メディアグランプリ

賞味期限は4時間です


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
 
 
賞味期限4時間、のどごしは永遠。
 
「えっ、なにそれ?」
我ながら、まんまとひっかかったなぁと思った。
期間限定モノ、数量限定モノにめっぽう弱い私をひきつけるには、あまりにも十分すぎるキャッチコピーだった。
 
JR博多駅から、わずか5分の場所にその店はある。
黒いシックなビジネスビルの1階にひっそりと構えたその店舗は、お客さんが3人も入ると、店の外で待つしかない。店内にイートインスペースもあるが、向かい合って座っても最大8名である。
何度もその近くを通ってきたのに、なぜ気づかなかったのか不思議で仕方がない。
だからこそオープンから4ヶ月以上経って見つけた時には、自分だけの隠れ家を見つけたような(実際は隠れてはいないのだが)高揚感があった。
 
自動ドアが開いた瞬間、きなこの香りがふわりとマスク越しに伝わってきた。
なんとも香ばしい、それでいて優しく包まれるような香り。
ああ、なつかしいな。そんな第一印象だった。
「インスタグラムを見て初めて来ました。持ち帰りで、黒蜜きなこをください」
「ありがとうございます。ちょうど今、出来立てがあるのでお詰めしますね」
そうして渡されたわらび餅は温かく、そっと抱きしめたくなるほどだった。
会計を済ませながら、もう一度メニューを見て思わず手が止まった。
「自家製本わらび餅ぜんざい」
イートインができるのは、そのためだったのか! と納得した。
 
それにしてもなぜ賞味期限が4時間なのか。聞いてみた。
「うちは添加物や防腐剤、着色料を一切使用していない本わらび餅なんです。だから4時間以上経つと、固くなってしまうんですよ」
一般に売られているものは添加物が入っており、一旦冷凍したものを解凍したものが多いらしい。しかしこの店は1日4回、作りたてを提供しているのだという。
実際、自宅に帰って食べてみて驚いた。
敷き詰められたきなこの中から、大きめに切られた本わらび餅が顔を出す。
口に入れると、舌にほんのり残る温かさ。大きめだがすうっと口の中でとろけて、のどごしが抜群にいい!こんなわらび餅、46年生きてきて食べたことないと思った。
 
それから10日も経たないうちに、私は再度その店に足を運んでいた。
どうしても「自家製わらび餅ぜんざい」を店内で食べたかったからである。
自宅で食べて驚いたほどだ。あれを出来たてのあつあつで食べたら、果たしてどれくらいの感動が来るのか、この目と舌でじっくりと味わいたかったのだ。
仕事を定時に終えて、足早に店舗に向かう。
「どうか、満席でありませんように……」
祈るような思いで着くとすでに先客がいた。カップルが1組と若い女性一人。まだ席は空いている。安堵の思いで少し乱れた息を整え、さもふらりと立ち寄ったかのように店に入った。
「いらっしゃいませ!」
店主の穏やかな声が響いた。
「店内でいただきます。先日、本わらび餅を買ったときに、ぜんざいがどうしても気になってしまって」
「ありがとうございます。ちなみに前回は何をお召し上がりに?」
「黒蜜きなこです。本当にとろけました」
「そうですか、今日は黒胡麻きなこか八女抹茶はいかがですか」
「では……、黒胡麻きなこをお願いします!」
 
それから待つこと約5分。その間にも絶えずお客さんが入ってくる。
若い女性から年配のサラリーマン男性まで、皆慣れた感じで購入していく。
「お待たせしました」
コトン、とお盆がテーブルに置かれた。
想像とはまったく違った、新しいぜんざいがそこにあった。
ペーパーカップにスリーブを巻いた、まるで大手コーヒーショップのような感じ。端には木製のフォークが刺してある。決して大きくないカップだが持ち上げるとずしりと重い。
まだ湯気が立つからか、黒胡麻ときなこの香りが強く鼻孔をくすぐるのがわかる。
 
崩れないようにそっと持ち上げて、一口。
黒胡麻の香りの中からほわほわと、そして熱すぎない本わらび餅がとろけていく。
「うわ……!」
それ以上、言葉が出なかった。
優しい甘さとほっこりする味に思わず笑みがこぼれる。期待をはるかに超えてくる味だった。
ぜんざいというだけにあんこも大事だ。水分を適度に含んだあんこは、これまた本わらび餅の美味しさを打ち消さない絶妙な甘さで、十分な食べごたえだ。
あんこはただ砂糖を入れるだけでは美味しくない。ほんの少し塩が入ることで、より一層美味しさが引き立つ。
「本わらび餅とあんこのマリアージュ、最高!」
と木製のフォークをギュッと握りしめた。勢い余ってフォークを折る寸前だった。
 
仕事帰りのカフェもいいけど、ぜんざいもいいな。新しい発見である。
ほわっと緊張がほぐれていく不思議な感じ。そう、腕のいい整体師さんに体を預けたような安心感に似ている。ただただ本わらび餅とあんこに向き合う時間が愛おしい。
満足感に浸りながらふと我に返ると、店の前には数名の若い女性たちが、自分たちが座る席が早く空かないか、寒空の下で待っていた。
「そうだ、彼女たちにもこの時間を早く分けてあげなくちゃ」
私はコートとバッグを手に、いそいそと席を立った。
「すっごく美味しかったです! また伺いますね」
「ありがとうね」
店主はマスク越しでもわかるほど、にっこりと微笑んでくれた。
外はまだ肌寒かったが、私のお腹と心は、ほかほかだった。
今度は大切な誰かを一緒に連れて、あの店に行こう。
ほわほわと湯気立つ中でおしゃべりしながら、この本わらび餅の時間を分かち合おう。
そしたら、あの満足感も美味しさも、きっと一人で食べる時の倍以上になるはずである。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



関連記事