訳なさそうにやっていないと答え、世代が近いエンジンに出会えて嬉しかったであろう女性は少し残念そうにしていた。母親は、順番が来て店内に入る間際、「よかったらどうぞ。ソンムルです」と言って、可愛らしくラッピングされた小包を渡した。ソンムルとは、韓国語でプレゼントのことだ。リボンがかけられた透明の袋には、お菓子とメッセージカードのようなものが入っていた。「フォロワーさんに会ったときのために持ち歩いている」と言っていた。
名古屋駅近く、ひつまぶし店の行列は、結局自分を含め半数ほどが推し活のために集まった人々だった。たまたまその時間、とある飲食店の行列に居合わせた者同士が、楽しげに会話をし、贈り物を渡し合っている。よく考えるとすごい状況だ。しかも彼らは無条件にお互いをリスペクトしていて、世代も性別も関係なく、いきなり会話をはじめられるのだ。推しという強力な共通点がここまで人を結びつけるのである。推しと推し活の尊さを改めて実感させられた。
私は興奮しながら、せわしなくひつまぶしを口に運んでいた。隣に座る女子大生風の二人組も、もちろんエンジンだ。嬉しそうにひつまぶしをスマホで撮影しながら、この後コンサート前にパルコで開催されているポップアップストアに立ち寄るかどうかを相談している。
心がざわついていた。勇気を出して一言声をかけたら私もあんな風に誰かと交流できるかもしれない世界が今名古屋には広がっているのだ。年甲斐もなくドキドキしていた。
名前入りのストラップなんて、普段使いできないもの。持っていてもどこに飾ればいいのか、どう扱っていいのかわからない。私には不要だ。そう思っていたはずなのに、今は、自分もストラップをつけて、彼らに推しが誰なのかを伝えたい。そう思うようになっていた。
今から会場に行けば、まだ間に合うだろうか。当日販売のグッズに在庫はあるだろうか。そう思いながら急いで最後の一口をかきこみ、私は足早に店を後にした。
***
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